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第57話:アランの傲慢
しおりを挟むアランの決闘の申し込みに、広場は水を打ったように静まり返った。勇者アランがレベル1の冒険者に決闘を申し込む。誰もが耳を疑うような、前代未聞の宣言だった。
エリナが「やめて、アラン君!」と悲痛な声を上げる。
シルフィリアとヴォルフも臨戦態勢に入り、それぞれの武器を構えた。
だが、俺はそんな仲間たちを片手で制した。
「……いいだろう。その決闘、受けてやる」
俺の静かな承諾に、今度は仲間たちが驚きの声を上げた。
「カイル!?」「大将!?」
「待ちなさい、あなた正気なの!? 相手は勇者よ! 聖剣を持っているのよ!」
シルフィリアが俺の肩を掴んで必死に説得しようとする。彼女は俺が強いことは知っている。だが、伝説の武器である聖剣の力を過小評価してはいなかった。
「ああ、正気だ。それにこれは俺とあいつの問題だ。お前たちに手を出させるわけにはいかない」
俺は彼女にだけ聞こえる声でそう囁くと、安心させるように小さく頷いてみせた。そして一歩前に出る。
俺の承諾を得たアランは、醜く歪んだ笑みを浮かべた。彼は俺が恐怖に怯え決闘を拒否するとでも思っていたのだろう。俺が受けて立ったことで、彼のプライドはいくらか満たされたようだった。
「ふ、ふははは! さすがに断れはしなかったようだな! 良いだろう、ここで貴様の化けの皮を剥いでやる! エリナ、よく見ておけ! お前が選んだ男がどれほど無力で、惨めな存在であるかをな!」
アランはもはや完全に自分を見失っていた。彼の瞳に映っているのは、嫉妬と憎悪に染まった歪んだ自己顕示欲だけだ。
「場所を移す必要もない。ここで、今すぐ決着をつけてやる!」
彼はそう叫ぶと、聖剣を正眼に構えた。その刀身から淡い光のオーラが立ち上る。勇者の力に呼応し、聖剣がその真価を発揮し始めているのだ。
広場の観衆は固唾を飲んで俺たち二人を見守っている。誰もこの決闘を止めようとはしない。彼らの目には、ただ純粋な好奇心だけが浮かんでいた。
「……カイル君」
エリナが泣きそうな声で俺の名を呼んだ。俺は彼女に振り返ることなく、静かに言った。
「見ていてくれ、エリナ。そして、これが俺の答えだ」
俺は腰のミスリルの剣をゆっくりと抜き放った。青白い刀身が聖剣の光とは対照的な、静かで冷たい輝きを放つ。
俺とアラン。
二人の間に張り詰めた空気が流れる。
風が止み、音が消えた。世界にいるのは俺とアランの二人だけになったかのような錯覚。
先に動いたのはアランだった。
「はあああああっ!」
彼は雄叫びと共に地面を蹴った。その動きは紛れもなく一流の剣士のものだった。俺が知っている幼馴染だった頃のアランとは比べ物にならないほど、速く鋭い。
聖剣が太陽の光を反射しながら、俺の脳天へと振り下ろされる。
聖剣技―――「サンライト・スラッシュ」。勇者の一族にのみ伝わる光の剣技。
その一撃は、並の魔物なら光の中に消滅させるほどの絶大な威力を秘めているはずだった。
観衆が息を呑む。エリナが悲鳴を上げる。
だが、俺は動かなかった。
振り下ろされる聖剣の軌道を、ただ静かに見据えているだけ。
そして。
聖剣の刃が俺の額に触れる寸前。
俺は動いた。
いや、動いたのは俺の右手だけだ。
俺は、振り下ろされる聖剣の刃を。
指二本で、つまんでいた。
キィン、という甲高い金属音。
アランの渾身の一撃は、俺の人差し指と中指に挟まれ、ぴたりと完全に静止していた。
「………………は?」
アランの口から間の抜けた声が漏れた。
彼の目は信じられないものを見るように大きく見開かれている。自分の聖剣が、たった二本の指で止められている。その事実が、彼の脳の理解を完全に超えていた。
広場にいる全ての人間が、同じように固まっていた。
シルフィリアも、ヴォルフも、ゴードンも、レナも。そして、エリナも。
誰もが目の前で起こった光景を信じられずにいた。
「……な……に……が……?」
アランが震える声で呟く。
俺はそんな彼を、冷たい目で見下ろした。
「終わりか? お前の剣は、その程度か?」
俺は静かに告げた。
そして、聖剣をつまんだ指にほんの少しだけ力を込める。
ミシリ、と。
聖剣の刀身に小さな亀裂が走る音がした。
その音を聞いて、アランの顔が絶望に染まっていく。
伝説の勇者が振るう無敵の聖剣。
その常識が、今この瞬間、目の前で音を立てて崩れ去ろうとしていた。
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