レベル1の死に戻り英雄譚 ~追放された俺の【やりなおし】スキルは、死ぬほど強くなる~

夏見ナイ

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第92話:スキルの弱点

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魔軍師ザハークから放たれる黒いオーラは、物理的な圧力となって俺たちの体を苛んだ。それはリリスの精神攻撃ともバハムートの熱線とも違う、魂の根源に直接作用してくるかのような、未知の力の波動だった。

「さあ、見せていただきましょう。あなたの魂が、どこまで耐えられるのかを」

ザハークが指を鳴らした。
その瞬間、俺の全身をこれまで感じたことのない種類の激痛が襲った。

「ぐ……あああああっ!?」

それは肉体を傷つけられる痛みではない。精神を蝕まれる苦痛でもない。俺という存在の、その核である『魂』そのものが直接握り潰されるかのような、根源的な痛みだった。

俺はたまらずその場に膝をついた。インフィニティを取り落とし、胸を押さえる。心臓が内側から破裂しそうだ。

「カイル!?」

仲間たちが悲鳴に近い声を上げる。
だが、彼らにはザハークの攻撃が見えていない。これは、俺だけを対象とした不可視の攻撃なのだ。

「……これは……なんだ……?」

俺は苦痛の中で必死に思考を巡らせた。
俺の体には傷一つない。精神も崩壊してはいない。だが、俺の生命力だけが急速に削り取られていく。

「それは『魂蝕の呪い』。我が長年の研究の末に編み出した、最高の芸術品でございます」

ザハークがうっとりとした声で解説する。

「肉体でも精神でもない。生命の根源たる魂そのものを直接蝕み、摩耗させる呪い。物理的な防御も精神的な抵抗も、一切意味をなしません。そして、この呪いは……」

彼はそこで一度言葉を切り、悪魔のような笑みを浮かべた。

「あなた様のスキル、『やりなおし』をもってしても、決して回復することはない」

その言葉に俺は戦慄した。
『やりなおし』でも回復しない。

俺は急いでステータスウィンドウを開いた。
そこにはHPやMPとは別に、新たなゲージが出現していた。

【魂魄値:92/100】

そのゲージは今も少しずつ、だが確実に減少を続けている。
これが俺の魂の耐久値。そして、この呪いはそれを直接削り取っているのだ。

俺の『やりなおし』は、死ぬことで肉体と精神の情報を引き継ぎ強化するスキルだ。だが、その大元となる『魂』そのものが傷つけば話は別だ。たとえ死んで復活しても、魂に受けたダメージはそのまま次の人生に引き継がれてしまう。

これが俺のスキルの弱点。
唯一無二の致命的な弱点だった。

「……くそ……っ!」

俺は歯を食いしばった。
魂が削られていく感覚は、凄まじい虚脱感となって俺の体から力を奪っていく。立ち上がることさえままならない。

「カイル君、しっかりして!」

エリナが俺の背中に駆け寄り、治癒魔法をかけようとする。だが、彼女の聖なる光も俺の魂にまとわりつく呪いを払うことはできなかった。

「無駄ですよ、聖女様。それは神の領域にさえ干渉する禁断の呪い。あなたの生半可な奇跡では、どうすることもできません」

ザハークは俺が苦しむ姿を心底楽しそうに眺めている。

「さあ、どうしますか、カイル殿? このままゆっくりと魂が削り取られ、存在そのものが消滅するのを待つか。あるいは、その前に私に殺されるか。どちらがお好みですかな?」

彼はゆっくりとこちらへ歩を進めてくる。その手には黒い魔力でできた鋭い短剣が握られていた。

絶体絶命。
俺は初めて、本当の意味での『死』の恐怖を感じていた。
これまでは死は成長のための手段でしかなかった。だが、この呪いの前では死んでもリセットされない。死ぬたびに俺の魂は確実に摩耗し、やがては消滅してしまう。

無限のやりなおしは、有限になったのだ。

(……どうする……)

思考が焦りで空回りする。
この呪いを解く方法は?
ザハークを倒せば呪いは解けるのか?
だが、今の俺に奴と戦うだけの力は残っていない。

俺が絶望に囚われかけた、その時だった。

「―――下がりなさい、カイル!」

凛としたシルフィリアの声が響いた。
彼女は俺の前に立ちはだかると、その白木の杖をザハークへと向けた。

「私のパートナーに指一本触れさせるものですか」

その瞳には恐怖の色はない。あるのは俺を守るという、揺るぎない覚悟だけだった。

「がっはっは! その通りだぜ!」

ヴォルフもまた傷ついた体で、シルフィリアの隣に並び立った。

「大将の背中は俺たちが守る。てめえのような陰険野郎に、好き勝手させるわけにはいかねえな!」

オリハルコンの大剣が闘志のオーラを放つ。

「……私も、戦います!」

エリナも俺の側を離れ、二人の仲間の隣に立った。
彼女は聖具『女神の涙』を胸に掲げ、決意の表情を浮かべている。

「カイル君の魂を傷つけるというのなら、私がこの身を盾にしてでもあなたを止めます!」

仲間たちが俺の前に壁となって立ちはだかった。
彼らの背中は決して大きくはない。だが、今の俺にはどんな城壁よりも頼もしく見えた。

彼らは知っているのだ。
俺がもう不死身ではないことを。
この戦いで本当に死んでしまうかもしれないことを。

それでも彼らは引かなかった。
俺を死なせまいと。
俺を守るために自らの命を懸けて、最後の四天王に挑もうとしていた。

「……お前ら……」

俺の口からかすれた声が漏れる。
胸の奥から熱い何かがこみ上げてきた。

「……ふふ……ふはははは! 素晴らしい! これぞ英雄譚! 実に素晴らしい!」

ザハークは仲間たちの覚悟を見て、狂ったように笑い出した。

「良いでしょう! その儚い絆とやらが、この私の絶対的な呪いの前でどこまで通用するのか! 試してしんぜよう!」

ザハークの全身からさらに強大な黒いオーラが噴き出した。
それに対し、俺の仲間たちもまたそれぞれの全力を解き放った。

シルフィリアの古代魔法が風を巻き起こす。
ヴォルフの獣の血がその闘気を燃え上がらせる。
エリナの聖なる祈りが黄金の光を放つ。

俺のたった三人の、しかし世界で最も頼もしい仲間たちが、最後の四天王との絶望的な戦いを今、始めようとしていた。
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