【収納】スキルでダンジョン無双 ~地味スキルと馬鹿にされた窓際サラリーマン、実はアイテム無限収納&即時出し入れ可能で最強探索者になる~

夏見ナイ

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第92話 命がけの観測

時が止まった世界で、動ける者は、ただ絶望するしかなかった。
「くっ……!」
シオンは、何度目になるか分からない攻撃を、第二の使徒「時間」に仕掛けた。だが、その刃が使徒に届く寸前、彼女の周囲の時間だけが、まるで粘度の高い水飴のように引き延ばされ、その動きは致命的に鈍る。そして、いともたやすく、その攻撃はあしらわれた。

「無駄だ」
深手を負った黒崎が、壁にもたれながら吐き捨てた。
「奴は、我々の時間を支配している。我々が攻撃という『未来』に到達する前に、奴はその『現在』を書き換える。これでは、勝負にすらならん」
彼の言う通りだった。これは、もはや強さや速さの問題ではない。土俵が、ルールが、違いすぎるのだ。

仲間たちが、絶対的な無力感に打ちひしがれる中。
ただ一人、諦めていない男がいた。
高橋リョウ。
彼は、この膠着した状況を、これまでのどんな罠よりも、どんな迷宮よりも、複雑で、そしてやりがいのある『謎』として捉えていた。

「……なあ、お嬢さん。黒崎の旦那」
リョウの声は、不思議なほどに落ち着いていた。
「俺は、剣も振れなきゃ、魔法も使えねえ。旦那みてえな、ワケの分かんねえ芸当もできねえ。俺にできるのは、ただ一つ」
彼は、自分の目を指差した。
「――『視る』ことだけだ」

リョウは、戦闘を放棄した。彼は、物陰に身を潜め、ただひたすらに、第二の使徒「時間」を『観測』し始めたのだ。
その全身。その動き。腕の歯車が回る角度。顔の時計盤の針が刻むリズム。そして、周囲に満ちる、時間の流れそのものの、僅かな揺らぎ。
斥候としての彼の五感、いや、第六感の全てが、神の如き存在を、一分の隙もなくスキャンしていく。

最初は、何も分からなかった。使徒の動きは、完全にランダムで、法則性がないように見えた。
だが、数分、数十分と、極限の集中を続けたリョウは、ついに、一つの『違和感』に気づいた。

「……あれは」
使徒が、時間を停止させたり、巻き戻したりする、その、ほんのコンマ一秒前。
使徒の顔である時計盤、その針が、特定の数字――『12』を指す瞬間に、針そのものが、ほんのわずかに、陽炎のようにブレるのだ。
それは、常人には絶対に知覚できない、時間の流れが変質する瞬間に生まれる、極小の『ノイズ』。

「……見つけたぜ。あんたの、『癖』をな」
リョウの口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。
だが、これだけでは足りない。この予兆が、本当に正しいのか。それを、仲間に、そして何より自分自身に、証明する必要がある。

リョウは、物陰から飛び出した。
「お嬢さん! 黒崎の旦那! よく見てな!」
彼は、あえて使徒の目の前、最も危険な場所へと躍り出た。
使徒は、鬱陶しい虫を払うかのように、リョウのいた空間そのものを、過去へと巻き戻し、消滅させようとする。
時計盤の針が、高速で回転し、数字の『12』へと近づいていく。
そして、針がブレた、その瞬間。

リョウは、叫んだ。
「――今だッ!」
彼は、その場で、予測不能な、ありえない角度へと、自分の身体を投げ出した。
次の瞬間、リョウが先ほどまで立っていた空間が、ごっそりと抉られるように消滅した。だが、リョウの身体は、その余波で吹き飛ばされながらも、五体満足でそこに在った。
神の攻撃を、完全に、回避したのだ。

「……馬鹿な」
黒崎が、信じられないといった表情で呟いた。
「未来予知か……? いや、違う。奴は、時間の流れそのものを、『読んだ』のか……!」

だが、その代償は大きかった。
一度回避したことで、使徒は、リョウを明確な『脅威』と認識した。
使徒は、もはや時間を操作しない。その身体を構成する無数の歯車を、高速で回転させ、物理的な弾丸として、リョウめがけて一斉に射出した。
それは、回避不能の、全方位飽和攻撃だった。

「しまっ……!」
リョウも、これには対応できない。
だが、彼の背後には、仲間がいた。
「――遅い!」
シオンの刃が、閃光となって煌めく。彼女は、リョウの命がけの観測を信じ、すでに彼の背後へと回り込んでいた。彼女の剣が、嵐のような歯車の弾幕を、凄まじい速度で弾き、叩き落としていく。

しかし、全ての攻撃は、防ぎきれない。
数発の歯車が、シオンの防御をすり抜け、リョウの肩と脇腹を、深く抉った。
「ぐっ……あああっ!」
リョウは、血を噴き出しながら、その場に崩れ落ちた。

「リョウ!」
シオンが、悲痛な叫びを上げる。
だが、リョウは、朦朧とする意識の中、笑っていた。
「……へへっ。見たかよ、お嬢さん……。斥候の、意地ってやつを……」
彼は、最後の力を振り絞り、意識を失っている健太の方へと、視線を向けた。
「……旦那……。反撃の、合図(シグナル)は……俺が、見つけてやったぜ……。あとは、頼んだ……」

それだけを言い残すと、リョウの意識は、闇へと沈んだ。
その、命がけで掴んだ情報が、最後の希望の灯火となることを信じて。

そして、その時だった。
まるで、仲間の覚悟に応えるかのように。
これまでぴくりとも動かなかった、健太の指先が、わずかに、震えた。
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