嫌われ者の悪役貴族、追放されたので好きにすることにした

夏見ナイ

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第22話:虐げられる職人

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鉱山に近づくにつれて、その異様な雰囲気はますます色濃くなっていった。
入り口に立つ見張りの兵士たちは、明らかに正規の王国軍兵士ではなかった。その目つきは荒み、装備も統一されていない。おそらくは、どこかの貴族が私的に雇った傭兵だろう。彼らは、俺たちの姿を認めると、あからさまな敵意と警戒心を込めた視線を向けてきた。

「おい、お前ら! ここで何をしている!」
傭兵の一人が、柄の悪い声で俺たちを呼び止めた。その手は、すでに剣の柄にかかっている。
「我々は旅の者だ。近くにドワーフの集落があると聞いて立ち寄った。彼らに、少しばかり仕事を頼みたいのだが」
俺が馬上で冷静に答えると、男は鼻で笑った。
「ドワーフだと? ああ、いるぜ。だが、あいつらはお前らみたいなよそ者と話す暇はねえ。ここは、アルビオン王国筆頭侯爵である、バルトール辺境伯様の私有地だ。とっとと失せな」
バルトール辺境伯。王太子アルフレッドの取り巻きの一人で、強欲で知られる男だ。なるほど、奴がこの鉱山を牛耳っているのか。旅の途中で見つけた鉄の残骸は、奴らが資材を運び込むために使っていたものだろう。

俺とシルヴィアは顔を見合わせた。強行突破は得策ではない。ひとまずは、引き下がるしかなさそうだ。
「……そうか。それは知らなかった。邪魔をしてすまない」
俺は素直に引き下がる振りをして、馬の向きを変えた。傭兵たちは、俺たちが完全に去っていくのを、疑わしげな目で見送っている。
鉱山から十分に距離を取り、岩陰に身を隠すと、シルヴィアが低い声で尋ねてきた。
「アッシュ様、どうなさいますか? あの様子では、正面からの交渉は不可能かと」
「ああ、その通りだ。だが、収穫はあった。敵の正体と、この鉱山の異常な状況がな」
俺は、先ほどの傭兵の言葉を反芻していた。
『あいつらはお前らみたいなよそ者と話す暇はねえ』。
それはつまり、ドワーフたちが何らかの強制的な労働に従事させられていることを、暗に示している。

「今夜、潜入する。シルヴィア、お前は外で待機し、万が一の時は陽動を頼む。俺一人で、内部の様子を探ってくる」
「危険です! 私がお供します」
「いや、お前が行けば、かえって目立つ。俺一人の方が、気配を消して動ける。それに、これは戦闘じゃない。情報収集だ。俺の専門分野だよ」
俺の強い口調に、シルヴィアは渋々といった様子で頷いた。

夜になり、鉱山が静寂に包まれるのを待って、俺は行動を開始した。
黒い夜着に着替え、音を吸収する特殊な素材で作った靴を履く。見張りは、昼間よりも数を増していたが、その動きは単調で隙だらけだった。酒を飲んで談笑している者、居眠りしている者。緊張感の欠片もない。
俺は、彼らの警戒網の隙間を縫うように、影から影へと音もなく移動し、坑道の入り口とは別の、資材搬入用の小さな裏口から、内部への侵入に成功した。

坑道の中は、ひんやりとした空気が淀んでいた。
松明の明かりが、岩肌を頼りなく照らし、俺の長い影を壁に映し出す。奥へ進むにつれて、規則的な金属音が聞こえてきた。カン、カン、カン……。それは、つるはしで岩を砕く音。だが、エリスが言っていたような、陽気な歌声はどこからも聞こえてこない。ただ、誰かの呻き声や、革の鞭が空気を裂く鋭い音だけが、時折その単調なリズムを破っていた。
音のする方へ、慎重に進む。
やがて、広大な空洞に出た。そこでは、信じがたい光景が広がっていた。

数十人のドワーフたちが、黙々とつるはしを振るっていた。
屈強で、頑健なはずのその体は、ひどく痩せこけ、その顔には深い疲労と絶望の色が浮かんでいる。彼らの首には、鉄の首輪が嵌められ、その鎖は壁に繋がれていた。奴隷。その言葉が、俺の頭に浮かんだ。
そして、そのドワーフたちを監視するように、数人の人間が鞭を手に巡回していた。彼らは、ドワーフの動きが少しでも鈍ると、容赦なくその背中に鞭を打ち据える。
「ぐっ……!」
鞭を受けた若いドワーフが、苦痛の声を漏らして膝をつく。
「何を休んでやがる、このチビどもが! バルトール様へ献上するノルマが、まだ終わってねえんだぞ! さっさと掘れ!」
監督官らしき男が、唾を吐きながら罵声を浴びせた。
ドワーフたちは、ただ黙って、再びつるはしを握りしめる。その目には、もはや何の光も宿っていなかった。

これが、誇り高き職人たちの、今の姿だというのか。
俺の胸の奥から、冷たい怒りが込み上げてくるのを感じた。
アルビオン王国の腐敗は、ここまで進んでいたのか。王太子だけでなく、その取り巻きの貴族までもが、私利私欲のために、他種族を蹂躙している。
俺は、監督官たちの会話に、さらに耳を澄ませた。
「しかし、棟梁のガンツ様だけは、相変わらず石頭でいけねえや」
「ああ。あいつさえ、新しい鍛冶法を吐けば、俺たちの儲けももっと増えるんだがな」
「まあ、時間の問題だろう。娘を人質に取られてるんだ。いつまでも意地を張ってはいられめえよ」
棟梁。ガンツ。そして、人質の娘。
断片的な情報が、俺の頭の中で一つの線として繋がっていく。

俺は、一度その場を離れ、さらに坑道の奥深くへと進んだ。
監督官たちの詰め所の横をすり抜け、牢獄として使われているらしい一角を見つける。その一番奥の牢に、一人のドワーフが座り込んでいた。
他のドワーフたちより、一回りも二回りも大きな体躯。長く編み込まれた赤茶色の髭は、この種族の長老であることを示している。だが、その巨体は、今はただ力なく壁にもたれかかっていた。彼が、棟梁のガンツなのだろう。
俺は、周囲に人がいないことを確認すると、静かに牢の格子に近づいた。
「……あんたが、棟梁のガンツか」
俺の小声に、ガンツはゆっくりと顔を上げた。その目は、最初は警戒心に満ちていたが、俺が人間でありながら、監督官たちとは違う雰囲気をまとっていることに気づいたようだった。
「……何者だ、お前は。あのクズどもの仲間では、ないようだな」
その声は、ひどくかすれていたが、芯の強さを感じさせた。
「俺はアッシュ。あんたたちを、この地獄から解放しに来た」
俺の単刀直入な言葉に、ガンツは自嘲気味に鼻を鳴らした。
「解放、だと? 笑わせるな。我々は、娘を人質に取られている。下手に動けば、あの子の命が……」
「その娘さんは、どこにいる?」
「……鉱山の外、監督官たちの宿舎の一室に、軟禁されている。見張りも、常に二人以上ついている」
やはり、そうか。

俺は、自分の計画を、手短に、しかし力強く彼に語った。
「俺は、あんたたちドワーフの力が必要だ。鉄が欲しい。その見返りに、俺はあんたたちに自由をくれてやる」
「……お前一人に、何ができるというのだ。奴らは、数十人の傭兵を雇っている。武器も持っている」
ガンツの目には、まだ諦めの色が濃い。
俺は、懐から一つの道具を取り出し、彼に見せた。それは、俺が道中で作った、掌サイズの小さな魔道具だった。
「こいつがあれば、陽動は可能だ。あんたたちドワーフが、内側から蜂起する、ほんの数分の時間さえ稼げればいい」
俺は、その魔道具の仕組みを、彼にだけ聞こえる声で説明した。
俺の話を聞くうちに、ガンツの目に宿っていた絶望の色が、徐々に驚きへ、そして微かな希望の光へと変わっていくのが分かった。
「……そんな、馬鹿な……。そんなことが、本当に可能なのか……?」
「可能だ。だが、そのためには、あんたの協力が不可欠だ。棟梁である、あんたの一声がな」
俺は、牢の格子越しに、まっすぐに彼の目を見つめた。
「どうする、ガンツ。このまま、奴隷として屈辱の内に生き長らえるか。それとも、自由のために、俺という得体の知れない男に、賭けてみるか」

ガンツは、長く、深く、沈黙した。
その脳裏には、仲間たちの苦しむ顔、そして囚われた娘の顔が、交互に浮かんでいるのだろう。
やがて、彼はゆっくりと、しかし力強く、頷いた。
その目には、かつてこの鉱山を支配していたであろう、誇り高き職人の棟梁の光が、再び灯っていた。
「……分かった。賭けよう。お前の言う、自由とやらに」
「話が早い。助かる」
俺たちは、牢の格子を挟んで、固い視線を交わした。
「決行は、三日後の夜。監督官たちの気が、最も緩む給料日の夜だ。それまでに、仲間たちに、合図のやり方を伝えておけ」
俺は、そう言い残すと、再び闇の中へと姿を消した。

 liberation作戦の、最初の歯車が動き出した。
それは、力と力のぶつかり合いではない。
知恵と、勇気と、そして自由への渇望が、圧政という巨大な壁を打ち砕く、静かな革命の始まりだった。
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