地味スキル? いいえ、『法則操作』です。 ~落ちこぼれ探索者が現代科学でダンジョンをハックする話~

夏見ナイ

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第五十八話:終焉の法則、創造の意志

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『揺り籠』の中枢。脈打つ巨大なコアを背に、黒い翼を持つ『調律者』が放つプレッシャーは、空間そのものを圧し潰さんばかりだった。その力は、俺たちがこれまで対峙してきたどの敵とも次元が違う。物理法則、魔力法則、そしておそらくは時間や空間、因果律といった、より根源的な『法則』そのものに干渉する力。

「…来るぞ! 全員、最大防御!」

俺が叫ぶと同時、調律者は右手を軽く振るった。それだけで、俺たちの前方の空間が断裂し、深淵のような亀裂が走る。模倣者が使っていた空間断裂とは比較にならない、大規模で、そして制御された攻撃。

「させません!」

セバスチャンが前に出て、風の力と魔法剣を組み合わせた防御壁を展開する。だが、空間の断裂は、その防御壁すらも容易く切り裂き、俺たちへと迫る。

「『プリズム・ウォール』!」

ミナが咄嗟に防御魔法を重ねがけする。虹色の光の壁が、空間の亀裂と衝突し、激しいエネルギーの火花を散らす。壁は持ちこたえられないかに見えたが、栞がすかさず回復と強化の波動を送り、辛うじて攻撃を防ぎきった。

「…小賢しい真似を」

調律者は、初めて僅かな苛立ちを見せたかのように呟くと、今度は左手を掲げた。すると、俺たちの周囲の時間が、急激に遅延し始めた。体が鉛のように重くなり、思考速度も鈍る。

(時間遅延フィールド…! しかも広範囲で強力だ!)

俺は『クロノスタシス・フィールド』を起動し、この効果を打ち消そうとする。だが、調律者の干渉力の方が遥かに強く、完全に無効化できない。

「ぐっ…体が…!」

レンの動きも、著しく鈍っている。これでは、まともな戦闘にならない。

「譲さん、あの仮面の下…僅かに、エネルギーの流れが乱れているポイントがあります! もしかしたら、そこが…!」

栞が、エンパシースキルで捉えた情報を叫ぶ。彼女は、極限状態の中で、敵の弱点を探り当てようとしていた。

(仮面の下…!)

俺は、鈍る思考と体で、『現象観測』を仮面に集中させる。確かに、仮面と顔の接合部あたりで、魔力の流れに微細な揺らぎがある。そこが制御のネックポイント、あるいは弱点なのか?

だが、どうやってそこを攻撃する? 時間遅延フィールドの中で、俺たちの攻撃は届く前に威力を減衰させられてしまうだろう。

「…俺が行く!」

その時、レンが吼えた。彼は魔力剣に『星霜の秘文字』の力を最大限に注ぎ込み、その体を金色のオーラで包み込んだ。

「栞、ミナ! 俺に、力を!」

栞とミナは、躊躇なく、自身の魔力と精神力をレンへと送り込む。レンのオーラはさらに輝きを増し、時間遅延フィールドの影響を、僅かながら打ち破り始めた。

「『星霜・時渡り(クロノ・リープ)』!」

レンの姿が、一瞬掻き消えた。時間遅延フィールドを無視し、あるいは時間を跳躍し、彼は一瞬で調律者の懐へと飛び込んでいたのだ。

「なっ…!?」

調律者が、初めて明確な驚きの声を上げる。

「喰らええええっ!!!」

レンの魔力剣が、栞が示した弱点――仮面の下、エネルギーが乱れる一点――へと、渾身の力で突き立てられた!

**ガキンッ!!!**

甲高い金属音。剣は、仮面を砕くには至らなかった。だが、確実にダメージを与え、仮面の一部に亀裂が入った。そして、調律者の動きが一瞬、完全に停止した。

「今だ、譲! セバスチャン!」

レンが叫ぶ。

俺とセバスチャンは、この千載一遇の好機を逃さなかった。

「セバスチャン! エネルギー供給ラインを断つ!」
「承知!」

俺は『魔晶光線銃 MarkIV』の出力を最大にし、仮面の亀裂から覗く内部のエネルギー回路(と思われる部分)を狙う。セバスチャンは、調律者と背後のコアを繋ぐ、見えないエネルギーの触手のようなものを、その魔法剣で断ち切ろうとする。

二人の攻撃が、同時に放たれた。

**ピュゥゥゥン! シュパッ!**

俺の魔晶光線が、仮面の亀裂から内部へと侵入し、制御回路の一部を焼き切る。セバスチャンの剣閃が、コアからのエネルギー供給ラインを寸断する。

「……ぐ……おお……おおおおおおおおおっ!!!!!」

調律者が、これまでにない苦悶の絶叫を上げた。その体から放たれていた圧倒的なプレッシャーが急速に失われ、黒い翼も力を失って萎むように縮んでいく。仮面が、音を立てて砕け散った。

仮面の下から現れたのは、意外にも、穏やかで、しかし深い悲しみを湛えた、老人の顔だった。その瞳には、かつてアーティファクトから感じたような、古く、疲弊した魂の色が見て取れた。

「…馬鹿な…この私が…異世界の…法則に…」

老人は、信じられないといった様子で、自身の胸元――俺の魔晶光線が貫いた場所――を見つめている。

コアからのエネルギー供給を断たれ、制御の中枢を破壊されたことで、彼の力は急速に失われていく。周囲の空間の歪みも、時間の遅延も、急速に収束していく。

「…終わった…のか…?」

俺たちは、呆然としながらも、武器を構えたまま、ゆっくりと老人…元・調律者に近づいた。

「…なぜ…我々の『調律』を…邪魔をする…?」

老人は、掠れた声で俺に問いかけた。

「あんたたちのやっていることは、調律じゃない。ただの破壊と、自己満足だ。世界をリセットするのではなく、今ある世界と向き合い、より良い未来を創っていく。それが、俺たちの…いや、生命の本来あるべき姿のはずだ」

俺は、自分の信念を、静かに、しかし力強く語った。

老人は、俺の言葉を聞き、しばし黙考した後、ふっと自嘲するような笑みを浮かべた。

「…そうか…それもまた、一つの『法則』…なのかもしれんな…。我々は…間違っていたと…いうのか……」

彼の体は、急速に光の粒子へと変わり始めていた。存在そのものが、消滅に向かっているのだ。

「…ならば…最後に、託そう…。この世界の…真の『法則』を…そして…未来を…」

老人は、最後の力を振り絞り、俺に向かって右手を伸ばした。その手のひらから、温かい光が放たれ、俺の体の中へと流れ込んでくる。それは、『クロノスの刻印』から受け取った情報とはまた異なる、より根源的で、包括的な、世界の『真実』に関する情報だった。ダンジョンの成り立ち、スキルの本質、生命の進化、そして…宇宙の法則。

「ぐ…っ!」

膨大な情報が、再び俺の精神を揺さぶる。だが、今度は意識を失うことはなかった。『クロノスの刻印』との同調と、これまでの経験が、俺の精神的なキャパシティを向上させていたのだ。

「…頼む…この世界を…正しく…導いて…くれ……」

それが、彼の最後の言葉だった。老人の体は完全に光の粒子となり、静かに消滅した。

後に残されたのは、沈黙と、俺の中に流れ込んできた膨大な情報、そして…依然として脈打ち続け、臨界点に近づきつつある、巨大なコアだけだった。

調律者はいなくなった。だが、世界の危機が去ったわけではない。暴走寸前のコアを止めなければ、結局、世界は崩壊してしまう。

「…譲、どうする? あのコアは…」

レンが、不安げにコアを見つめながら尋ねる。

俺は、頭の中に流れ込んできた情報を整理し、そして一つの結論に達した。

「…コアを止める方法は、一つしかない。破壊じゃない。『調律』だ。俺が受け継いだ、この力と…知識を使って」

俺は、コアに向き直った。その瞳には、もはや迷いはない。託された意志、仲間たちの想い、そして俺自身の信念。それら全てを力に変え、最後の『法則操作』に挑む。

それは、世界を救うための方程式。創造の意志に基づいた、究極の調律。

俺は、仲間たちに頷きかけ、ゆっくりとコアへと歩み寄った。世界の命運を賭けた、最後の作業が、今、始まろうとしていた。
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