地味スキル? いいえ、『法則操作』です。 ~落ちこぼれ探索者が現代科学でダンジョンをハックする話~

夏見ナイ

文字の大きさ
35 / 61

第三十五話:揺らぐ現実、惑わす法則

しおりを挟む
『幻影都市バビロン』。その名は、ダンジョン入り口に立った瞬間から、俺たちにその意味を突きつけてきた。巨大な古代遺跡の門構えは、確かにそこにあるはずなのに、蜃気楼のように揺らめき、時には二重三重に見えたり、あるいは全く異なる風景――例えば、見慣れたフロンティアの街角や、鬱蒼とした森――が一瞬だけ重なって見えたりするのだ。

「……これは、単なる光の屈折や幻影とは違うな。『現象観測』でも、空間座標そのものが不安定に揺らいでいるように観測される」

俺は眉をひそめ、自作の空間歪曲センサーの数値を読み取る。センサーは、断続的に発生する微弱な時空間の歪みを検出していた。ダンジョン全体が、現実と幻影の境界線を曖昧にするような、特殊なフィールドに覆われているのかもしれない。

「エリーゼ様からの事前情報によれば、このダンジョンは精神感応系のスキルを持つ者や、魔力知覚に優れた魔術師にとっては、特に危険な場所とされています。現実と幻影の区別がつかなくなり、精神に異常をきたすケースが多いとか」

セバスチャンが、周囲の空間に注意深く意識を向けながら説明する。彼の風を読む能力も、この不安定な空間では正確性を欠く可能性があるのかもしれない。

「俺の『現象観測』は、物理的な実在に基づいたデータを拾う。幻影だけなら見破れるはずだ。問題は、この空間歪曲そのものが、どんな影響を及ぼすかだな」

俺たちは意を決し、揺らめく遺跡の門をくぐった。内部は、予想通り古代遺跡の様相を呈していた。風化した石畳、崩れかけた柱、壁に刻まれた摩耗したレリーフ。だが、それらの風景もまた、常に不安定に揺らめき、時には存在しないはずの豪華な装飾や、あるいは全く別の時代の遺物が混じり込んで見える。

「セバスチャン、常に周囲の構造データを共有する。俺が構築する三次元マップと、あんたの知覚にズレが生じたら、すぐに知らせてくれ」
「承知いたしました」

俺は『現象観測』を駆使し、視覚情報に頼らず、壁や床の材質、構造、空気の流れ、魔素の分布など、物理的なデータを元に、頭の中で正確なダンジョンマップを構築していく。同時に、開発中の『ステルスフィールド』を限定的に起動させた。これは、俺たちの熱放射や魔力痕跡を周囲の環境ノイズに紛れ込ませ、敵からの探知を遅らせるための試みだ。MP消費は継続的に発生するが、奇襲のリスクを減らせるなら安いものだ。

ダンジョンを進むと、早速この場所特有のモンスターが現れた。それは、影のように実体のない人型の存在で、壁や床をすり抜けるように移動し、精神的な恐怖感や幻覚を見せる攻撃を仕掛けてくる。

「…レイス系か。物理攻撃はほぼ無効だろうな」

俺は冷静に分析し、セバスチャンに指示を出す。

「セバスチャン、風で奴らの動きを封じ込められるか?」
「試してみましょう」

セバスチャンは風を操り、レイスたちの周囲に渦巻く気流を作り出す。実体のないレイスたちも、完全に物理法則を無視できるわけではないらしく、その動きが明らかに阻害された。

「よし。なら、こいつだ」

俺は『魔晶光線銃 MarkIII』を構え、エネルギー設定を調整する。ターゲットは、レイスの魔力的なコア(と思われる部分)。

(…高エネルギーの魔力そのものなら、実体がなくてもダメージを与えられるはずだ)

連射モードで、動きを封じられたレイスたちのコアを次々と撃ち抜いていく。

**シュン!シュン!シュン!**

魔力光線が命中すると、レイスたちは苦悶の叫びのようなものを上げ、霧散するように消滅していった。

「…効果はあったようだな。だが、やはりMP消費が大きい」

俺は銃のエネルギー残量を確認しながら呟いた。

次に現れたのは、美しい女性の姿をした幻影だった。彼女は悲しげな表情で俺たちに近づき、助けを求めるような言葉を囁いてくる。だが、『現象観測』は、彼女が物理的な実体を持たず、周囲の魔素を操って幻影を作り出していること、そしてその囁きに強力な精神汚染効果が含まれていることを見抜いていた。

「…ローレライの類か。精神攻撃は厄介だな」

俺は『状態保存』で自身の精神状態を「正常」に固定し、幻影の影響を遮断する。同時に、セバスチャンに合図を送る。

「セバスチャン、幻影の発生源…おそらく、あの空間の歪みが大きいポイントだ…そこに風の衝撃波を叩き込んでくれ」
「承知」

セバスチャンは、俺が指示した空間の一点に向けて、圧縮された空気の塊を撃ち出した。衝撃波が空間の歪みを打ち消すように作用すると、美しい女性の幻影はノイズが走るように乱れ、苦悶の表情と共に掻き消えた。

「幻影そのものではなく、それを生み出す空間の歪み、あるいは魔力の流れを叩くのが有効か」

俺は新たな攻略パターンをノートにメモする。

このダンジョンでは、物理的な強さよりも、情報分析能力、精神的な耐性、そして環境そのものへの対処能力が重要になるようだ。俺の『法則操作』にとっては、まさに格好の実験場と言えた。

俺たちは、互いの能力を補完し合いながら、迷宮の深部へと進んでいった。俺が『現象観測』で幻影と現実を見極め、トラップの原理を解析し、時には『法則操作』で物理法則を捻じ曲げて道を切り開く。セバスチャンは、風を操って敵を牽制・無力化し、俺の死角をカバーし、時にはその驚異的な剣技で物理的な脅威を排除する。

道中、いくつかの壁画や碑文の断片も発見した。『グラビティ・コード』ほど明確なものではないが、そこには古代文明の生活様式や、彼らが信仰していたと思われるシンボルなどが描かれている。『古代知識』スキルを持つエリーゼならば、何か読み解けるかもしれない。俺はそれらも丁寧に記録していく。

やがて、俺たちは特に空間の歪みが激しく、幻影が幾重にも重なって見える、巨大な円形の広間へとたどり着いた。広間の中央には、巨大な水晶の柱が天に向かってそびえ立ち、その表面には複雑な光のパターンが明滅している。

「…ここが、このダンジョンの中心部か?」

『現象観測』で分析すると、この水晶柱が、ダンジョン全体の幻影と空間歪曲フィールドの発生源となっていることが分かった。そして、その柱の内部、中心核付近に、極めて高密度なエネルギー反応が検出された。

(…あれが、『時空結晶』か?)

エリーゼが求めていた特殊な魔力結晶。報告によれば、それは時間や空間に干渉する、未知の特性を持っているという。もしこれが手に入れば、俺の研究にも大きな進展をもたらすかもしれない。

だが、同時に、強烈な危険も感じた。水晶柱の周囲には、これまでのモンスターとは比較にならないほど強力な魔力反応を持つ、複数の存在が潜んでいる。そして、水晶柱自体も、不安定なエネルギーを放っており、下手に刺激すれば、何が起こるか分からない。

「セバスチャン、最大限の警戒を。ここが正念場だ」
「心得ております」

俺たちが水晶柱に近づこうとした、その時。

広間の空間が、ぐにゃりと歪んだ。目の前の景色が、万華鏡のように回転し、分裂し、現実と幻影の境界線が完全に崩壊していく。

(…空間転移系のトラップか、あるいは幻術か!?)

俺は咄嗟に『状態保存』で自身の空間座標を固定しようとするが、周囲の歪みが強すぎて、完全に固定しきれない。視界が明滅し、平衡感覚が失われていく。

「神崎様!」

セバスチャンの声が、遠くから聞こえるような気がした。彼の風操作も、この極端な空間歪曲の前では効果が限定的なのかもしれない。

そして、歪みが収まった時。俺たちの目の前に立っていたのは、予想だにしなかった存在だった。

それは、黒いローブに身を包み、顔を深いフードで隠した、一人の人物。その人物からは、アトラス社の襲撃者のような殺伐とした雰囲気ではなく、もっと深く、冷たい、底知れない魔力が感じられた。

そして、その人物は、俺に向かって静かに言った。その声は、どこか機械的で、感情が感じられない。

「――観測対象『法則ハッカー』神崎譲。及び、随伴者一名。排除シークエンスに移行します」

アトラス社とは違う。だが、明らかに俺を敵と認識し、排除しようとしている。一体、何者なんだ?

フードの奥で、紅い光が二つ、不気味に輝いた。それは、まるで機械のカメラアイのようにも見えた。

新たな敵。それも、これまでのどの敵とも違う、未知の脅威。

『幻影都市バビロン』の深奥で、俺は、世界の裏側に潜む、さらなる闇の存在と対峙することになったのだ。揺らぐ現実の中で、俺の『法則』は、この未知なる敵に通用するのだろうか。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

「お前と居るとつまんねぇ」〜俺を追放したチームが世界最高のチームになった理由(わけ)〜

大好き丸
ファンタジー
異世界「エデンズガーデン」。 広大な大地、広く深い海、突き抜ける空。草木が茂り、様々な生き物が跋扈する剣と魔法の世界。 ダンジョンに巣食う魔物と冒険者たちが日夜戦うこの世界で、ある冒険者チームから1人の男が追放された。 彼の名はレッド=カーマイン。 最強で最弱の男が織り成す冒険活劇が今始まる。 ※この作品は「小説になろう、カクヨム」にも掲載しています。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない

あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

処理中です...