レベル1の死に戻り英雄譚 ~追放された俺の【やりなおし】スキルは、死ぬほど強くなる~

夏見ナイ

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第61話:土下座

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ザラームの朝の喧騒が、嘘のように静まり返った。
俺たちの目の前、人通りの多い石畳の上で、かつての勇者アラン・ゲイルが土下座している。その額は汚れ、誇り高かったはずの銀の鎧は、今はただ彼の惨めさを際立たせるだけのガラクタに見えた。

周囲を行き交っていた人々も足を止め、何事かと遠巻きにこちらを見ている。昨日、広場で勇者がレベル1に完膚なきまでに敗れたという噂はすでに街中に広まっているのだろう。彼らの視線には好奇と、そして敗者への冷たい嘲りが含まれていた。

「……アラン君……」

俺の隣で、エリナが悲痛な声を漏らした。彼女の瞳は信じられないものを見るように大きく見開かれ、変わり果てた幼馴染の姿に深く心を痛めているのが分かった。

シルフィリアとヴォルフは、対照的だった。
シルフィリアは腕を組み、氷のように冷たい視線でアランを見下している。その表情には侮蔑の色さえ浮かんでいた。
ヴォルフもまた、眉間に深い皺を寄せ、目の前の光景を不快極まりないといった顔で眺めている。

「……カイル」

地面に額をこすりつけたまま、アランが震える声で懇願を続けた。

「頼む……! 俺が悪かった! お前を追放したこと、心から後悔している! だから、どうか……もう一度、俺を仲間に入れてくれ!」

その声は必死だった。プライドも矜持も、全てを捨て去った者の魂からの叫びのようだった。
周囲の野次馬たちが、ざわめき始める。

「おいおい、マジかよ……」
「勇者が、あのレベル1に土下座してやがる……」

「俺にはお前の力が必要なんだ!」

アランは顔を上げ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で俺に訴えかけた。

「お前がいなくなってから、俺たちのパーティは何もかもうまくいかなくなった。斥候もいない、雑用をする者もいない。ダンジョンの攻略は停滞し、仲間たちはバラバラになってしまった……。俺一人では、もうどうすることもできないんだ!」

彼はパーティの窮状を赤裸々に語った。それは敗者の悲痛な告白であり、自らの無力さを認める言葉だった。

「俺は間違っていた。お前の価値を、本当の力を見抜けなかった。愚かだったんだ。だから、どうかこの通りだ! 許してくれとは言わない! ただ、もう一度チャンスをくれ!」

彼は再び、強く額を石畳に打ち付けた。ゴツン、と鈍い音が響き、その額から血が滲む。

「昔のように、また一緒に冒険がしたいんだ。エリナも、そうだろう!? 俺と、お前と、カイル。三人で、また……!」

彼はエリナにまで助けを求めた。過去の美しい思い出に縋り、同情を引こうとしている。その姿は、あまりにも哀れで惨めだった。

「……カイル君」

エリナが俺の袖をそっと引いた。その目は涙で潤み、俺に助けを求めるように揺れている。

「アラン君も、あんなに反省してるみたいだし……。私たち、もう一度……」

彼女の優しさが、アランを許すべきだと言っている。幼馴染として彼の過ちを受け入れ、救いの手を差し伸べてあげてほしいと。

だが、そのエリナの言葉を冷たく遮る声があった。

「甘いわね、エリナ」

シルフィリアだった。彼女はアランから一度も視線を外さないまま、静かに言った。

「その男の目を見なさい。そこに反省の色なんてある? ないわ。あるのはただの欲望だけよ。彼はカイルの力が欲しいだけ。自分のパーティを立て直すための、便利な『道具』としてカイルを欲しがっているに過ぎないわ」

シルフィリアの指摘は、的確にアランの本質を射抜いていた。
そうだ。あいつの目には後悔の色などない。あるのは俺の規格外の力への、醜い嫉妬と渇望だけだ。

「俺も嬢ちゃんの言う通りだと思うぜ」

ヴォルフもまた、重々しく口を開いた。

「こいつは口先だけで謝っているだけだ。本当に反省してる奴はこんな往来で見世物みてえに土下座なんざしねえ。本当に仲間を思うなら、まず自分の足で立ち上がって一人でやり直す道を探すはずだ。こいつはただ楽な道に逃げようとしてるだけだ。そんな奴、仲間に入れる価値はねえぜ、大将」

元奴隷剣闘士として、人間の欲望の醜さを誰よりも見てきたであろうヴォルフの言葉には確かな重みがあった。

シルフィリアとヴォルフ。俺の新しい仲間たちは二人ともアランの本性を見抜き、その懇願を切り捨てた。
だが、エリナは違った。彼女は二人の冷たい言葉に、悲しそうな顔で首を横に振る。

「そんなことない! アラン君はそんな人じゃないわ! 彼はただ道に迷っているだけなのよ! だから、私たちが……!」

エリナの必死の訴え。
シルフィリアとヴォルフの冷徹な分析。
そして、地面にひれ伏し、ただ俺の答えを待つアラン。

全ての視線が俺一人に集中していた。
俺がどう判断するか。どう決断を下すか。

俺は、ずっと黙っていた。
アランの必死の懇願も、仲間たちの議論も、ただ静かに聞いていた。
その表情は誰にも読み取ることができなかっただろう。

やがて俺はゆっくりと、アランの方へと一歩、足を踏み出した。
その動きに、アランの顔がわずかに希望の色を帯びた。エリナも期待するように俺を見つめている。

俺は土下座を続けるアランの目の前で、静かに立ち止まった。
そして、その哀れな元勇者を冷たい目で見下ろしながら、ゆっくりと口を開いた。

俺の答えは、決まっていた。
最初から、決まっていたのだ。
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