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第53話:国家レベルの無駄削減
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王国財政顧問に就任したゼノンは、その翌日から早速仕事に取り掛かった。
彼が最初の仕事場として選んだのは、王城の薄暗い一角にある巨大な書庫だった。
そこには、ベルシュタイン王国建国以来の全ての財政記録が、埃を被った羊皮紙の束となって山のように眠っていた。
「……これを全部、俺の執務室に運べ」
ゼノンのあまりにも無茶な命令に、書庫の管理人は目を白黒させた。
「ぜ、全部でございますか!? こ、これらは王家の最重要機密文書で……」
「国王陛下からの全権委任状だ」
ゼノンが一枚の書状を突きつけると、管理人は顔面蒼白になり、慌てて部下たちを呼び集めた。
数時間後。
ゼノンに新たに与えられた王城内の広大な執務室は、床から天井まで帳簿の山で埋め尽くされていた。
その光景は、彼がアークライト領で最初に改革を始めた時と全く同じだった。
ただ、その規模が桁違いに大きいだけだ。
「……さて、始めるとするか」
ゼノンは誰に言うともなく呟くと、扉を固く閉ざし鍵をかけた。
そして、あの日と全く同じように、彼は常人には理解不能な速度で情報の海へと飛び込んでいった。
パラパラとページをめくる音だけが、静かな部屋に響き渡る。
一日が過ぎた。
二日が過ぎた。
ゼノンは部屋から一歩も出なかった。
食事はグレイが扉の外に置いたものを時折口にするだけ。
睡眠はほとんど取っていない。
彼の若い肉体と、前世で鍛え上げられた超人的な集中力がそれを可能にしていた。
彼の前には巨大な羊皮紙が広げられ、そこに王国財政の全体像が複雑な相関図となって描き出されていく。
収入、支出、税制、各貴族への年金、軍事費、王家の私的な浪費。
全ての金の流れが可視化されていく。
その過程で浮かび上がってきたのは、ゼノンの想像を遥かに超える、あまりにも杜撰で非効率な国家経営の実態だった。
そして、三日目の朝。
全ての帳簿を読破したゼノンは、静かにペンを置いた。
その蒼い瞳には、怒りや呆れを通り越した、絶対的な無の感情が宿っていた。
「……腐っている」
彼の口から漏れたのは、ただその一言だった。
アークライト領の腐敗など可愛いものだ。
この国は土台から完全に腐りきっている。
その日の午後。
国王臨席の元、緊急の御前会議が再び召集された。
集められたのは宰相、財務大臣をはじめとする国家運営の中枢を担う重鎮たちだった。
彼らは就任早々三日間も部屋に閉じこもっていた若き財政顧問が、一体何を始めるのかと訝しげな表情で待ち構えていた。
やがて、ゼノンがグレイに巨大な黒板のようなものを運ばせて入室してきた。
その黒板には白い布がかけられている。
「皆様、お集まりいただき感謝します」
ゼノンは何の挨拶もなしに本題に入った。
「この三日間で私は、我が国の過去十年間の全財政を分析いたしました。そして、いくつかの極めて重大な問題点を発見しましたので、ご報告させていただきます」
そのあまりにも尊大な物言いに、何人かの老貴族が不快そうに眉をひそめた。
ゼノンは構わず黒板にかけられた布を取り払った。
そこに現れたのは、巨大な円グラフだった。
アークライト家の家族会議で彼が使ったものと全く同じ手法。
だが、その規模と内容は比較にならなかった。
「これは我がベルシュタイン王国の年間総支出の内訳です」
ゼノンの指がグラフの最も大きな領域を指し示した。
その項目には『貴族への各種支払い』と記されていた。
そして、その割合は全体の実に六割を占めていた。
「この六割の内訳はこうです」
ゼノンは次々と衝撃的な事実を突きつけていく。
「まず第一に、貴族への過剰な年金制度。功績の有無に関わらず、全ての上級貴族にその生活を生涯保証するためのこの制度に、国家予算の三割が費やされています。これは働かざる者も食うという、非合理の極みです」
「次に、目的の不明確な補助金。王家との縁故を理由に、特定の貴族が経営する赤字事業に対し、毎年莫大な補助金が支出されています。これは税金の私物化に他なりません」
「そして最も悪質なのが、軍事費の不正流用です。騎士団の装備品購入費や遠征費用が毎年数倍に水増し請求され、その差額が一部の武官貴族の懐へと消えています」
次々と暴かれていく国家レベルの腐敗。
謁見の間にいるほとんどの貴族が、その不正の当事者だった。
彼らの顔から血の気が引いていくのが分かった。
まさかこの少年が、たった三日でここまで深く調べ上げるとは誰も想像していなかったのだ。
「結論を申し上げます」
ゼノンは静まり返った謁見の間で断罪の言葉を告げた。
「我が国の財牲は瀕死の状態です。収入のほとんどを一部の貴族という名の寄生虫が食い潰している。このままでは十年以内にこの国は財政破綻、つまり滅亡します」
そのあまりにも衝撃的な宣告。
国王でさえ息を飲むのが分かった。
「よって、私は財政顧問として以下の改革案を実行します」
ゼノンは有無を言わさぬ口調で宣言した。
「第一。貴族への年金制度を全面的に廃止。功績に応じた退職金制度へと移行します」
「第二。全ての補助金を一度凍結。事業の将来性と費用対効果を私が直接査定し、継続か打ち切りかを判断します」
「第三。軍事予算を三割削減。全ての支出を私の監査下に置き、一切の不正を許しません」
それはもはや改革ではなかった。
革命だった。
貴族という階級そのものの存在意義を、根底から揺るがすあまりにも過激な宣言。
謁見の間は怒号と悲鳴に包まれた。
「ふ、ふざけるな!」
「我々貴族への反逆だ!」
「陛下! このような暴挙をお許しになるのですか!」
だが、国王は何も言わなかった。
彼はただ玉座の上で、ゼノンが突きつけた残酷な事実とその過激な処方箋を見つめていた。
彼は理解していた。
この薬は劇薬だ。
だが、この劇薬を飲まなければこの国は確実に死ぬ、と。
「……静まれ」
国王の静かな一言が、全ての怒号を黙らせた。
彼はゆっくりと立ち上がった。
そして、王としてこの国全ての民に対して宣言した。
「……王国財政顧問、ゼノン・フォン・アークライトの提案を全面的に承認する。これより我が国の財政に関する全権を彼に委任する」
それは、ベルシュタイン王国が古い時代と決別し、新しい未知の時代へと足を踏み入れた歴史的な瞬間だった。
そして、その巨大な船の舵を握るのは。
誰の祝福も受けず。
ただ一人、己の合理性だけを信じる孤高の少年だった。
彼が最初の仕事場として選んだのは、王城の薄暗い一角にある巨大な書庫だった。
そこには、ベルシュタイン王国建国以来の全ての財政記録が、埃を被った羊皮紙の束となって山のように眠っていた。
「……これを全部、俺の執務室に運べ」
ゼノンのあまりにも無茶な命令に、書庫の管理人は目を白黒させた。
「ぜ、全部でございますか!? こ、これらは王家の最重要機密文書で……」
「国王陛下からの全権委任状だ」
ゼノンが一枚の書状を突きつけると、管理人は顔面蒼白になり、慌てて部下たちを呼び集めた。
数時間後。
ゼノンに新たに与えられた王城内の広大な執務室は、床から天井まで帳簿の山で埋め尽くされていた。
その光景は、彼がアークライト領で最初に改革を始めた時と全く同じだった。
ただ、その規模が桁違いに大きいだけだ。
「……さて、始めるとするか」
ゼノンは誰に言うともなく呟くと、扉を固く閉ざし鍵をかけた。
そして、あの日と全く同じように、彼は常人には理解不能な速度で情報の海へと飛び込んでいった。
パラパラとページをめくる音だけが、静かな部屋に響き渡る。
一日が過ぎた。
二日が過ぎた。
ゼノンは部屋から一歩も出なかった。
食事はグレイが扉の外に置いたものを時折口にするだけ。
睡眠はほとんど取っていない。
彼の若い肉体と、前世で鍛え上げられた超人的な集中力がそれを可能にしていた。
彼の前には巨大な羊皮紙が広げられ、そこに王国財政の全体像が複雑な相関図となって描き出されていく。
収入、支出、税制、各貴族への年金、軍事費、王家の私的な浪費。
全ての金の流れが可視化されていく。
その過程で浮かび上がってきたのは、ゼノンの想像を遥かに超える、あまりにも杜撰で非効率な国家経営の実態だった。
そして、三日目の朝。
全ての帳簿を読破したゼノンは、静かにペンを置いた。
その蒼い瞳には、怒りや呆れを通り越した、絶対的な無の感情が宿っていた。
「……腐っている」
彼の口から漏れたのは、ただその一言だった。
アークライト領の腐敗など可愛いものだ。
この国は土台から完全に腐りきっている。
その日の午後。
国王臨席の元、緊急の御前会議が再び召集された。
集められたのは宰相、財務大臣をはじめとする国家運営の中枢を担う重鎮たちだった。
彼らは就任早々三日間も部屋に閉じこもっていた若き財政顧問が、一体何を始めるのかと訝しげな表情で待ち構えていた。
やがて、ゼノンがグレイに巨大な黒板のようなものを運ばせて入室してきた。
その黒板には白い布がかけられている。
「皆様、お集まりいただき感謝します」
ゼノンは何の挨拶もなしに本題に入った。
「この三日間で私は、我が国の過去十年間の全財政を分析いたしました。そして、いくつかの極めて重大な問題点を発見しましたので、ご報告させていただきます」
そのあまりにも尊大な物言いに、何人かの老貴族が不快そうに眉をひそめた。
ゼノンは構わず黒板にかけられた布を取り払った。
そこに現れたのは、巨大な円グラフだった。
アークライト家の家族会議で彼が使ったものと全く同じ手法。
だが、その規模と内容は比較にならなかった。
「これは我がベルシュタイン王国の年間総支出の内訳です」
ゼノンの指がグラフの最も大きな領域を指し示した。
その項目には『貴族への各種支払い』と記されていた。
そして、その割合は全体の実に六割を占めていた。
「この六割の内訳はこうです」
ゼノンは次々と衝撃的な事実を突きつけていく。
「まず第一に、貴族への過剰な年金制度。功績の有無に関わらず、全ての上級貴族にその生活を生涯保証するためのこの制度に、国家予算の三割が費やされています。これは働かざる者も食うという、非合理の極みです」
「次に、目的の不明確な補助金。王家との縁故を理由に、特定の貴族が経営する赤字事業に対し、毎年莫大な補助金が支出されています。これは税金の私物化に他なりません」
「そして最も悪質なのが、軍事費の不正流用です。騎士団の装備品購入費や遠征費用が毎年数倍に水増し請求され、その差額が一部の武官貴族の懐へと消えています」
次々と暴かれていく国家レベルの腐敗。
謁見の間にいるほとんどの貴族が、その不正の当事者だった。
彼らの顔から血の気が引いていくのが分かった。
まさかこの少年が、たった三日でここまで深く調べ上げるとは誰も想像していなかったのだ。
「結論を申し上げます」
ゼノンは静まり返った謁見の間で断罪の言葉を告げた。
「我が国の財牲は瀕死の状態です。収入のほとんどを一部の貴族という名の寄生虫が食い潰している。このままでは十年以内にこの国は財政破綻、つまり滅亡します」
そのあまりにも衝撃的な宣告。
国王でさえ息を飲むのが分かった。
「よって、私は財政顧問として以下の改革案を実行します」
ゼノンは有無を言わさぬ口調で宣言した。
「第一。貴族への年金制度を全面的に廃止。功績に応じた退職金制度へと移行します」
「第二。全ての補助金を一度凍結。事業の将来性と費用対効果を私が直接査定し、継続か打ち切りかを判断します」
「第三。軍事予算を三割削減。全ての支出を私の監査下に置き、一切の不正を許しません」
それはもはや改革ではなかった。
革命だった。
貴族という階級そのものの存在意義を、根底から揺るがすあまりにも過激な宣言。
謁見の間は怒号と悲鳴に包まれた。
「ふ、ふざけるな!」
「我々貴族への反逆だ!」
「陛下! このような暴挙をお許しになるのですか!」
だが、国王は何も言わなかった。
彼はただ玉座の上で、ゼノンが突きつけた残酷な事実とその過激な処方箋を見つめていた。
彼は理解していた。
この薬は劇薬だ。
だが、この劇薬を飲まなければこの国は確実に死ぬ、と。
「……静まれ」
国王の静かな一言が、全ての怒号を黙らせた。
彼はゆっくりと立ち上がった。
そして、王としてこの国全ての民に対して宣言した。
「……王国財政顧問、ゼノン・フォン・アークライトの提案を全面的に承認する。これより我が国の財政に関する全権を彼に委任する」
それは、ベルシュタイン王国が古い時代と決別し、新しい未知の時代へと足を踏み入れた歴史的な瞬間だった。
そして、その巨大な船の舵を握るのは。
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