悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第52話:望まぬ権力

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守旧派が崩壊してから数日後。ゼノンの元に、再び国王からの召喚状が届けられた。
謁見の間は、前回とは打って変わって静まり返っていた。集められた貴族たちの数は少なく、その誰もがゼノンに敵意ではなく、恐怖と警戒が入り混じった複雑な視線を向けている。
アルフォンス王子の姿は、そこにはなかった。

「ゼノン・フォン・アークライト」
玉座の国王が静かに口を開いた。その声には、以前のような探るような響きはなく、ただ王としての重い決意だけが込められていた。
「先の一件、まこと見事であった。汝のその類まれなる才覚、我がベルシュタイン王国のために役立てる気はないか」
「……と、申されますと?」
ゼノンは静かに問い返した。彼の胸中には、既に最悪のシナリオが浮かび上がっていた。

国王は、その言葉を待っていたかのように宣言した。
「汝を、本日付で『王国財政顧問』に任命する」

謁見の間に、かすかなどよめきが走った。
王国財政顧問。
それは、これまで存在しなかった新たな役職。だが、その名が意味するものは誰の目にも明らかだった。
財務大臣と同等、いや、その金の流れを監査し助言するという立場上、それ以上の権力を持つ、事実上の国家財政の最高責任者。

辺境の一貴族の、それも三男坊に国家の金庫番を任せる。
前代未聞の人事に、貴族たちは言葉を失った。

だが、その前代未聞の辞令を受けた本人は、即座に、そしてきっぱりと、その申し出を拒否した。
「陛下。そのご命令、謹んで辞退させていただきます」

その、あまりにも不遜な返答。
謁見の間の空気が、再び凍りついた。
国王から直々に与えられた栄誉を、この男は、何の躊躇いもなく蹴ったのだ。

「私の目的は、あくまでアークライト領の安定と発展にございます。国政という、あまりにも巨大で複雑な問題に関わるつもりは、毛頭ございません」
ゼノンは淡々とその理由を述べた。
「それは私の専門外であり、責任を負える範囲を超えております。引き受けることは、あまりにも非合理的です」

(ふざけるな。国家の財政なぞ、どれだけ非効率の膿が溜まっているか想像もつかん。そんなものの後始末を、なぜ俺がやらねばならんのだ。面倒事の塊ではないか)
彼の内心は、それだけの極めて個人的な理由で満たされていた。

だが、国王はゼノンの拒絶を、まるで予測していたかのように静かに首を振った。
「……断ることは、許さん」
その声はもはや、問いかけではなかった。
絶対君主としての命令だった。

「これは、お前に与える栄誉ではない。罰だ」
「……罰、でございますか」
「そうだ。汝は我が国の古い秩序を、その手で破壊した。貴族たちの腐敗の膿を白日の下に晒した。ならば、その責任を取る義務がお前にはある」
国王は玉座から、鋭い視線でゼノンを射抜いた。
「お前が暴いたこの国の病巣を。お前自身のその手で取り除いてみせよ。それができぬと言うのなら、お前はただの破壊者だ。国を乱した反逆に、等しい」

それは、あまりにも巧みな論法だった。
ゼノンの正当性を逆手に取り、彼に大義名分という名の重い枷をはめたのだ。

「それに」
国王は、最後の切り札を切った。
「もし、お前がこの役目を固辞するというのであれば。我が王家としても考えがある。近年、急激に富を蓄えているアークライト領の自治権について。一度見直す必要があるやもしれんな」

その一言は、ゼノンの思考を完全に停止させた。
アークライト領への介入。
自分が心血を注いで作り上げてきた、合理的で快適なシステム。
その聖域を、この王都の非合理な連中に土足で踏み荒らされる。
それだけは、断じて許容できない。

(……やられた)
ゼノンは内心、激しく舌打ちした。
完全に逃げ道を塞がれた。
『財政顧問を引き受ける』という、面倒事(ハイコスト)。
『拒否して、領地に介入される』という、破滅的状況(カタストロフィック・コスト)。
どちらを選ぶべきか。
答えは一つしかなかった。

「……承知、いたしました」
長い、長い沈黙の後。
ゼノンは絞り出すように言った。
その声には、隠しきれない屈辱と諦念が滲んでいた。
「その大役、お受けいたします。……ただし、三つ条件がございます」

「申してみよ」
「一つ。私の財政改革に対し、陛下を含め何人たりとも不当な干渉をせぬこと。全ての判断の全権を、私に一任していただきます」
「二つ。改革に必要なあらゆる情報へのアクセス権限を私に与えていただきます。王家の私的な金庫の帳簿も、例外ではございません」
「そして三つ。この役職はあくまで国家財政が健全化への道筋を立てるまでの期間限定のものとします。その時点で、私は即刻この職を辞し、我が領地へ帰らせていただきます」

その、あまりにも不遜で、取引のような条件。
謁見の間の貴族たちは息を飲んだ。
だが、国王は満足げに頷いた。
「よかろう。全ての条件を呑む」

こうして、ゼノン・フォン・アークライトは、本人の意思とは全く無関係に。
ベルシュタイン王国史上、最年少の、そして最も権力を持つ財政顧問として、国の中枢に足を踏み入れることになった。

その日の夜。
アークライト家の王都屋敷は、祝賀ムードに包まれていた。
「やりましたな、ゼノン様!」
「これで、ゼノン様の偉大なるお力が王国全土に示されますぞ!」
グレイも、王都に呼び寄せられていたリオも、マルクも、我がことのように喜び、主君の大出世を讃えた。

だが、その中心にいるゼノン本人は。
自室の椅子に深く、深く沈み込み、片手で顔を覆っていた。
その口から漏れたのは、心の底からの呻き声だった。

「……最悪だ」

彼の目指していたはずの、静かで平穏で合理的な生活は、今や地平線の遥か彼方へと遠ざかっていった。
これから彼が向き合わねばならないのは、一つの領地などでは比較にならないほど巨大で、複雑で、そして非効率に満ち満ちた、国家という名の怪物だったのだから。
彼の望まぬ戦いは、今、新たな、そして最悪の幕を開けた。
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