嫌われ者の悪役貴族、追放されたので好きにすることにした

夏見ナイ

文字の大きさ
4 / 100

第4話:断罪の茶番劇

しおりを挟む
大審問院は、荘厳な静寂に包まれていた。
高い天井には歴代の国王の肖像画が掲げられ、その目はまるで罪人を睥睨しているかのようだ。だが、その厳粛な雰囲気は、すでに結論の決まった芝居の舞台装置に過ぎなかった。傍聴席を埋め尽くす貴族たちの視線は、法廷の公正さではなく、これから始まる見世物への悪趣味な好奇心でぎらついている。

俺は、被告人席の中央に置かれた冷たい石の椅子に座っていた。手首にはめられた魔力封じの枷が、ずしりと重い。その鎖は床に固定され、俺の自由を完全に奪っていた。
正面の、一段高い裁判長の席には、王太子アルフレッドがふんぞり返っている。本来、王族が特定の個人の裁判を直接裁くなど前代未聞だ。だが、被害者が『聖女』であるという大義名分が、その異例を正当化していた。彼の隣には、腕に痛々しく包帯を巻いたリリアーナが、悲しげな表情でうつむいている。完璧な被害者の姿だった。

「開廷する」
アルフレッドの甲高い声が、静寂を破った。
「被告アッシュ・フォン・ヴェルヘイム。貴様には、聖女リリアーナ様に対する殺人未遂の容疑がかけられている。神聖なるこの法廷において、真実のみを語ることを誓うか」
「誓う必要はない。どうせ結論は変わらんのだろう」
俺の静かな返答に、傍聴席がざわめいた。不敬だ、と誰かが罵る声が聞こえる。
アルフレッドは、眉をぴくりと動かしたが、すぐに嘲るような笑みを浮かべた。
「反省の色なしか。まあよい。貴様の罪は、これから召喚される証人たちが、明らかにしていくだろう。最初の証人を入れよ」

扉が開き、一人の肥満した伯爵が、仰々しい足取りで証言台へと進んだ。彼は、パーティーの主催者だった男だ。
「証人。事件の夜、被告の様子に何か変わった点はあったか」
「はっ。ございました」
伯爵は、待ってましたとばかりに声を張り上げる。
「アッシュ卿は、終始、聖女リリアーナ様を嫉妬に満ちた冷たい目つきで睨みつけておりました。まるで、聖女様の存在そのものを妬んでいるかのように。今思えば、あの時から既に、凶行を企んでいたに違いありません」
事実ではない。俺はただ、彼女の力の正体を探るべく観察していただけだ。だが、ここでは伯爵の主観が真実として扱われる。

次に呼ばれたのは、バルコニーの警備を担当していた衛兵だった。
「証人は、被告が聖女様に近づくのを見たか」
「見ました。聖女様がバルコニーへ向かわれる直前、アッシュ卿が後を追うように、物陰へ姿を消すのを。その背中からは、何か良からぬことを企んでいるような、邪悪な気配が漂っておりました」
大嘘だ。俺はあの時、アルフレッドと話した場所から一歩も動いていない。だが、俺にアリバイを証明できる者は、この場には誰もいない。

そして、決定的な証拠として、あの短剣が提示された。王宮お抱えの鑑定士が、厳粛な面持ちで証言台に立つ。
「この短剣に刻まれたヴェルヘイム家の家紋は、間違いなく本物です。さらに、柄に施された微細な装飾から、これがアッシュ卿個人の所有物であると断定できます」
その言葉に、傍聴席から「おお」というどよめきが起こる。
これで役者は揃った。嫉妬という動機。犯行機会を示唆する目撃証言。そして、物的証拠。完璧に仕組まれた、見事な脚本だった。

「さて、アッシュよ」
アルフレッドが、勝ち誇ったように俺を見下ろす。
「これだけの証拠と証言が揃って、まだ言い逃れをするか。最後に、貴様に弁明の機会を与えてやろう。何か言うことはあるか、大罪人よ」
形ばかりの慈悲。俺が何を言っても無駄なことは分かっていた。だが、沈黙は罪を認めたことと同じだ。俺はゆっくりと顔を上げ、アルフレッドの目をまっすぐに見据えた。
「いくつか、確認したい」
俺の落ち着き払った声に、アルフレッドはわずかに苛立った表情を見せた。
「まず第一に、私が犯人だという直接的な証拠は、この法廷に一つも提示されていない。あるのは、悪意に満ちた状況証拠と、偏見による証言だけだ」
傍聴席が、少しざわつく。
「第二に、短剣が私のものだとして、私がそれを使ったという証明にはならない。むしろ、これ見よがしに家紋入りの短剣が現場に残されていたこと自体、極めて不自然だとは思わないか。私を犯人に仕立て上げたい、何者かの作為を感じるのが普通だろう」
俺は言葉を続けた。
「そして最も重要な点だ。聖女殿の肩の傷。あれは本当に、この短剣でつけられたものか。医師による正式な鑑定は行ったのか? 傷の深さ、角度、刃の形状。それらを調べれば、凶器が何であったかぐらい、すぐに判明するはずだ。なぜ、その報告がこの場にない?」

俺の理路整然とした指摘に、大審問院の空気は明らかに変わった。貴族たちの中にも、確かにそうだ、と頷き、囁き合う者が出てくる。
アルフレッドの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。彼は、俺が黙って罪を認めるか、あるいは見苦しく命乞いをするとでも思っていたのだろう。予想外の反撃に、動揺を隠しきれていない。
「ぐ……き、貴様、何を馬鹿なことを!」
「馬鹿なことか? これは裁判の根幹に関わる、ごく初歩的な手続きの話だ。それすら怠ったというのなら、この裁判そのものが、ただの魔女狩りに過ぎないということになる」

俺がそう言い切った瞬間だった。
「……もう、おやめください」
か細く、しかし凛とした声が響いた。リリアーナだった。彼女は椅子から静かに立ち上がると、涙を浮かべた瞳で俺を見つめた。
「殿下、皆様。どうか、アッシュ様をこれ以上責めないでくださいまし。きっと、アッシュ様も何かに惑わされ、過ちを犯してしまわれたのです。私を傷つけた短剣の鑑定など……そんなことをして、アッシュ様をさらに追い詰めるのは、あまりにも酷です」
慈悲に満ちた、聖女の言葉。
だが、その言葉こそが、俺の首を完全に締め上げる、最後の毒矢だった。
彼女の健気な姿は、傍聴席の貴族たちの感情を完璧に揺さぶった。
「おお、聖女様! ご自分を傷つけた相手にまで、なんというお慈悲!」
「それに比べてアッシュは! 聖女様の優しさを、自らの保身のために利用しようとは!」
「悪魔め! 貴様のような男に、聖女様の御心が分かってたまるか!」
形勢は、一瞬で逆転した。
俺の論理的な指摘は、聖女の感情的な訴えの前に、冷酷で卑劣な言い訳へとすり替えられた。民衆とは、いつの時代も論理より感情で動くものだ。貴族とて例外ではない。

アルフレッドは、この好機を逃さなかった。
「聞いたか、アッシュ! 聖女リリアーナ様は、貴様のような大罪人にさえ、慈悲をかけてくださっているのだ! それを無下にするとは、万死に値する!」
彼は裁判長の席から立ち上がり、激情のままに俺を指差した。
「もはや、問答の必要はない! 被告アッシュ・フォン・ヴェルヘイムを、聖女暗殺未遂の大罪人として、ここに断罪する!」
その声が、判決の槌音のように響き渡る。
大審問院は、判決を支持する者たちの怒号と拍手に包まれた。茶番は、ついに終幕を迎えたのだ。

俺は、鎖に繋がれたまま、静かに目を閉じた。
不思議と、悔しさや怒りはなかった。あるのは、むしろ解放感に近い、奇妙な安堵感だった。
(これでいい)
腐敗した王国。愚かな王太子。偽りの聖女。俺を縛り付けていた全てのしがらみから、これでようやく解放される。
俺はゆっくりと目を開け、視線の先にいる二人の顔を、脳裏に焼き付けた。
勝ち誇った顔で俺を見下す、アルフレッド。
その隣で、聖女の仮面を被り続け、その瞳の奥に冷たい光を宿す、リリアーナ。

覚えておけ。
お前たちが今日、切り捨てたのはただの『無能』ではない。
お前たちが、その愚かさの代償を支払うことになる未来そのものだ。
その日が来るのを、楽しみに待っているとしよう。
俺は、これから下されるであろう屈辱的な処罰を、新しい人生の始まりを告げる祝砲として、静かに受け入れる覚悟を決めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

帝国の王子は無能だからと追放されたので僕はチートスキル【建築】で勝手に最強の国を作る!

雪奈 水無月
ファンタジー
帝国の第二王子として生まれたノルは15才を迎えた時、この世界では必ず『ギフト授与式』を教会で受けなくてはいけない。 ギフトは神からの祝福で様々な能力を与えてくれる。 観衆や皇帝の父、母、兄が見守る中… ノルは祝福を受けるのだが…手にしたのはハズレと言われているギフト…【建築】だった。 それを見た皇帝は激怒してノルを国外追放処分してしまう。 帝国から南西の最果ての森林地帯をノルは仲間と共に開拓していく… さぁ〜て今日も一日、街作りの始まりだ!!

処理中です...