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第69話 天空の塔、その挑戦
黒崎剛が去った訓練場には、砕かれたプライドの残骸だけが残されていた。
『アフターファイブ』は、Bランク昇格の祝賀ムードから一転、そのキャリアにおける最大の敗北を喫した。アジトに戻った後も、三人の間には重い沈黙が流れていた。
最初に口を開いたのは、意外にもリョウだった。
「……すげえな、あの人」
その声には、不思議と悔しさよりも、畏敬の念が込められていた。
「赤ん坊扱いだぜ、俺たち。手も足も出ねえってのは、ああいうのを言うんだな。正直、ちょっとだけ、ワクワクしちまった」
「……私もだ」
シオンが、静かに続けた。彼女は、手入れの行き届いた自分の刀をじっと見つめている。
「ジンとは違う。あの人の強さは、ただの技術や才能じゃない。もっと、根本的な……世界の理(ことわり)のようなものを感じた。私の剣は、まだ、何も見ていなかった」
二人の瞳には、絶望ではなく、遥か高みにある目標を見つけた者の、新たな闘志が宿っていた。
健太は、そんな二人を見て、静かに頷いた。
「ええ。だからこそ、追いかける価値がある。そして、彼が口にした『世界の真実』。それを知るためにも、我々がやるべきことは、ただ一つです」
彼は、テーブルの上に、一枚の地図を広げた。その中央には、これまでどのギルドも攻略できていない、空白の領域として示されたダンジョンがあった。
『天の塔』。
その名が、三人の新たな共通目標となった瞬間だった。
『アフターファイブ』が、日本最難関ダンジョンである『天の塔』に挑戦するというニュースは、瞬く間に探索者業界を駆け巡った。
ギルド内では、期待と、それ以上の嘲笑が渦巻いていた。
「正気か? あの黒崎様ですら、単独での深層攻略を避けている塔だぞ」
「グリフォンに勝って、いい気になっているだけだろう。すぐに泣いて帰ってくるさ」
日本中の注目が集まる中、三人は、世間の喧騒から完全に隔離されたアジトで、黙々と準備を進めていた。
「過去の挑戦者たちのデータによれば、『天の塔』は、他のダンジョンとは根本的に性質が異なります」
健太は、リョウが収集した膨大な情報を分析し、結論を導き出していた。
「強力なモンスターはほとんど出現しない。その代わり、各階層が、物理法則そのものを捻じ曲げるような、特殊な環境ギミックだけで構成されている。これは、純粋な戦闘能力よりも、適応力と発想力が試されるダンジョンです」
健太の準備は、これまでとは全く違っていた。
彼は、強力な武具や罠の素材ではなく、一見するとガラクタにしか見えないものを、裏ルートを使って大量に買い集めていた。
光を完全に遮断する、特殊な繊維で織られた黒い布。
あらゆる音を吸収する、深海生物から抽出された粘着ゲル。
そして、壊れた魔道具から取り出された、重力や時間を制御していたという、機能不全のコアパーツ。
黒崎の言葉、『現実改変』。そのヒントを頼りに、健太は、物理的な物体だけでなく、より抽象的な概念そのものに干渉するための、「触媒」となりうるものを集めていたのだ。
数週間後。
万全の準備を整えた三人は、ついに『天の塔』の麓に立っていた。
それは、塔というよりも、天と地を繋ぐ巨大な柱だった。雲を突き抜け、その頂は見えない。ただ、そこにあるだけで、周囲の空間を歪ませるほどの、圧倒的な存在感を放っている。
三人は、固唾をのんで、塔の入り口である巨大な扉を見上げた。
「……行こうか」
リョウが、ごくりと喉を鳴らす。
シオンが、静かに頷く。
健太が、ゆっくりと扉に手をかけた。
ギィィ……と、重い音を立てて扉が開く。
その先は、どこまでも続く、白一色の、無機質な空間だった。モンスターの気配も、トラップの気配もない。
だが、三人が完全に内部へと足を踏み入れた、その瞬間だった。
「ぐ……っ!?」
リョウとシオンが、同時に呻き声を上げて、その場に膝をついた。
まるで、見えない巨人に、上から押し潰されるかのような、凄まじい圧迫感。
「身体が……重い……!」
健太もまた、自分の身体が、まるで鉛になったかのように動かないのを感じていた。
ここは、第一階層、『重力の牢獄』。
この空間に足を踏み入れた者は、例外なく、通常の数倍もの重力負荷をその身に受けることになる。
ただ歩くことすら、ままならない。
あまりにも理不尽な、最初の試練だった。
『アフターファイブ』は、Bランク昇格の祝賀ムードから一転、そのキャリアにおける最大の敗北を喫した。アジトに戻った後も、三人の間には重い沈黙が流れていた。
最初に口を開いたのは、意外にもリョウだった。
「……すげえな、あの人」
その声には、不思議と悔しさよりも、畏敬の念が込められていた。
「赤ん坊扱いだぜ、俺たち。手も足も出ねえってのは、ああいうのを言うんだな。正直、ちょっとだけ、ワクワクしちまった」
「……私もだ」
シオンが、静かに続けた。彼女は、手入れの行き届いた自分の刀をじっと見つめている。
「ジンとは違う。あの人の強さは、ただの技術や才能じゃない。もっと、根本的な……世界の理(ことわり)のようなものを感じた。私の剣は、まだ、何も見ていなかった」
二人の瞳には、絶望ではなく、遥か高みにある目標を見つけた者の、新たな闘志が宿っていた。
健太は、そんな二人を見て、静かに頷いた。
「ええ。だからこそ、追いかける価値がある。そして、彼が口にした『世界の真実』。それを知るためにも、我々がやるべきことは、ただ一つです」
彼は、テーブルの上に、一枚の地図を広げた。その中央には、これまでどのギルドも攻略できていない、空白の領域として示されたダンジョンがあった。
『天の塔』。
その名が、三人の新たな共通目標となった瞬間だった。
『アフターファイブ』が、日本最難関ダンジョンである『天の塔』に挑戦するというニュースは、瞬く間に探索者業界を駆け巡った。
ギルド内では、期待と、それ以上の嘲笑が渦巻いていた。
「正気か? あの黒崎様ですら、単独での深層攻略を避けている塔だぞ」
「グリフォンに勝って、いい気になっているだけだろう。すぐに泣いて帰ってくるさ」
日本中の注目が集まる中、三人は、世間の喧騒から完全に隔離されたアジトで、黙々と準備を進めていた。
「過去の挑戦者たちのデータによれば、『天の塔』は、他のダンジョンとは根本的に性質が異なります」
健太は、リョウが収集した膨大な情報を分析し、結論を導き出していた。
「強力なモンスターはほとんど出現しない。その代わり、各階層が、物理法則そのものを捻じ曲げるような、特殊な環境ギミックだけで構成されている。これは、純粋な戦闘能力よりも、適応力と発想力が試されるダンジョンです」
健太の準備は、これまでとは全く違っていた。
彼は、強力な武具や罠の素材ではなく、一見するとガラクタにしか見えないものを、裏ルートを使って大量に買い集めていた。
光を完全に遮断する、特殊な繊維で織られた黒い布。
あらゆる音を吸収する、深海生物から抽出された粘着ゲル。
そして、壊れた魔道具から取り出された、重力や時間を制御していたという、機能不全のコアパーツ。
黒崎の言葉、『現実改変』。そのヒントを頼りに、健太は、物理的な物体だけでなく、より抽象的な概念そのものに干渉するための、「触媒」となりうるものを集めていたのだ。
数週間後。
万全の準備を整えた三人は、ついに『天の塔』の麓に立っていた。
それは、塔というよりも、天と地を繋ぐ巨大な柱だった。雲を突き抜け、その頂は見えない。ただ、そこにあるだけで、周囲の空間を歪ませるほどの、圧倒的な存在感を放っている。
三人は、固唾をのんで、塔の入り口である巨大な扉を見上げた。
「……行こうか」
リョウが、ごくりと喉を鳴らす。
シオンが、静かに頷く。
健太が、ゆっくりと扉に手をかけた。
ギィィ……と、重い音を立てて扉が開く。
その先は、どこまでも続く、白一色の、無機質な空間だった。モンスターの気配も、トラップの気配もない。
だが、三人が完全に内部へと足を踏み入れた、その瞬間だった。
「ぐ……っ!?」
リョウとシオンが、同時に呻き声を上げて、その場に膝をついた。
まるで、見えない巨人に、上から押し潰されるかのような、凄まじい圧迫感。
「身体が……重い……!」
健太もまた、自分の身体が、まるで鉛になったかのように動かないのを感じていた。
ここは、第一階層、『重力の牢獄』。
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