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第37話:地下闘技場の闇
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闘技都市ザラームの巨大な正門をくぐると、そこは熱気と活気に満ちた別世界だった。石畳の広い道には、屈強な冒険者や傭兵、裕福そうな商人たちがひしめき合い、様々な人種の言葉が飛び交っている。道の両脇には武具屋や宿屋、酒場がずらりと軒を連ね、そのどれもが活気に満ちていた。
「すごい……! オラトリアとは比べ物にならないくらい、大きくて賑やかね!」
シルフィリアは、まるでお上りさんのように目をきょろきょろとさせ、興奮を隠せない様子だ。その美しいエルフの姿は当然のように人々の注目を集めたが、この街では珍しい種族を見ることも日常茶飯事なのか、オラトリアほどの騒ぎにはならなかった。
俺たちがまず向かったのは、冒険者ギルドのザラーム支部だった。今後の活動拠点として、街の情報を集める必要がある。支部は街の中心部にあり、その規模はオラトリアの比ではなかった。何階建てにもなる巨大な建物で、出入りする冒険者の数も桁違いだ。
ギルドで手続きを済ませ、街の地図と、いくつかの噂話を手に入れた。この街で最も大きな娯楽は、やはり中央にある大闘技場《コロッセオ》で行われる剣闘試合らしい。そこでは、大陸中から集まった猛者たちが、名誉と莫大な賞金を賭けて命のやり取りを繰り広げているという。
「面白そうじゃない! 早速見に行きましょうよ!」
「落ち着け。まずは宿を確保するのが先だ」
俺たちは、少し奮発して中級クラスの宿屋に部屋を取った。木賃宿とは雲泥の差の、清潔で快適な部屋にシルフィリアはご満悦の様子だった。
日が暮れ、街が橙色の光に染まり始めると、ザラームは昼間とはまた違う顔を見せ始めた。酒場からは陽気な音楽と笑い声が溢れ、大通りは色とりどりのランプで照らされる。華やかで、どこか退廃的な雰囲気。
「さて、と。少し、街の『裏側』でも見てみるか」
俺は、ギルドで仕入れた、ある噂に興味を惹かれていた。
この街の華やかさの裏で、非合法な賭け試合が行われている場所があるらしい。公式の闘技場よりも遥かに過激で、そして闇が深い場所。
「裏側? 何のこと?」
「ついてくれば分かる」
俺はシルフィリアを連れ、賑やかな大通りから外れ、薄暗い裏路地へと足を踏み入れた。悪臭が漂い、ならず者たちが壁にもたれてこちらを睨みつけてくる。シルフィリアは少し不安そうな顔をしたが、俺の隣を黙ってついてきた。
やがて、俺たちは行き止まりのような場所にたどり着いた。そこには、寂れた倉庫のような建物があるだけだ。だが、その頑丈な鉄の扉の前には、いかつい見張りが二人立っている。そして、扉の隙間からは、微かに熱気と、野獣のような歓声、そして血の匂いが漏れ聞こえてきていた。
ここが、噂の地下闘技場だ。
見張りの男が、俺たちの前に立ちはだかった。
「おい、ひよっこが来るところじゃねえぞ。とっとと失せな」
「中に入りたい。いくら払えばいい?」
俺がそう言って、金貨を数枚指の間でちらつかせると、男の目がいやらしく光った。
「……話の分かる奴じゃねえか。一人金貨五枚だ。そこのお嬢ちゃんも入るのか? 中で何があっても知らねえぞ」
「構わん」
俺は金貨十枚を男に渡した。男は満足げに頷くと、重い鉄の扉を少しだけ開ける。
扉の向こうは、地獄のような熱気に満ちていた。
そこは、だだっ広い地下空間だった。中央には金網で囲まれた円形の闘技場があり、その周囲を、賭けに興じる観客たちが取り囲んでいる。タバコの煙と酒の匂い、そして汗と血の匂いが混じり合い、むせ返るようだ。観客たちの顔は、欲望と興奮で醜く歪んでいた。
「なん……て場所なの……」
シルフィリアが、嫌悪感を露わにして呟く。
ちょうどその時、闘技場の中では、一つの試合が終わったところだった。勝者である、斧を持った大男が、倒れた相手にとどめを刺そうとしている。観客たちは「殺せ!」「八つ裂きにしろ!」と野蛮な声を張り上げていた。
これが、ザラームの闇。公式の試合では満足できない者たちが、より過激な刺激を求めて集まる場所。ここで戦わされているのは、借金を抱えた者や、犯罪を犯した奴隷。彼らは、自由か、あるいは死ぬまで戦い続けることを強いられているのだ。
「次の試合を始めるぜ!」
賭けを仕切っている胴元らしき男が、野太い声で叫んだ。
「赤コーナー! 奴隷剣闘士となってから、いまだ無敗! 百人斬りの悪夢、無敗のチャンピオン! 狼獣人、ヴォルフガングだ!」
その名が呼ばれると、観客たちの興奮は最高潮に達した。割れんばかりの歓声と罵声が飛び交う。
闘技場の一方のゲートから、一人の男がゆっくりと姿を現した。
その姿を見て、俺は息を呑んだ。
身長は二メートル近くあり、全身が鍛え上げられた筋肉の鎧で覆われている。狼のような精悍な顔立ちに、鋭い銀色の瞳。灰色の髪は長く、その背中には身の丈ほどもある巨大な剣、大剣《グレートソード》を背負っていた。
狼獣人、ヴォルフガング。
その佇まいは、まさに歴戦の戦士そのものだった。だが、彼の瞳の奥には、深い絶望と、全てを諦めたかのような静かな悲しみが宿っているように見えた。
対する青コーナーから現れたのは、鎖に繋がれた三人の奴隷だった。彼らは皆、痩せこけており、その目には恐怖しか浮かんでいない。一対三。だが、誰もがヴォルフガングの勝利を疑っていなかった。
試合開始のゴングが鳴る。
三人の奴隷は、やけくそになったようにヴォルフガングに襲いかかった。
だが、勝負は一瞬で決した。
ヴォルフガングは、背中の大剣を抜き放つことすらしなかった。彼は、襲い来る奴隷たちの一人の腕を掴むと、そのまま人間離れした腕力で投げ飛ばす。投げ飛ばされた奴隷は、金網に激突し、ぐったりと動かなくなった。
残りの二人も、彼の繰り出す拳と蹴りの前に、赤子のようになぎ倒されていく。その動きには、一切の無駄がなく、そして、一切の感情がこもっていなかった。まるで、邪魔な虫を払うかのような、冷徹で、効率的な暴力。
わずか数十秒後。闘技場には、三人の奴隷の亡骸と、血を浴びることすらなかったヴォルフガングが、静かに立っていた。
観客たちは、その圧倒的な強さに熱狂し、狂ったように叫んでいる。
だが、ヴォルフガングは、そんな歓声を浴びながらも、ただ虚ろな目で、天井の暗闇を見つめているだけだった。
「……強い」
俺の隣で、シルフィリアが呟いた。その声には、純粋な驚嘆が込められていた。
ああ、強い。
オークジェネラルやポイズンサーペントとは、また違う種類の強さだ。あれは、幾千もの実戦で磨き上げられた、純粋な戦闘技術の極致。
そして、同時に感じた。
あの男は、こんな場所にいるべき人間ではない。
あの瞳に宿る悲しみは、あまりにも深く、そして重い。
俺は、気づけば拳を強く握りしめていた。
あの男、ヴォルフガング。彼と、戦ってみたい。
いや、違う。
彼を、この地獄から救い出したい。
なぜ、そう思ったのかは分からない。
ただ、彼の瞳の奥に宿る静かな絶望が、かつて追放され、全てを失った俺自身の姿と、どこか重なって見えたのかもしれない。
俺は、決意を固めた。
この闘技都市ザラームの闇に、俺は自ら足を踏み入れることを。
「すごい……! オラトリアとは比べ物にならないくらい、大きくて賑やかね!」
シルフィリアは、まるでお上りさんのように目をきょろきょろとさせ、興奮を隠せない様子だ。その美しいエルフの姿は当然のように人々の注目を集めたが、この街では珍しい種族を見ることも日常茶飯事なのか、オラトリアほどの騒ぎにはならなかった。
俺たちがまず向かったのは、冒険者ギルドのザラーム支部だった。今後の活動拠点として、街の情報を集める必要がある。支部は街の中心部にあり、その規模はオラトリアの比ではなかった。何階建てにもなる巨大な建物で、出入りする冒険者の数も桁違いだ。
ギルドで手続きを済ませ、街の地図と、いくつかの噂話を手に入れた。この街で最も大きな娯楽は、やはり中央にある大闘技場《コロッセオ》で行われる剣闘試合らしい。そこでは、大陸中から集まった猛者たちが、名誉と莫大な賞金を賭けて命のやり取りを繰り広げているという。
「面白そうじゃない! 早速見に行きましょうよ!」
「落ち着け。まずは宿を確保するのが先だ」
俺たちは、少し奮発して中級クラスの宿屋に部屋を取った。木賃宿とは雲泥の差の、清潔で快適な部屋にシルフィリアはご満悦の様子だった。
日が暮れ、街が橙色の光に染まり始めると、ザラームは昼間とはまた違う顔を見せ始めた。酒場からは陽気な音楽と笑い声が溢れ、大通りは色とりどりのランプで照らされる。華やかで、どこか退廃的な雰囲気。
「さて、と。少し、街の『裏側』でも見てみるか」
俺は、ギルドで仕入れた、ある噂に興味を惹かれていた。
この街の華やかさの裏で、非合法な賭け試合が行われている場所があるらしい。公式の闘技場よりも遥かに過激で、そして闇が深い場所。
「裏側? 何のこと?」
「ついてくれば分かる」
俺はシルフィリアを連れ、賑やかな大通りから外れ、薄暗い裏路地へと足を踏み入れた。悪臭が漂い、ならず者たちが壁にもたれてこちらを睨みつけてくる。シルフィリアは少し不安そうな顔をしたが、俺の隣を黙ってついてきた。
やがて、俺たちは行き止まりのような場所にたどり着いた。そこには、寂れた倉庫のような建物があるだけだ。だが、その頑丈な鉄の扉の前には、いかつい見張りが二人立っている。そして、扉の隙間からは、微かに熱気と、野獣のような歓声、そして血の匂いが漏れ聞こえてきていた。
ここが、噂の地下闘技場だ。
見張りの男が、俺たちの前に立ちはだかった。
「おい、ひよっこが来るところじゃねえぞ。とっとと失せな」
「中に入りたい。いくら払えばいい?」
俺がそう言って、金貨を数枚指の間でちらつかせると、男の目がいやらしく光った。
「……話の分かる奴じゃねえか。一人金貨五枚だ。そこのお嬢ちゃんも入るのか? 中で何があっても知らねえぞ」
「構わん」
俺は金貨十枚を男に渡した。男は満足げに頷くと、重い鉄の扉を少しだけ開ける。
扉の向こうは、地獄のような熱気に満ちていた。
そこは、だだっ広い地下空間だった。中央には金網で囲まれた円形の闘技場があり、その周囲を、賭けに興じる観客たちが取り囲んでいる。タバコの煙と酒の匂い、そして汗と血の匂いが混じり合い、むせ返るようだ。観客たちの顔は、欲望と興奮で醜く歪んでいた。
「なん……て場所なの……」
シルフィリアが、嫌悪感を露わにして呟く。
ちょうどその時、闘技場の中では、一つの試合が終わったところだった。勝者である、斧を持った大男が、倒れた相手にとどめを刺そうとしている。観客たちは「殺せ!」「八つ裂きにしろ!」と野蛮な声を張り上げていた。
これが、ザラームの闇。公式の試合では満足できない者たちが、より過激な刺激を求めて集まる場所。ここで戦わされているのは、借金を抱えた者や、犯罪を犯した奴隷。彼らは、自由か、あるいは死ぬまで戦い続けることを強いられているのだ。
「次の試合を始めるぜ!」
賭けを仕切っている胴元らしき男が、野太い声で叫んだ。
「赤コーナー! 奴隷剣闘士となってから、いまだ無敗! 百人斬りの悪夢、無敗のチャンピオン! 狼獣人、ヴォルフガングだ!」
その名が呼ばれると、観客たちの興奮は最高潮に達した。割れんばかりの歓声と罵声が飛び交う。
闘技場の一方のゲートから、一人の男がゆっくりと姿を現した。
その姿を見て、俺は息を呑んだ。
身長は二メートル近くあり、全身が鍛え上げられた筋肉の鎧で覆われている。狼のような精悍な顔立ちに、鋭い銀色の瞳。灰色の髪は長く、その背中には身の丈ほどもある巨大な剣、大剣《グレートソード》を背負っていた。
狼獣人、ヴォルフガング。
その佇まいは、まさに歴戦の戦士そのものだった。だが、彼の瞳の奥には、深い絶望と、全てを諦めたかのような静かな悲しみが宿っているように見えた。
対する青コーナーから現れたのは、鎖に繋がれた三人の奴隷だった。彼らは皆、痩せこけており、その目には恐怖しか浮かんでいない。一対三。だが、誰もがヴォルフガングの勝利を疑っていなかった。
試合開始のゴングが鳴る。
三人の奴隷は、やけくそになったようにヴォルフガングに襲いかかった。
だが、勝負は一瞬で決した。
ヴォルフガングは、背中の大剣を抜き放つことすらしなかった。彼は、襲い来る奴隷たちの一人の腕を掴むと、そのまま人間離れした腕力で投げ飛ばす。投げ飛ばされた奴隷は、金網に激突し、ぐったりと動かなくなった。
残りの二人も、彼の繰り出す拳と蹴りの前に、赤子のようになぎ倒されていく。その動きには、一切の無駄がなく、そして、一切の感情がこもっていなかった。まるで、邪魔な虫を払うかのような、冷徹で、効率的な暴力。
わずか数十秒後。闘技場には、三人の奴隷の亡骸と、血を浴びることすらなかったヴォルフガングが、静かに立っていた。
観客たちは、その圧倒的な強さに熱狂し、狂ったように叫んでいる。
だが、ヴォルフガングは、そんな歓声を浴びながらも、ただ虚ろな目で、天井の暗闇を見つめているだけだった。
「……強い」
俺の隣で、シルフィリアが呟いた。その声には、純粋な驚嘆が込められていた。
ああ、強い。
オークジェネラルやポイズンサーペントとは、また違う種類の強さだ。あれは、幾千もの実戦で磨き上げられた、純粋な戦闘技術の極致。
そして、同時に感じた。
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あの瞳に宿る悲しみは、あまりにも深く、そして重い。
俺は、気づけば拳を強く握りしめていた。
あの男、ヴォルフガング。彼と、戦ってみたい。
いや、違う。
彼を、この地獄から救い出したい。
なぜ、そう思ったのかは分からない。
ただ、彼の瞳の奥に宿る静かな絶望が、かつて追放され、全てを失った俺自身の姿と、どこか重なって見えたのかもしれない。
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