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第91話:魔軍師ザハーク
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不死将軍ネクロスが光の塵となって消え去った後、第三階層の広大な墓所は本来の静けさを取り戻した。血のように赤かった月は今、穏やかな銀色の光を投げかけ、無数の墓石を静かに照らしている。死者の魂が浄化され、安息を得たのだ。
俺たちは満身創痍の体でその場に座り込んでいた。百回を超える自殺による精神的な消耗、そして仲間たちの肉体的な疲労は限界に達していた。
「……やったのね」
シルフィリアが壁にもたれかかりながら、か細い声で呟いた。
「ああ。本当に、とんでもねえ奴だったぜ……」
ヴォルフも折れた腕を押さえながら、ぐったりとしている。
エリナは最後の浄化魔法で力を使い果たし、俺の肩に寄りかかるようにして浅い眠りに落ちていた。
俺はそんな仲間たちの姿を見ながら、この勝利がどれほど大きな代償の上に成り立っているのかを改めて痛感していた。俺一人の力では、決してここまで来ることはできなかった。
俺たちはしばらくの間、言葉もなく休息を取った。エリナの聖なる光のおかげで、仲間たちの傷は少しずつ癒えていく。
やがて、ネクロスが立っていた霊廟の奥に、最後の階層へと続く黒い大理石の階段が現れた。
残る四天王は一人。
そして、その先に待つのは魔王。
「……行くか」
俺は眠っているエリナをそっと背負うと、静かに立ち上がった。
「ああ」「ええ」
シルフィリアとヴォルフもまた、覚悟を決めた顔で頷き後に続いた。
俺たちの旅は、いよいよ最終局面を迎えようとしていた。
最後の階段はこれまでのどの階段よりも長く、そして禍々しい気配に満ちていた。壁には世界の終わりを描いたかのような、おぞましいレリーフが延々と続いている。
その階段を上りきった先。
そこは奈落の城の最上階。玉座の間へと続く、最後の回廊だった。
回廊は驚くほどにシンプルだった。装飾も罠の気配もない。ただ、深紅の絨毯が遥か先の巨大な扉へと一本道で続いているだけ。
だが、その空間に満ちるプレッシャーはこれまでのどの階層よりも重く、濃密だった。
そして、その回廊の中央。
玉座の間へと続く扉の前で、一人の男が俺たちを待っていた。
フードを目深に被り、その顔は見えない。だが、その姿には見覚えがあった。
雨の路地裏で絶望していたアランの前に現れた、あの男。
「……ザハーク……!」
俺の口から無意識にその名が漏れた。
男は俺の声に反応し、ゆっくりとフードを上げた。
現れたのは、病的なまでに青白い肌と蛇のように冷たい光を宿した瞳を持つ、陰鬱な男の顔だった。その唇には全てを見下すかのような、皮肉な笑みが浮かんでいる。
「お久しぶりでございます、カイル・アッシュフィールド殿。そしてアイギスの英雄の皆様。我が主、魔王様に代わり心より歓迎いたしますぞ」
その声は、ねっとりとした聞く者の神経を逆撫でするような響きを持っていた。
「貴様が最後の一人か」
ヴォルフがオリハルコンの大剣を構えながら、低い声で唸る。
「いかにも。私は魔軍師ザハーク。四天王が末席にして、この奈落の城の最後の門番にございます」
彼は芝居がかった仕草で恭しくお辞儀をした。だが、その目には一切の敬意などなく、ただ俺たちを実験動物でも見るかのような冷たい好奇心だけが宿っていた。
「アランを唆し、闇に堕としたのは貴様だな」
俺はインフィニティの切っ先をザハークへと向けた。
「おや、人聞きの悪い。私はただ、彼が望むものを与えただけにございます。光に絶望し力を渇望していた彼に、救いの手を差し伸べた。それだけのこと。彼を闇に堕としたのは、あなたへの嫉妬と憎悪……。彼自身の弱さでございますよ」
ザハークは心底愉快そうに、くつくつと笑った。
その言葉と態度に、俺の怒りのボルテージが静かに上がっていく。
「……一つ、興味深いことがございましてな」
ザハークは俺の怒りなど意にも介さず、話を続けた。
「あなた様のその不可思議な力。何度死んでも蘇り、そのたびに強くなるという神の理にさえ背くスキル。我々魔王軍も、ずっと注目しておりました」
その言葉に、俺たちは息を呑んだ。
こいつは俺の『やりなおし』の秘密を知っている。
「ガルムもリリスもネクロスも、あなた様のその力の前に敗れ去った。実に素晴らしい。彼らはあなたという存在を完成させるための、最高の贄となったわけです」
ザハークはまるで自分の計画通りに事が進んだとでも言うように、満足げに頷いた。
「……貴様、一体何を企んでいる」
シルフィリアが警戒を露わにして問い詰める。
「企む、などと。滅相もございません。私はただ純粋な知的好奇心に従っているだけ。あなた様というイレギュラーな存在が一体どこまで強くなれるのか。そして、その力には果たして『限界』があるのか。それをこの目で見届けたい。ただ、それだけでございます」
彼の目は狂信的な研究者のように、爛々と輝いていた。
こいつはこれまでの四天王とは全く違う。武人でも魔獣でもない。ただ己の探究心のためだけに、全てを弄ぶ最も危険で最も厄介な敵だ。
「そして、その実験の最終段階をこれから始めさせていただきたい」
ザハークはそう言うと、その両腕を広げた。
彼の背後、玉座の間へと続く巨大な扉が、まるで生きているかのように脈動を始めた。
「この扉の向こうに、我が主、魔王様がおわします。ですが、その前に最後の試練を受けていただきましょう」
「試練だと?」
「ええ。あなた様のその最強のスキルにも、果たして弱点はないのか。それを試すための、ね」
ザハークの唇が三日月のように歪んだ。
「さあ、始めましょうか。カイル・アッシュフィールド。あなたの本当の絶望を」
その言葉を合図に、ザハークの全身からこれまで感じたこともないほど濃密で邪悪な黒いオーラが噴き出した。
それは魂そのものに直接干渉してくるかのような、冒涜的な力の波動だった。
俺の『やりなおし』の弱点。
その言葉が、俺の心の奥底に初めて小さな不安の種を蒔いた。
最後の四天王、魔軍師ザハーク。
その知略と未知の力が、俺たちに最大の試練となって立ちはだかろうとしていた。
俺たちは満身創痍の体でその場に座り込んでいた。百回を超える自殺による精神的な消耗、そして仲間たちの肉体的な疲労は限界に達していた。
「……やったのね」
シルフィリアが壁にもたれかかりながら、か細い声で呟いた。
「ああ。本当に、とんでもねえ奴だったぜ……」
ヴォルフも折れた腕を押さえながら、ぐったりとしている。
エリナは最後の浄化魔法で力を使い果たし、俺の肩に寄りかかるようにして浅い眠りに落ちていた。
俺はそんな仲間たちの姿を見ながら、この勝利がどれほど大きな代償の上に成り立っているのかを改めて痛感していた。俺一人の力では、決してここまで来ることはできなかった。
俺たちはしばらくの間、言葉もなく休息を取った。エリナの聖なる光のおかげで、仲間たちの傷は少しずつ癒えていく。
やがて、ネクロスが立っていた霊廟の奥に、最後の階層へと続く黒い大理石の階段が現れた。
残る四天王は一人。
そして、その先に待つのは魔王。
「……行くか」
俺は眠っているエリナをそっと背負うと、静かに立ち上がった。
「ああ」「ええ」
シルフィリアとヴォルフもまた、覚悟を決めた顔で頷き後に続いた。
俺たちの旅は、いよいよ最終局面を迎えようとしていた。
最後の階段はこれまでのどの階段よりも長く、そして禍々しい気配に満ちていた。壁には世界の終わりを描いたかのような、おぞましいレリーフが延々と続いている。
その階段を上りきった先。
そこは奈落の城の最上階。玉座の間へと続く、最後の回廊だった。
回廊は驚くほどにシンプルだった。装飾も罠の気配もない。ただ、深紅の絨毯が遥か先の巨大な扉へと一本道で続いているだけ。
だが、その空間に満ちるプレッシャーはこれまでのどの階層よりも重く、濃密だった。
そして、その回廊の中央。
玉座の間へと続く扉の前で、一人の男が俺たちを待っていた。
フードを目深に被り、その顔は見えない。だが、その姿には見覚えがあった。
雨の路地裏で絶望していたアランの前に現れた、あの男。
「……ザハーク……!」
俺の口から無意識にその名が漏れた。
男は俺の声に反応し、ゆっくりとフードを上げた。
現れたのは、病的なまでに青白い肌と蛇のように冷たい光を宿した瞳を持つ、陰鬱な男の顔だった。その唇には全てを見下すかのような、皮肉な笑みが浮かんでいる。
「お久しぶりでございます、カイル・アッシュフィールド殿。そしてアイギスの英雄の皆様。我が主、魔王様に代わり心より歓迎いたしますぞ」
その声は、ねっとりとした聞く者の神経を逆撫でするような響きを持っていた。
「貴様が最後の一人か」
ヴォルフがオリハルコンの大剣を構えながら、低い声で唸る。
「いかにも。私は魔軍師ザハーク。四天王が末席にして、この奈落の城の最後の門番にございます」
彼は芝居がかった仕草で恭しくお辞儀をした。だが、その目には一切の敬意などなく、ただ俺たちを実験動物でも見るかのような冷たい好奇心だけが宿っていた。
「アランを唆し、闇に堕としたのは貴様だな」
俺はインフィニティの切っ先をザハークへと向けた。
「おや、人聞きの悪い。私はただ、彼が望むものを与えただけにございます。光に絶望し力を渇望していた彼に、救いの手を差し伸べた。それだけのこと。彼を闇に堕としたのは、あなたへの嫉妬と憎悪……。彼自身の弱さでございますよ」
ザハークは心底愉快そうに、くつくつと笑った。
その言葉と態度に、俺の怒りのボルテージが静かに上がっていく。
「……一つ、興味深いことがございましてな」
ザハークは俺の怒りなど意にも介さず、話を続けた。
「あなた様のその不可思議な力。何度死んでも蘇り、そのたびに強くなるという神の理にさえ背くスキル。我々魔王軍も、ずっと注目しておりました」
その言葉に、俺たちは息を呑んだ。
こいつは俺の『やりなおし』の秘密を知っている。
「ガルムもリリスもネクロスも、あなた様のその力の前に敗れ去った。実に素晴らしい。彼らはあなたという存在を完成させるための、最高の贄となったわけです」
ザハークはまるで自分の計画通りに事が進んだとでも言うように、満足げに頷いた。
「……貴様、一体何を企んでいる」
シルフィリアが警戒を露わにして問い詰める。
「企む、などと。滅相もございません。私はただ純粋な知的好奇心に従っているだけ。あなた様というイレギュラーな存在が一体どこまで強くなれるのか。そして、その力には果たして『限界』があるのか。それをこの目で見届けたい。ただ、それだけでございます」
彼の目は狂信的な研究者のように、爛々と輝いていた。
こいつはこれまでの四天王とは全く違う。武人でも魔獣でもない。ただ己の探究心のためだけに、全てを弄ぶ最も危険で最も厄介な敵だ。
「そして、その実験の最終段階をこれから始めさせていただきたい」
ザハークはそう言うと、その両腕を広げた。
彼の背後、玉座の間へと続く巨大な扉が、まるで生きているかのように脈動を始めた。
「この扉の向こうに、我が主、魔王様がおわします。ですが、その前に最後の試練を受けていただきましょう」
「試練だと?」
「ええ。あなた様のその最強のスキルにも、果たして弱点はないのか。それを試すための、ね」
ザハークの唇が三日月のように歪んだ。
「さあ、始めましょうか。カイル・アッシュフィールド。あなたの本当の絶望を」
その言葉を合図に、ザハークの全身からこれまで感じたこともないほど濃密で邪悪な黒いオーラが噴き出した。
それは魂そのものに直接干渉してくるかのような、冒涜的な力の波動だった。
俺の『やりなおし』の弱点。
その言葉が、俺の心の奥底に初めて小さな不安の種を蒔いた。
最後の四天王、魔軍師ザハーク。
その知略と未知の力が、俺たちに最大の試練となって立ちはだかろうとしていた。
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