悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第83話:忍び寄る影

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ベルシュ-タイン王国の急成長。
そのニュースは隊商のキャラバンに乗って、あるいは各国の密偵たちの報告書になって、瞬く間に大陸全土へと広まっていった。
最初は誰もがその報せを信じなかった。
ほんの数年前まで大陸の片隅で静かに衰退していた古ぼけた王国。
それがガリア帝国との戦争に圧勝し、今や大陸で最も活気のある国へと生まれ変わりつつある。
にわかには信じがたい話だった。

だが、王都ロンディニウムを訪れた商人たちが持ち帰る、見たこともない革新的な商品…『魔導製品』の数々と、彼らが語る驚くべき繁栄の物語は、その噂が紛れもない事実であることを証明していた。

大陸諸国の王侯貴族たちは震撼した。
特にベルシュ-タイン王国に手痛い敗北を喫したガリア帝国と、南の海を挟んで王国と長年覇権を争ってきた商業国家、連合都市国家群(アライアンス)の衝撃は大きかった。

ガリア帝国の帝都。
皇帝の玉座の間では、重苦しい空気が支配していた。
皇帝の前にひれ伏すのは、シルヴァ平原で捕虜となり、屈辱的な講和条約を結んで帰国したガイウス元帥だった。

「……申し訳ございません、陛下」
老将は震える声で言った。
「全てはこの老いぼれの不徳の致すところ。……いかなる罰もお受けいたします」
だが、皇帝は彼を罰しようとはしなかった。
皇帝の手には、ベルシュ-タイン王国に関する最新の諜報報告書が握られていた。

「……元帥よ。おぬしだけのせいではあるまい」
皇帝は静かに言った。
「……報告によれば、ベルシュ-タインを変えたのはたった一人の若者だという。……ゼノン・フォン・アークライト。……その男、一体何者なのだ」
「……分かりません」
ガイウス元帥は力なく首を振った。
「……ただ一つ言えることは、彼は我々の知るいかなる人間とも違う。……まるで未来から来た人間のように全てを見通し、全てを計算し、そして全てを支配する。……我々は彼を悪魔と呼びました」

悪魔。
その言葉の重みが玉座の間にのしかかる。
皇帝は深く息を吸い込んだ。
「……その悪魔が今、我が帝国のすぐ隣で恐るべき力を蓄えている。……このまま放置すれば、いずれ我々はその牙に食い破られるだろう。……そうなる前に手を打たねばならん」
皇帝の瞳に冷たい決意の光が宿った。

一方、南の連合都市国家群(アライアンス)の最高評議会でも、ベルシュ-タイン王国の脅威は最大の議題となっていた。
「……ベルシュ-タインの魔導製品が我々の市場を席巻し始めています!」
一人の商人代表が悲痛な声で訴えた。
「彼らの作る布地は我々の半分の値段で倍は丈夫だ。彼らの作る鉄製品は我々の職人が束になっても敵わない。このままでは我々の産業は全て滅ぼされてしまいます!」

「それだけではない」
軍事を司る提督が厳しい表情で続けた。
「彼らが開発したという『魔導砲』。その威力は我々の最新鋭の艦船をも一撃で沈める力を持つという。もし彼らが本気で海軍を増強し始めたら……我々が誇る海の覇権は終わるぞ」

評議会は恐怖と焦りに包まれた。
これまで彼らはベルシュ-タイン王国を侮っていた。
農業しか取り柄のない時代遅れの封建国家だと。
だが、その田舎者が今や自分たちの喉元に刃を突きつける巨大な経済大国、そして軍事大国へと変貌しようとしている。

「……手を組むしかあるまい」
評議会の議長が重々しく口を開いた。
「……我々の宿敵、ガリア帝国とだ」

その言葉に評議会はどよめいた。
帝国と手を組む。
それはこれまで考えられなかった禁じ手だった。
「正気か、議長! あの野蛮な帝国と!」
「正気だとも!」
議長は一喝した。
「目の前に共通の、そしてより巨大な脅威が現れたのだ! 小さな争いをしている場合ではない! 帝国と我々が手を組み、南北からベルシュ-タインを挟撃する! あの怪物、ゼノン・フォン・アークライトを芽のうちに摘み取っておかねば、我々全ての未来がないのだ!」

こうして大陸の水面下で、一つの巨大な包囲網が形成されようとしていた。
ゼノンという一人の天才の出現によって崩されたパワーバランス。
それを元に戻そうとする旧時代の支配者たちの焦り。
それはベルシュ-タイン王国を標的とした、『対ゼノン包囲網』の結成へと繋がっていった。

だがその頃、包囲網の中心にいるゼノン本人は、そんな大陸の不穏な動きなど全く関知していなかった。
彼の頭の中は今、別の、より個人的で、そして彼にとってはより重大な問題でいっぱいだったからだ。

(……おかしい)
彼は宰相府の執務室で首を傾げていた。
(……最近どうも仕事の効率が悪い。……集中力が続かない。……思考速度も明らかに低下している)

彼は自らの体調(パフォーマンス)の変化を冷静に分析していた。
睡眠時間、食事内容、運動量。
どれも完璧に管理しているはずだ。
では、原因は何か。

彼はここ数週間の自分の行動記録を緻密に見直していった。
そして、一つの小さな、しかし見過ごせない変化に気づいた。
それは毎日午後三時になると彼の執務室に届けられる、一杯の紅茶だった。
それは聖女リリアナが自ら彼の健康を気遣い、毎日淹れてくれているものだった。

(……まさかな)
彼はその可能性に思い至り、わずかに顔を引きつらせた。
(……この紅茶に含まれる微量の糖分とカフェインが、俺の完璧な生体リズムを乱しているとでも言うのか……?)

大陸が再び戦争の危機へと向かいつつあるその裏側で、ゼノンは聖女が淹れる一杯の紅茶がもたらす健康被害(パフォーマンス低下)について、一人深刻に悩み始めていた。
彼にとって世界の危機よりも、自分のコンディションの悪化の方が遥かに重大な問題だったのだ。
忍び寄る影は、彼のすぐ傍まで迫っていた。
それは国家間の陰謀という影と、そして聖女の善意という名のもう一つの甘い影だった。
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