悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第34話:隣領からの難民

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ゼノンによる孤児たちへの「投資」宣言から数日。
リリアーナは、彼の行動を新たな視点で見つめるようになっていた。
彼の冷たい言葉はすべて深い慈愛を隠すための偽悪的な仮面。彼の合理的な政策は、人々を真に救うための最も効果的な手段。
そう信じ始めた彼女の目には、ゼノンの全てが孤独な聖人の苦悩の現れのように映っていた。

そんなある日、アークライト領を揺るがす新たな報せが舞い込んだ。
緊急の評定が開かれた応接室に、血相を変えた伝令兵が駆け込んできたのだ。

「申し上げます! 我が領の東、ヴァインラント伯爵領との境界に多数の難民が押し寄せております!」

その報告に、室内にいたマルクやグレイの顔色が変わった。
ヴァインラント伯爵領。
アークライト領と隣接するその土地は、悪政で有名な場所だった。現当主のヴァインラント伯爵は領民から重税を搾り取り、その富を全て自らの贅沢のために使い果たす典型的な暗君だった。
領地は疲弊し、民は飢え、治安は悪化の一途を辿っているという噂は、かねてから耳にしていた。

「難民の数は、およそ三百! 今も、その数は増え続けている模様です!」
「三百だと……!?」

マルクが呻くように言った。それはもはや無視できる数ではない。
「彼らは食料と仕事を求め、豊かになったと噂のアークライト領を目指してきた、と。既に境界を守る衛兵たちと小競り合いになりかけているとのことです!」

室内に重苦しい沈黙が落ちた。
三百人もの難民。
それは三百人分の食料であり、寝床であり、そして新たな社会不安の火種でもあった。
アークライト領は、ようやく豊かさへの第一歩を踏み出したばかりだ。まだ、その基盤は盤石とは言えない。
このタイミングでの外部からの大量の人口流入。それは、領の秩序を根底から揺るがしかねない重大な危機だった。

「……追い返すしか、ありますまい」
会計責任者のリオが、苦渋の表情で口火を切った。
「我々には彼らを養うだけの余力はまだありません。受け入れれば我々の食料備蓄は圧迫され、領民たちの間に不満が生まれます。治安も悪化するでしょう。冷たいようですが、それが最も現実的な判断かと」

リオの意見に、他の家臣たちも沈痛な面持ちで頷いた。
彼らの言うことは正論だった。
自領の民を守るのが、為政者の第一の務めだ。

だが、リリアーナはその冷たい現実に敢然と立ち向かった。
「お待ちください!」
彼女はすっと立ち上がると、その場にいる全員を見渡した。その瞳には、聖女としての揺るぎない光が宿っていた。
「彼らは悪政に苦しみ、生きるために必死の思いでこの地まで辿り着いたのです! その彼らを見捨てるなどということが、人として許されるでしょうか!」
彼女の声は静かだったが、部屋の隅々まで響き渡った。
「飢えている者に食料を。住む場所のない者に雨露をしのぐ場所を。それは神の教え以前に、人として当たり前の務めです! どうか、彼らをお救いください!」

リリアーナの魂からの訴えに、家臣たちは言葉を失った。
彼女の言うことは理想論かもしれない。だが、その言葉が持つ正しさを否定できる者はいなかった。
皆の視線が、玉座に座るゼノンへと集まる。
この領地の唯一の意思決定者。
彼が、どのような判断を下すのか。

ゼノンは、その間一言も発さず、ただ黙って伝令兵の報告書を読んでいた。
そこには難民の数だけでなく、彼らのおおよその年齢構成、男女比、そして健康状態といった客観的なデータが記されていた。
彼はリリアーナの感情的な訴えにも、家臣たちの現実的な懸念にも一切耳を貸していないかのようだった。
彼の頭の中では、ただ無数の数字が高速で計算され、組み立てられていた。

コストと、リターン。
リスクと、ベネフィット。
難民を受け入れることによって発生する短期的な支出。食料、医療、住居の提供にかかる費用。治安維持のための警備コストの増大。
それら全てを彼は冷静に計算していく。
そして、その反対側で彼らを受け入れることによって得られる長期的な利益を弾き出していた。

(……若く、健康な労働力が三百人)

ゼノンの口元に、ほんのわずかな、しかし確かな笑みが浮かんだ。
(街道整備、特産品加工場の建設、そしてこれから始める新たな事業。我が領は今、慢性的な労働力不足に陥っている。その問題を解決できるどころか、お釣りが来る)
(彼らはただの難minではない。自らの意思で劣悪な環境から脱出し、より良い環境を求めて行動を起こした、モチベーションの高い『人材』だ)
(初期投資はかかる。だが、彼らを適切な場所に配置し、教育を施せば数年以内に投資額の何倍ものリターンとなって、この領地に還元されるだろう)

計算は終わった。
答えは出ている。

ゼノンはゆっくりと顔を上げた。
そして、固唾をのんで自分を見つめるリリアーナと家臣たちに向かって、静かに、そしてきっぱりと告げた。

「……難民は、全員、受け入れる」

その一言に、リリアーナの顔がぱっと輝いた。
ああ、やはり、この人は!
私の訴えを、人々の苦しみを、ちゃんと聞いていてくださったのだ!
彼の冷たい仮面の奥には、やはり誰よりも温かい慈愛の心が……!
彼女の勘違いはもはや止めようのない勢いで加速していく。

リオやマルクたちも驚きを隠せないでいた。
無謀だ。あまりにも理想主義的すぎる。
だが、ゼノン様がそう決断されたのなら、我々には見えていない何か深遠な考えがあるに違いない。
彼らはそう信じるしかなかった。

「グレイ」
ゼノンは、リリアー-ナたちの反応など意に介さず、既に次の行動へと移っていた。
「境界に一時的な難民キャンプを設営しろ。食料と清潔な水を確保。医師を派遣し、負傷者と病人の治療を最優先で行え。パニックが起きないよう、秩序を維持しろ」
「マルク。お前は、受け入れた難民たちの能力査定を行え。大工、鍛冶屋、農夫、それぞれの職能をリストアップし、最適な配置先を検討する」
「リオ。今回の受け入れにかかる全ての費用を算出し、緊急予算を組め。無駄な支出は一銭たりとも許さん」

矢継ぎ早に的確な指示が飛ぶ。
その手際の良さは、まるでこの事態が起こることをずっと前から予測していたかのようだった。
家臣たちは、その圧倒的な統率力の前にただただ平伏し、それぞれの持ち場へと駆け出していった。

応接室にはゼノンと、そしてまだ興奮の余韻に浸っているリリアーナだけが残された。
「……ありがとうございます、ゼノン様」
リリアーナは心の底からの感謝を込めて、深く頭を下げた。
「あなたのその温かいご決断に、心より感謝いたします」

その言葉にゼノンは初めて、心底不思議そうな顔でリリアーナを見つめ返した。
そして、彼女の壮大な勘違いをさらに加速させる一言を、無自覚に、そして無慈悲に放ったのだった。

「温かい決断? 何を言っている。俺はただ、コスト計算をしただけだ」
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