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第17話:エルフとの出会い
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「取引成立だ」
俺の不遜な宣言に、森の精霊は弱々しくも頷いて見せた。どうやら、俺という得体の知れない人間に、森の運命を賭ける覚悟を決めたらしい。
「シルヴィア、まずは沼の調査からだ。底に沈んでいる『鉄の塊』の正確な位置、大きさ、そして形状を把握しなければ、引き上げる計画も立てられん」
「しかしアッシュ様、この沼は瘴気を発しております。近づくのは危険では?」
「問題ない。瘴気の濃度は、俺の解毒薬で十分対処できる範囲だ。それより、沼の深さが問題だな」
俺は、近くに落ちていた手頃な長さの木の枝を拾うと、慎重に沼の縁へと近づいた。そして、その枝を杖のようにして、沼の底へと突き刺していく。まずは、足場の固さと深さを確認する必要があった。
粘性の高い、ヘドロのような感触が枝を通して手に伝わってくる。思ったより浅い。これなら、何とかなるかもしれない。俺がそう判断し、さらに奥を探ろうと枝を動かした、その瞬間だった。
ヒュン!
鋭い風切り音と共に、一本の矢が飛来した。矢は俺の足元の、数センチ手前の地面に深々と突き刺さり、その羽根を小刻みに震わせている。
「……!」
シルヴィアが、一瞬で俺の前に立ちはだかり、剣を抜いた。その切っ先は、矢が飛んできた方向、鬱蒼と茂る森の闇へと向けられている。
「何者です! 姿を現しなさい!」
彼女の凛とした声が、静寂を破る。
それに呼応するように、森の木々がざわめいた。
次の瞬間、俺たちは自分たちが完全に包囲されていることに気づいた。木々の幹から、枝の上から、草むらの影から、無数の人影が音もなく姿を現す。
その数は、ざっと見て三十人以上。全員が弓を構え、その鏃を寸分の狂いもなく俺たちに向けていた。
彼らは、人間ではなかった。長く尖った耳。柳のようにしなやかな体躯。そして、自然と一体化したかのような、緑や茶を基調とした装束。
「……エルフ」
シルヴィアが、低い声で呟いた。
古の種族。森を愛し、森と共に生きる民。人間との交流を嫌い、その姿を見ることは滅多にないとされる、伝説の存在。彼らが、なぜここに。
包囲の中から、一人の男がゆっくりと前に進み出た。他の者たちより少し年嵩に見える、厳しい顔つきのエルフだった。その目には、俺たちに対する明確な敵意と警戒心が宿っている。
「よそ者よ。その穢れた沼から、ただちに離れよ」
その声は、静かだが有無を言わせぬ響きを持っていた。
「我らは、この森の守護者。あなたたちのように、穢れを持ち込む者を、これ以上見過ごすわけにはいかない」
穢れを持ち込む者。どうやら彼らは、この沼の汚染の原因が、外部から来た俺たちにあると誤解しているらしい。
「待ってほしい。我々は敵ではない。この森を調査しに来ただけだ」
俺が冷静に反論しようとしたが、エルフの男は聞く耳を持たなかった。
「黙れ、人間。あなたたちの言葉など、信用に値しない。この沼が穢れ始めたのは、ひと月前から。ちょうど、あなたたちのようなよそ者が、この森の周りを嗅ぎ回り始めた時期と一致する」
その言葉に、俺は眉をひそめた。俺たちがここに来たのは、ほんの数日前だ。ひと月前からだと? どういうことだ。
だが、彼らにそれを説明する時間はなさそうだった。エルフたちの敵意は、ますます高まっている。弓を引き絞る弦の音が、ギリギリと不気味に響いていた。
シルヴィアは、俺を守るように半身に構え、剣先をわずかに下げた。臨戦態勢だが、こちらから先に仕掛ける意思がないことを示している。
「我が主、アッシュ様に害意があるのなら、この剣が相手になります。ですが、我々はあなた方と争うつもりはありません。どうか、話を聞いていただきたい」
「問答無用」
エルフの男は、冷たく言い放った。
「森を穢す者は、森の法によって裁く。それが、我らの掟だ」
男が、静かに手を上げた。それが、攻撃開始の合図であることは明らかだった。三十本以上の矢が、一斉に放たれようとしている。シルヴィア一人で、これを全て防ぎきるのは不可能だ。
万事休すか。
俺の脳裏に、その言葉が浮かんだ。その時だった。
「そこまでにしなさい、アラン」
凛とした、しかしどこか柔らかな女性の声が、森の奥から響き渡った。
その声に、殺気立っていたエルフたちが、はっとしたように動きを止める。彼らが作り出した包囲の輪が、ひとりでに割れ、そこから一人の女性エルフが静かに姿を現した。
彼女は、他のエルフたちとは明らかに違う雰囲気をまとっていた。長く編み込まれた白金色の髪。森の湖のように深く、澄んだ翠の瞳。その瞳には、年齢を感じさせない、悠久の時を生きてきた者だけが持つ知性が宿っている。彼女が身にまとっているのは、簡素なローブ。だが、その佇まいは、女王のような気品に満ちていた。
「エリス様……!」
アランと呼ばれた男が、慌てて弓を下ろし、彼女の前に跪いた。他のエルフたちも、それに倣って一斉に膝をつく。彼女が、このエルフたちの長、あるいはそれに近い存在であることは、一目瞭然だった。
エリスと呼ばれた賢者は、跪く部下たちには目もくれず、まっすぐに俺たちの方へと歩みを進めてきた。その翠の瞳が、俺の全身を、まるで魂の奥底まで見透かすように、じっと見つめている。
「無礼を許してください、旅の方。私の同胞たちが、少々早合点をしてしまったようです」
彼女の声は、穏やかだった。だが、その瞳の奥の鋭い光は、少しも緩んでいない。
「私はエリス。この森に住まう者たちを、束ねています」
「俺はアッシュだ。こっちは、護衛のシルヴィア」
俺は、名乗りを返した。この状況で、名を偽っても意味はない。
エリスは、ゆっくりと穢れた沼に視線を移した。その顔に、深い悲しみの色が浮かぶ。
「この沼は、かつて森の心臓でした。全ての生命が、ここから生まれていた。それが、今では死と穢れを振りまく、呪われた場所に……」
彼女は再び俺に向き直った。
「アランは、あなたたちが穢れを持ち込んだと言いました。ですが、私の目には、そうは見えません。あなたたちの体から感じるのは、外の荒野の瘴気の匂いだけ。この沼の穢れの質とは、明らかに異なります」
さすがは、賢者と呼ばれるだけのことはある。他のエルフたちのように、感情だけで物事を判断してはいない。冷静な観察眼と分析力を持っているようだ。
「あなたたちは、何者なのですか? そして、この死にゆく森で、何をしようとしていたのですか?」
エリスの問いは、シンプルで、核心を突いていた。
包囲しているエルフたちが、固唾を飲んで俺の答えを待っている。ここで下手を打てば、俺たちの命はないだろう。
俺は、エリスの翠の瞳を、まっすぐに見返した。そして、ありのままの事実を、俺の流儀で告げることにした。
「あんたたちの推測は、半分当たっていて、半分間違っている」
俺の言葉に、エリスの眉がわずかに動いた。
「俺たちは、確かによそ者だ。だが、森を穢しに来たわけじゃない」
俺は、黒く濁った沼を指差した。
「俺は、この森を救いに来た。この沼の底に沈む、本当の汚染源を、取り除きにな」
俺の言葉に、その場にいた全てのエルフたちが、息を呑んだ。
信じられない、という不信の表情。こいつは何を言っているんだ、という侮蔑の眼差し。
ただ一人、賢者エリスだけが、その翠の瞳に強い興味の光を宿し、俺の次の言葉を待っていた。
交渉のテーブルには、ようやく着くことができたらしい。
俺の不遜な宣言に、森の精霊は弱々しくも頷いて見せた。どうやら、俺という得体の知れない人間に、森の運命を賭ける覚悟を決めたらしい。
「シルヴィア、まずは沼の調査からだ。底に沈んでいる『鉄の塊』の正確な位置、大きさ、そして形状を把握しなければ、引き上げる計画も立てられん」
「しかしアッシュ様、この沼は瘴気を発しております。近づくのは危険では?」
「問題ない。瘴気の濃度は、俺の解毒薬で十分対処できる範囲だ。それより、沼の深さが問題だな」
俺は、近くに落ちていた手頃な長さの木の枝を拾うと、慎重に沼の縁へと近づいた。そして、その枝を杖のようにして、沼の底へと突き刺していく。まずは、足場の固さと深さを確認する必要があった。
粘性の高い、ヘドロのような感触が枝を通して手に伝わってくる。思ったより浅い。これなら、何とかなるかもしれない。俺がそう判断し、さらに奥を探ろうと枝を動かした、その瞬間だった。
ヒュン!
鋭い風切り音と共に、一本の矢が飛来した。矢は俺の足元の、数センチ手前の地面に深々と突き刺さり、その羽根を小刻みに震わせている。
「……!」
シルヴィアが、一瞬で俺の前に立ちはだかり、剣を抜いた。その切っ先は、矢が飛んできた方向、鬱蒼と茂る森の闇へと向けられている。
「何者です! 姿を現しなさい!」
彼女の凛とした声が、静寂を破る。
それに呼応するように、森の木々がざわめいた。
次の瞬間、俺たちは自分たちが完全に包囲されていることに気づいた。木々の幹から、枝の上から、草むらの影から、無数の人影が音もなく姿を現す。
その数は、ざっと見て三十人以上。全員が弓を構え、その鏃を寸分の狂いもなく俺たちに向けていた。
彼らは、人間ではなかった。長く尖った耳。柳のようにしなやかな体躯。そして、自然と一体化したかのような、緑や茶を基調とした装束。
「……エルフ」
シルヴィアが、低い声で呟いた。
古の種族。森を愛し、森と共に生きる民。人間との交流を嫌い、その姿を見ることは滅多にないとされる、伝説の存在。彼らが、なぜここに。
包囲の中から、一人の男がゆっくりと前に進み出た。他の者たちより少し年嵩に見える、厳しい顔つきのエルフだった。その目には、俺たちに対する明確な敵意と警戒心が宿っている。
「よそ者よ。その穢れた沼から、ただちに離れよ」
その声は、静かだが有無を言わせぬ響きを持っていた。
「我らは、この森の守護者。あなたたちのように、穢れを持ち込む者を、これ以上見過ごすわけにはいかない」
穢れを持ち込む者。どうやら彼らは、この沼の汚染の原因が、外部から来た俺たちにあると誤解しているらしい。
「待ってほしい。我々は敵ではない。この森を調査しに来ただけだ」
俺が冷静に反論しようとしたが、エルフの男は聞く耳を持たなかった。
「黙れ、人間。あなたたちの言葉など、信用に値しない。この沼が穢れ始めたのは、ひと月前から。ちょうど、あなたたちのようなよそ者が、この森の周りを嗅ぎ回り始めた時期と一致する」
その言葉に、俺は眉をひそめた。俺たちがここに来たのは、ほんの数日前だ。ひと月前からだと? どういうことだ。
だが、彼らにそれを説明する時間はなさそうだった。エルフたちの敵意は、ますます高まっている。弓を引き絞る弦の音が、ギリギリと不気味に響いていた。
シルヴィアは、俺を守るように半身に構え、剣先をわずかに下げた。臨戦態勢だが、こちらから先に仕掛ける意思がないことを示している。
「我が主、アッシュ様に害意があるのなら、この剣が相手になります。ですが、我々はあなた方と争うつもりはありません。どうか、話を聞いていただきたい」
「問答無用」
エルフの男は、冷たく言い放った。
「森を穢す者は、森の法によって裁く。それが、我らの掟だ」
男が、静かに手を上げた。それが、攻撃開始の合図であることは明らかだった。三十本以上の矢が、一斉に放たれようとしている。シルヴィア一人で、これを全て防ぎきるのは不可能だ。
万事休すか。
俺の脳裏に、その言葉が浮かんだ。その時だった。
「そこまでにしなさい、アラン」
凛とした、しかしどこか柔らかな女性の声が、森の奥から響き渡った。
その声に、殺気立っていたエルフたちが、はっとしたように動きを止める。彼らが作り出した包囲の輪が、ひとりでに割れ、そこから一人の女性エルフが静かに姿を現した。
彼女は、他のエルフたちとは明らかに違う雰囲気をまとっていた。長く編み込まれた白金色の髪。森の湖のように深く、澄んだ翠の瞳。その瞳には、年齢を感じさせない、悠久の時を生きてきた者だけが持つ知性が宿っている。彼女が身にまとっているのは、簡素なローブ。だが、その佇まいは、女王のような気品に満ちていた。
「エリス様……!」
アランと呼ばれた男が、慌てて弓を下ろし、彼女の前に跪いた。他のエルフたちも、それに倣って一斉に膝をつく。彼女が、このエルフたちの長、あるいはそれに近い存在であることは、一目瞭然だった。
エリスと呼ばれた賢者は、跪く部下たちには目もくれず、まっすぐに俺たちの方へと歩みを進めてきた。その翠の瞳が、俺の全身を、まるで魂の奥底まで見透かすように、じっと見つめている。
「無礼を許してください、旅の方。私の同胞たちが、少々早合点をしてしまったようです」
彼女の声は、穏やかだった。だが、その瞳の奥の鋭い光は、少しも緩んでいない。
「私はエリス。この森に住まう者たちを、束ねています」
「俺はアッシュだ。こっちは、護衛のシルヴィア」
俺は、名乗りを返した。この状況で、名を偽っても意味はない。
エリスは、ゆっくりと穢れた沼に視線を移した。その顔に、深い悲しみの色が浮かぶ。
「この沼は、かつて森の心臓でした。全ての生命が、ここから生まれていた。それが、今では死と穢れを振りまく、呪われた場所に……」
彼女は再び俺に向き直った。
「アランは、あなたたちが穢れを持ち込んだと言いました。ですが、私の目には、そうは見えません。あなたたちの体から感じるのは、外の荒野の瘴気の匂いだけ。この沼の穢れの質とは、明らかに異なります」
さすがは、賢者と呼ばれるだけのことはある。他のエルフたちのように、感情だけで物事を判断してはいない。冷静な観察眼と分析力を持っているようだ。
「あなたたちは、何者なのですか? そして、この死にゆく森で、何をしようとしていたのですか?」
エリスの問いは、シンプルで、核心を突いていた。
包囲しているエルフたちが、固唾を飲んで俺の答えを待っている。ここで下手を打てば、俺たちの命はないだろう。
俺は、エリスの翠の瞳を、まっすぐに見返した。そして、ありのままの事実を、俺の流儀で告げることにした。
「あんたたちの推測は、半分当たっていて、半分間違っている」
俺の言葉に、エリスの眉がわずかに動いた。
「俺たちは、確かによそ者だ。だが、森を穢しに来たわけじゃない」
俺は、黒く濁った沼を指差した。
「俺は、この森を救いに来た。この沼の底に沈む、本当の汚染源を、取り除きにな」
俺の言葉に、その場にいた全てのエルフたちが、息を呑んだ。
信じられない、という不信の表情。こいつは何を言っているんだ、という侮蔑の眼差し。
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