悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第84話:穏やかな日常

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ゼノンは自らのパフォーマンス低下の原因を、リリアナが毎日淹れる紅茶にあると仮説を立てた。
だが、彼はコンサルタントだ。仮説は検証されなければならない。
翌日から彼は密かに実験を開始した。
リリアナがにこやかに紅茶を運んでくると、彼は「ありがとう」と珍しく穏やかな表情(彼なりの最大限の演技)で受け取り、彼女が退出したのを確認すると、その紅茶を窓の外の植木にそっと流し捨てた。
そして、代わりに自分で用意したただの白湯を飲む。

実験結果は三日で明らかになった。
彼の思考速度は元の鋭さを取り戻し、驚異的な業務処理能力も完全に回復した。
(……やはり原因はあれか)
ゼノンは静かに結論付けた。
聖女の善意の紅茶は、彼の完璧な身体システムにとっては毒物(パフォーマンス・キラー)でしかなかったのだ。

問題は、これをどうやって穏便に断るかだ。
下手に断れば、あの非合理の塊である聖女が何を勘違いし、どんな面倒事を引き起こすか分からない。
(……『最近、胃の調子が悪いので刺激物は控えている』。これが最も波風の立たない合理的解決策か)
彼は次のリリアナとの接触に備え、完璧なシナリオを脳内で構築した。

そんなゼノンがミクロな問題に頭を悩ませている間にも、彼が作り上げた巨大なシステムは順調に回り続け、ベルシュ-タイン王国にかつてない平和と繁栄をもたらしていた。

王都の街角では子供たちの明るい笑い声が響き渡っている。
王立アカデミーの前身となるいくつかの寺子屋式の学校が開かれ、身分に関係なく多くの子供たちが読み書きを学んでいた。
彼らの栄養状態は劇的に改善し、以前は当たり前だった栄養失調で命を落とす子供の数は激減した。

市場には物が溢れ、人々は飢えの心配をすることなく日々の生活を営んでいる。
整備された街道では治安が向上し、人々は安心して旅をすることができるようになった。

それはゼノンがこの世界に転生してから初めて手に入れた、『合理的で快適な生活』が国という巨大な単位で実現しつつある証だった。

その日、ゼノンは珍しく一人で王都の視察に出ていた。
宰相代理としての堅苦しい服装ではなく、質素な旅人のような服装で身分を隠して。
彼は自分が作り上げたシステムの末端がどう機能しているか、自分の目で直接確認したかったのだ。

彼は一軒の大衆食堂に入った。
店内は活気に満ち溢れていた。
職人や商人たちが昼間からアークライト・エールを飲み交わし、楽しそうに語らっている。
「聞いたか? 今度、東の地域に新しい製鉄所ができるらしいぜ」
「おう! 俺の息子もそこの職人として雇ってもらえることになったんだ。アカデミーの前身の学校で計算を習ったのが良かったらしい」
「へえ、そりゃすげえや! まったく、ゼノン様が来てからこの国は本当に変わったもんだ。俺たちみたいな平民にもチャンスがある時代になったんだからな!」

その会話をゼノンは隅の席で黙って聞いていた。
彼らの言葉に喜びはなかった。
ただ、自分の計画が設計図通りに機能していることを確認する技術者のような満足感があっただけだ。

食堂を出た彼は、建設中の王立病院の現場へと足を向けた。
そこでは聖女リリアナがアルフォンス王子と共に、作業員たちを激励していた。
「皆さん、ご苦労様です! この病院はこの国の未来の希望です! どうかよろしくお願いしますね!」
リリアナの聖母のような微笑みに作業員たちの顔がぱっと明るくなる。
「おお、聖女様!」
「王子様まで直々に! よーし、頑張るぞー!」

アルフォンスも以前のような硬さはなく、自然な笑顔で作業員たちと言葉を交わしていた。
「皆の働きに感謝する。この病院が完成すれば我々の家族も安心して暮らせるようになる。皆で力を合わせよう!」

その光景。
光を司る王子と聖女。
彼らは民衆の心を掴み、その士気を高める天才だった。
ゼノンには決して真似できない、そして彼が最も非合理的だと切り捨ててきた『心』の力。

(……悪くない)
ゼノンは物陰からその光景を眺めながら静かに呟いた。
(……俺がシステムの設計と管理を行い、彼らがシステムの運用と広報を担う。……悪くない分業体制だ。合理的だ)
彼は初めてアルフォンスとリリアナの存在を、自分の巨大なシステムを構成する重要な『パーツ』として認めた。

彼は誰にも気づかれることなくその場を後にした。
夕暮れの王都を一人歩く。
街は穏やかな夕日に包まれ、家々からは温かい夕食の匂いが漂ってくる。
それはあまりにも平和で穏やかな光景だった。
自分が望んだ光景。

(……これでようやく俺も静かに暮らせる)
彼は心の底からそう思った。
もう大きな改革は必要ない。
あとはこの巨大なシステムが自動で回り続けるのをメンテナンスしていくだけだ。
ようやく手に入れた平穏。

彼は満足感と、そしてほんの少しの達成感を胸に、宰相府への帰路を急いだ。
執務室に戻れば、まだ片付けなければならない書類の山が待っている。
だが、それすらもこの穏やかな日常の一部だと思えば悪くはなかった。

しかし、彼が執務室の扉を開けた瞬間、そのささやかな平穏はあっけなく打ち砕かれることになる。

部屋の中には一人の少女が立っていた。
聖女リリアナ。
彼女はいつもと様子が違っていた。
その顔は真剣そのもの。
その瞳には何か重大な決意を秘めた強い光が宿っていた。
そして彼女はゼノンの顔を見るなり、こう切り出したのだ。

「……ゼノン様。……私、決めました」

その言葉がこれから自分にもたらされるであろう、最大で最も非合理的な問題の序曲であることを、ゼノンはまだ知る由もなかった。
彼の穏やかな日常は、今、まさに終わりを告げようとしていた。

あとがき
いつも『悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か?』をお読みいただき、ありがとうございます!作者の夏見ナイです。
さて、長かった戦争編も終わり、次の戦争が始まるまで、主人公たちの日常や恋愛模様を描くパートに突入しました。(ここから十話くらい主人公と聖女の恋愛パートです)今後の激動の展開に向けた、いわば「嵐の前の静けさ」となる重要な部分だと考えて執筆しております。
ただ、本作の魅力である「合理主義的な改革」を楽しみにしてくださっている読者様も多いかと思います。そこで、今後の更新ペースについて少しご意見を伺えれば幸いです!
Q. 現在の日常・恋愛パート、どう楽しみたいですか?
aじっくり楽しみたい!(これまで通りのペースで更新してほしい)
bサクサク進めてほしい!(更新頻度を上げて、早めに次の展開へ進んでほしい)
cどちらでもOK!(作者さんのペースにお任せします)
d一日で全部上げろ(恋愛なんざに興味はない) 
(dが多くても全然かまわないですし、その場合恋愛パートは読まなくても構わないように修正します)
アンケートの結果を参考に、今後の更新方針を決めさせていただきます。
いつも応援ありがとうございます。これからも主人公たちの活躍にご期待ください!
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