レベル1の死に戻り英雄譚 ~追放された俺の【やりなおし】スキルは、死ぬほど強くなる~

夏見ナイ

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第66話:国境の砦

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エルム村での一件は、俺たちの旅の目的を大きく変えた。操られていたとはいえ、俺たちは人間を殺めてしまった。その事実は特にエリナの心に重い影を落としていた。

「……私たちがしたことは、本当に正しかったのでしょうか」

王都へと向かう道中、彼女は何度もそう呟いた。

「迷うな、エリナ。あれはもう人間ではなかった。救う術はなかったんだ」

俺はそう言って彼女を慰めるが、俺自身の心にも割り切れない思いが残っていた。黒幕は誰なのか。魔王軍の目的は何なのか。謎は深まるばかりだった。

俺たちは王都アルヘイムへの道を急いだ。一刻も早く、この異常事態を王国の中枢に伝えなければならない。

王都まであと一日という距離まで来た時、俺たちは街道が人でごった返しているのに気づいた。荷物を満載した馬車、幼い子供の手を引く家族、疲れ切った表情の老人たち。その誰もが王都の方向へと向かっている。まるで何かから逃げるように。

「……様子がおかしいわね」

シルフィリアが眉をひそめる。
俺は近くを歩いていた行商人風の男に声をかけた。

「一体何があったんだ。皆、どこへ向かっている?」

男は俺の姿を見ると、恐怖に引きつった顔で答えた。

「あんた、知らねえのか!? 魔物が、魔物の大軍が東の国境を越えて攻めてきたんだ! もういくつかの街や村が火の海になっちまったらしい!」
「魔物の大軍だと!?」

ヴォルフが驚きの声を上げる。
エルム村の斥候部隊は、この大侵攻のほんの序章に過ぎなかったのだ。

「国境を守る『アイギスの砦』も、今まさに包囲されていると聞く! あそこが落ちれば王都まで一直線だ! だから皆、王都に逃げ込んでるんだよ!」

男はそれだけを早口でまくし立てると、慌てて人波の中へと消えていった。

アイギスの砦。
アルビオン王国の東の国境を守る、難攻不落と謳われた要塞だ。そこが包囲されている。事態は俺たちの想像を遥かに超えて深刻化していた。

「……どうする、カイル」

シルフィリアが俺の顔を窺うように尋ねる。
選択肢は二つ。このまま避難民の流れに乗って安全な王都へ向かうか。それとも……。

「決まってるだろう」

俺は避難民の流れに逆らうように、東へと向き直った。

「アイギスの砦へ行く」

俺の決断に、仲間たちは誰一人として反対しなかった。

「だろうと思ったぜ、大将!」
「ええ。困っている人たちを見過ごすわけにはいかないものね」
「私も行きます。神官として、傷ついた人たちの力になりたいです」

俺たちは人波をかき分けるようにして、東へと駆け出した。
街道は砦に近づくにつれて、その様相を変えていった。避難民の姿は消え、代わりに破壊された馬車の残骸や、打ち捨てられた武具が散乱している。空気中には血と、何かが焦げる匂いが立ち込めていた。

やがて丘の上に、その砦の姿が見えてきた。
黒い岩山を削り出して作られた巨大な要塞。だが、その城壁は所々が崩れ落ち、黒い煙がいくつも立ち上っている。

そしてその砦を取り囲むように、おびただしい数の軍勢が大地を埋め尽くしていた。
その数、数万は下らないだろう。黒い鎧を纏った魔族の兵士、巨大な体躯のオーガやトロール、そして空にはガーゴイルの群れが飛び交っている。まさしく、魔王軍の大軍団だった。

「……ひどい……」

エリナが息を呑む。
あれだけの数に包囲されて、砦はまだ持ちこたえているのだろうか。

俺たちは敵の包囲網を避けるように森の中を迂回しながら砦の裏手へと回り込んだ。そこには物資を搬入するための小さな裏門があった。幸い、敵の警戒は手薄だった。

俺たちはヴォルフがその剛腕で門をこじ開け、音もなく砦の内部へと侵入した。
砦の中は地獄のような光景だった。
負傷した兵士たちが壁際や通路の隅で苦しそうに呻いている。走り回る衛生兵や、武器を補充する兵士たちの顔には、疲労と絶望の色が濃く浮かんでいた。

「君たちは、一体!?」

俺たちの姿を認めた騎士の一人が、驚きの声を上げて剣を構えた。

「俺たちはギルドの冒険者だ。救援に来た」

俺がそう告げると、騎士は一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、今のこの状況で、たった四人の冒険者が救援だと言われても信じられないのも無理はなかった。

「……話は後だ。まずは、あの負傷者たちを」

エリナが騎士の言葉を遮るように、傷ついた兵士たちへと駆け寄った。

「聖なる光よ、彼の者に癒しの奇跡を……。エクストラ・ヒール」

エリナの掌から温かく、そして強力な光が溢れ出した。その光が瀕死の状態だった兵士の体を包み込む。すると、見る見るうちに彼の深い傷が塞がっていった。

「なっ……!?」

騎士や周囲の兵士たちが、信じられないものを見る目でその光景に釘付けになっている。

「これは……上級治癒魔法……! 君は、一体……!」
「話をしている暇はありません! 早く重傷者の元へ案内してください!」

エリナの気迫に押され、騎士ははっと我に返ると、慌てて彼女を砦の野戦病院へと案内していった。

残された俺たち三人は、城壁の上へと向かった。
そこから見下ろす光景は、まさしく絶望そのものだった。
眼下には黒い魔物の軍勢が蟻のようにひしめき合っている。投石機や破城槌がひっきりなしに砦の城壁を攻撃し、そのたびに砦が大きく揺れた。

「……どうだ、状況は」

俺は城壁の上で指揮を執っていた、年老いた騎士団長らしき人物に声をかけた。
団長は疲れ切った顔で俺たちを一瞥すると、力なく首を振った。

「見ての通りだ。もはや風前の灯火よ。兵の半数は死傷し、食料も矢も、もう三日と持つまい」
「敵の将軍は?」
「……あれだ」

団長が震える指で敵陣の中央を指し示した。
そこには、ひときわ巨大な体躯を誇る一人の獣人が立っていた。
全身を黒い魔鋼の鎧で覆い、その背中には巨大な戦斧を背負っている。顔は獰猛な熊のようであり、その目に宿る光はオークジェネラルさえも凌駕するほどの、圧倒的な覇気と威圧感を放っていた。

彼の周りには、親衛隊であろう屈強な獣人兵たちが陣取っている。

「魔王軍四天王の一人、『獣将軍ガルム』。奴がこの軍団の指揮官だ」

団長は絶望的な声で言った。
「奴の圧倒的な武力と巧みな指揮の前では、我々は赤子同然だった。もはや万策尽きた……」

魔王軍四天王。
その名を聞いて、シルフィリアとヴォルフの表情が険しくなった。
ヴォルフは同じ獣人として、ガルムから発せられる強大な気配にゴクリと喉を鳴らしている。

だが、俺の心は不思議なほどに静かだった。
絶望的な状況。圧倒的な戦力差。そして、四天王という最強クラスの敵。

「……面白い」

俺の口から、無意識に言葉が漏れた。
それは、これから始まる最高の死闘を前にした武人の笑みだった。

「……小僧、貴様……?」

団長が訝しげな顔で俺を見る。

「あんたたちは持ちこたえるだけでいい。攻勢は俺たちが引き受ける」

俺はそう言い放つと、城壁の縁に立った。
眼下には数万の魔物の軍勢が広がっている。

「カイル!?」「大将!?」

シルフィリアとヴォルフの驚きの声。
俺はそんな彼らを振り返り、不敵に笑って見せた。

「最高の死に場所だ。少し、レベル上げをしてくる」

俺は、その言葉を最後に、城壁の上から眼下の魔物の大軍の、そのど真ん中へと迷いなくその身を投じた。

「行ってくる」

その一言が、この絶望的な籠城戦の反撃の狼煙となった。
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