地味スキル? いいえ、『法則操作』です。 ~落ちこぼれ探索者が現代科学でダンジョンをハックする話~

夏見ナイ

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第二十四話:古代の残響とコードの在処

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高位のエア・エレメンタルを撃破した後、『風鳴りの渓谷』の様相は一変した。あれほど吹き荒れていた風は嘘のように収まり、不気味なほどの静寂が支配している。空気も、これまでの乾燥した砂埃っぽいものから、僅かに湿り気を帯びた、古い石のような匂いに変わっていた。

「……風が、完全に止んだな」

俺は周囲を見回しながら呟いた。エレメンタルが、この渓谷全体の気流を制御していたのだろうか。

「そのようですな。ですが、油断は禁物です。この静けさは、嵐の前の静けさかもしれません」

セバスチャンは、エレメンタル戦での消耗を感じさせない落ち着き払った様子で、周囲への警戒を怠らない。彼の言う通りだ。ボス格のモンスターを倒した後が、最も危険な場合もある。

俺たちはMPと体力の回復を待ちつつ、エレメンタルが消滅した場所に残された風の魔石を回収し、再びダンジョンの奥へと歩みを進めた。

道は、これまでの険しい岩の裂け目から、徐々に人工的な石畳や、規則的に組まれた石壁へと変わっていった。明らかに、人の手が入った痕跡。それも、現代の建築様式とは異なる、古めかしい、しかし高度な技術で作られたような印象を受ける。

「……古代遺跡か」

俺は壁に刻まれた、風化した模様に触れてみた。それは文字ではなく、何らかの装飾か、あるいは機能的な意味を持つパターンなのかもしれない。『現象観測』で分析しても、その材質は既知のどの岩石とも異なり、微弱な魔力を帯びていることが分かるだけだった。

「エリーゼ様の仮説が正しければ、このダンジョン自体が、古代文明の遺跡を利用して形成された、あるいは遺跡そのものがダンジョン化した、ということになりますな」

セバスチャンが静かに言った。

「古代文明…ね。一体、どんな連中だったんだろうな」

俺は、蟻塚迷宮で見た幾何学模様や、この遺跡の様式を思い浮かべながら呟いた。彼らは、現代科学とは異なる法則(ルール)で世界を理解し、それを操る技術を持っていたのかもしれない。

遺跡エリアに入ってから、モンスターとの遭遇はほとんどなくなった。代わりに、俺たちの行く手を阻んだのは、巧妙に仕掛けられた古代のトラップだった。

床の一部が突然抜け落ちる落とし穴、壁から高速で射出される石の矢、特定のパターンで床を踏むと起動する魔力的な防壁。どれも、単純な物理トラップというよりは、魔力と機械仕掛けが融合したような、高度なものばかりだった。

「ちっ、またか!」

前方の通路を塞ぐように、青白い光の壁が出現した。『現象観測』で分析すると、高密度の魔力エネルギーによって形成された、物理的な接触を拒むタイプの防壁だ。迂回路は見当たらない。

「セバスチャン、何か解除する方法は?」
「…このタイプの防壁は、通常、制御装置を破壊するか、特定の魔力パターンを流し込むことで解除できます。ですが、制御装置が見当たりませんし、解除コードも不明です。強行突破するには、かなりのエネルギーが必要かと」

セバスチャンは眉をひそめる。彼の魔法剣でも、容易には破壊できない強度を持っているようだ。

「……なるほど。なら、少し試してみるか」

俺は光の壁に近づき、その表面を『現象観測』で詳細にスキャンした。エネルギーの流れ、魔力構造のパターン、そして、その発生源と思われる壁の内部の機構。

(…エネルギー供給ラインは、壁の内部を通って床下のメインラインに繋がっている。そして、壁の表面には、肉眼では見えないレベルの、微細な制御回路のようなものが刻まれているな。これが、防壁の形状と強度を維持しているのか)

ならば、この制御システムに直接干渉すれば、あるいは。

俺は『状態保存』スキルに意識を集中する。ターゲットは、光の壁表面に刻まれた微細な制御回路。

(この回路に、バグ…つまり、予期せぬノイズとなるエネルギーパターンを送り込む。それによってシステムを誤作動させ、防壁を一時的に解除できないか?)

物理的なハッキングに近いアプローチだ。MPを慎重に制御しながら、『状態保存』で特定の魔力パルスを生成し、制御回路の一点にピンポイントで照射する。

数秒後。

**ブツンッ**

小さな音と共に、青白い光の壁が、一瞬だけ不安定に揺らめき、そして掻き消えた。

「……成功か!」
「……! なんと…神崎様、あなた様は一体…?」

セバスチャンが、驚愕の表情で俺を見ている。古代の魔力トラップを、未知の方法で無力化したのだから、無理もない。

「言っただろう? 法則(ルール)に少しばかり興味があるだけさ。物理法則も、魔力法則も、突き詰めれば根は同じかもしれないからな」

俺は嘯きながら、消えた防壁の先へと進んだ。

その後も、俺たちは同様のトラップに何度か遭遇したが、俺の『法則操作』による解析とハッキング、そしてセバスチャンの的確なサポートによって、それらを突破していくことができた。セバスチャンは、俺の行動に驚きながらも、次第に信頼を寄せるようになってきているようだった。彼は俺の能力について深く詮索することはなかったが、その観察眼は常に俺に向けられていた。

やがて、俺たちはダンジョンの最深部と思われる、広大な空間へとたどり着いた。そこは、まるで巨大な神殿か、儀式場のような場所だった。天井はドーム状になっており、壁には無数の複雑なレリーフが刻まれている。そして、空間の中央には、黒曜石のような滑らかな材質で作られた、巨大な祭壇が鎮座していた。

祭壇の上には、何もない。だが、その背後の壁一面に、探し求めていたものが存在した。

「……あったぞ、セバスチャン!」

俺は思わず声を上げた。壁に刻まれていたのは、蟻塚迷宮で見たものや、エリーゼが見せた資料にあったものと、明らかに同系統の、複雑怪奇な幾何学模様。そして、その中心には、ひときわ大きく、強い魔力を放つシンボルが描かれている。

『プライマル・コード』。間違いなくこれだ。

「……素晴らしい。エリーゼ様のご推察通りでしたな」

セバスチャンも、感嘆の息を漏らす。

俺は祭壇に近づき、壁に刻まれたコードを食い入るように見つめた。『現象観測』を最大まで集中させ、その形状、魔力の流れ、そして周囲の空間への影響を記録していく。

(……蟻塚迷宮のものよりも、さらに複雑で、エネルギー密度も高い。これは、単なる記録や模様ではない。それ自体が、何らかの機能を持つ『装置』あるいは『プログラム』のようなものなのかもしれない)

コードは、微弱ながらも常に魔力を放ち、周囲の空間に影響を与えている。もしかしたら、このダンジョンの環境…風やトラップなども、このコードによって制御されていたのかもしれない。

(解読できれば…ダンジョンの構造や、古代文明の技術の一端を理解できるかもしれない)

俺はスケッチブックを取り出し、コードを詳細に写し取り始めた。セバスチャンも、特殊なカメラのような装置を取り出し、記録を開始する。

まさに、俺たちがコードの記録に集中し始めた、その時だった。

**ゴゴゴゴゴゴ……**

突如、神殿全体が激しく揺れ始めた。祭壇がゆっくりと沈み込み、代わりに床の一部が開き、そこから眩い光と共に、何かがせり上がってくる。

それは、巨大なクリスタルのような柱だった。柱の内部には、複雑な光の回路が明滅し、膨大なエネルギーが渦巻いているのが見える。

「…ダンジョンコア!?」

セバスチャンが叫んだ。ダンジョンの心臓部であり、エネルギー源。それが、俺たちの目の前に姿を現したのだ。

だが、様子がおかしい。コアの光は不安定に明滅し、周囲の空間が歪み始めている。壁に刻まれたプライマル・コードも、呼応するように激しく輝き出した。

「まずい! コアが暴走しているようです! おそらく、我々がコードに接触したことがトリガーになったか、あるいは、元々不安定な状態だったものが限界を迎えたか…!」

セバスチャンの声には、焦りの色が濃い。

(暴走!? このエネルギー量が暴走したら、ダンジョンそのものが崩壊しかねないぞ!)

同時に、プライマル・コードが刻まれた壁の奥から、重々しい作動音のようなものが響き始めた。まるで、コードを守るための最終防衛システムが起動したかのような。

「神崎様! コードの記録は中断を! ここから脱出しますぞ!」

セバスチャンは俺の手を引き、出口へと向かおうとする。

だが、俺は動かなかった。目の前の暴走するコアと、輝きを増すプライマル・コード。そして、壁の奥から迫る未知の脅威。

(……逃げる? いや、違う!)

これは、危機であると同時に、千載一遇のチャンスだ。暴走するコアとプライマル・コードの相互作用を『現象観測』できれば、その仕組みを理解する大きな手がかりになるかもしれない。そして、迫りくる脅威…それが古代の防衛システムだとしたら、それ自体が貴重な研究対象だ。

「セバスチャン、悪いが、もう少しここに残る」

俺はセバスチャンの手を振り払い、再びコアとコードに向き直った。その瞳には、恐怖ではなく、抑えきれない知的な好奇心と、困難な方程式に挑む研究者の光が宿っていた。

「何を…!? 正気ですか、神崎様!」

セバスチャンの制止の声も、今の俺には届かない。

壁が崩れ、奥から姿を現したのは、金属と魔力で構成された、巨大なゴーレムのような守護者だった。その両腕はエネルギー砲に換装され、充填を開始している。

暴走するコア、輝くプライマル・コード、そして起動した古代の守護者。

三つの脅威が、この神殿で交錯する。絶体絶命の状況。

だが、俺の思考は、この複雑な状況を解き明かすための「方程式」を、既に組み立て始めていた。
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