嫌われ者の悪役貴族、追放されたので好きにすることにした

夏見ナイ

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第23話:解放作戦

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決行までの三日間、鉱山の空気は奇妙な静けさに包まれていた。
表面上は、何も変わらない。ドワーフたちは相変わらず黙々とつるはしを振り、監督官たちは彼らを罵倒し、鞭を振るう。だが、その水面下では、確かな変化が起きていた。
ガンツが、牢の中から仲間たちに合図を送ったのだろう。ドワーフたちの目には、以前のような完全な絶望ではなく、微かな、しかし燃えるような決意の光が宿り始めていた。彼らは、つるはしを振るう合間に、意味ありげな視線を交わし、作業手順を装って配置を入念に確認しているようだった。
一方、監督官たちは給料日を前にすっかり浮かれきっていた。夜になると、詰め所で賭博に興じ、酒を飲み交わす声が外まで聞こえてくる。彼らは、なすすべなく従っていた奴隷たちが、反旗を翻すなどとは夢にも思っていなかった。その油断が、彼らの命運を決定づけることになる。

俺とシルヴィアは、鉱山から少し離れた岩陰に潜み、作戦の最終準備を進めていた。
「シルヴィア。お前の役目は、ガンツの娘の救出だ。監督官たちの宿舎は、鉱山の入り口から見て東に百メートル。見張りは二人。作戦が始まった瞬間、奴らの意識は鉱山に集中する。その隙を突け」
「御意。必ずや、お救出いたします」
シルヴィアは、静かに頷いた。その手には、音を立てずに敵を無力化するための、投擲用の小さな短剣が握られている。
「俺は、鉱山内部の混乱を最大化させる。作戦の成否は、最初の数分にかかっている。いいな」
「はい、アッシュ様」

そして、決行の夜。
月も星もない、漆黒の闇がグレイロック山脈を包み込んでいた。作戦には、これ以上ない好条件だ。
俺は、昼間のうちに設置しておいた『装置』の元へと向かった。それは、鉱山のメイン坑道とは別の、古い通気孔の一つだった。
俺が手にしているのは、ガンツに見せた、あの掌サイズの魔道具。俺はそれを『音響爆弾』と名付けていた。
その仕組みは、魔鉱石の粉末と、特定の鉱物を混ぜ合わせたものを、密閉された金属容器の中で急激に化学反応させるというもの。爆発はしないが、その際に発生する膨大なエネルギーが、指向性を持った強力な超音波となって放出される。人間には耐え難い不快な高周波音を、特定の方向だけに叩きつけることができるのだ。

俺は、通気孔の格子を外し、音響爆弾を坑道の奥深くにいる監督官たちの詰め所へと狙いを定めて設置した。そして、時限式の起動装置をセットする。時間は、ドワーフたちが一日の作業を終え、それぞれの持ち場に戻る、ちょうどその瞬間だ。
全ての準備が整った。俺は、シルヴィアに目配せを送る。彼女は、闇に溶け込むように、音もなく監督官たちの宿舎へと向かっていった。

約束の時刻。
俺は、起動装置のスイッチを押した。
数秒の静寂の後、鉱山の奥深くから、この世のものとは思えない凄まじい絶叫が響き渡った。
「ぎゃああああああああ!」
「耳が! 耳があああああ!」
音響爆弾が、完璧に作動したのだ。詰め所にいた監督官たちは、耳を突き刺す超高周波の暴力に、為す術もなくのたうち回っている。
その絶叫が、反撃の狼煙だった。

その瞬間を待っていたかのように、鉱山の至る所で、ドワーフたちが一斉に蜂起した。
「うおおおおお!」
「今だ! 奴らを叩き出せ!」
彼らは、武器を持たない。だが、その手には、長年使い慣れたつるはしや、岩を砕くための巨大なハンマーが握られていた。それは、どんな名剣よりも、彼らにとって馴染み深い『得物』だった。
音響爆弾の範囲外にいた見張りの傭兵たちは、突然の反乱と、仲間たちの謎の絶叫に、完全に混乱していた。
「な、何が起きた!?」
「こ、こいつら、反乱だ!」
彼らが状況を把握するよりも早く、ドワーフたちの怒りの鉄槌が振り下ろされた。
ドワーフの腕力は、人間の比ではない。つるはしの一撃は、傭兵の粗末な鎧を紙のように砕き、ハンマーの一振りは、盾ごと相手を吹き飛ばした。
鉱山の中は、一瞬にして怒号と悲鳴が入り乱れる戦場と化した。

一方、シルヴィアもまた、完璧にその役目を果たしていた。
鉱山の混乱に気を取られた宿舎の見張り二人の背後に、彼女は音もなく忍び寄る。
「……え?」
一人が、何かの気配に気づいて振り返ろうとした、その瞬間。シルヴィアの手から放たれた二本の短剣が、寸分の狂いもなく、二人の首筋に深々と突き刺さった。声も上げさせない、一撃必殺の神業だった。
シルヴィアは、倒れた見張りから鍵を奪うと、厳重に施錠されていた部屋の扉を開けた。
中には、怯えた表情でうずくまる、一人のドワーフの少女がいた。ガンツの娘、リッカだった。
「……あなたは?」
「お父様に頼まれて、あなたを助けに来ました。さあ、こちらへ」
シルヴィアは、優しく微笑みかけ、少女の手を取った。

その頃、鉱山の内部では、大勢は決しつつあった。
ついに、棟梁ガンツが、牢を破って姿を現した。彼は、仲間が倒した監督官から奪った巨大な戦斧を手に、鬼神の如き形相で傭兵たちを薙ぎ払っていく。
「我らが故郷を穢す、人間のクズどもめ! 一人残らず、叩き出してやるわ!」
棟梁の咆哮が、ドワーフたちの士気を極限まで高めた。
数で勝るはずの傭兵たちは、地の利と、長年の鬱憤を爆発させたドワーフたちの圧倒的な気迫の前に、なすすべなく敗走を始めた。

俺は、その全ての光景を、坑道の入り口近くの岩陰から冷静に見守っていた。
俺がやったことは、ほんの少しのきっかけを与えただけ。一つの小さな魔道具で、ほんの数分、敵の指揮系統を麻痺させただけだ。
だが、その小さなきっかけが、虐げられていた者たちの心に眠っていた、自由への渇望という巨大なエネルギーを爆発させた。
これが、俺の戦い方だ。
圧倒的な力で敵を蹂躙するのではなく、最小限の力で、最も効果的な一点を突く。そして、あとは、状況そのものが、俺の望む方向へと勝手に転がっていく。

やがて、鉱山から最後の傭兵が逃げ出し、戦いは終わった。
ドワーフたちは、勝利の雄叫びを上げた。それは、長い隷属からの解放を祝う、魂の叫びだった。
彼らは、互いの健闘を称え合い、肩を叩き合い、そして、解放者である俺を探し始めた。
俺は、ゆっくりと岩陰から姿を現した。
その場にいた全てのドワーフたちの視線が、俺に集中する。
次の瞬間、地鳴りのような歓声が、鉱山全体を揺るがした。
「うおおおお! アッシュ殿だ!」
「我らが恩人!」
「あんたのおかげだ!」
彼らは、俺を英雄として迎え入れ、その巨体で何度も胴上げしようとする。

その喧騒の中を、ガンツが、リッカを連れたシルヴィアと共に、俺の方へと歩いてきた。
ガンツは、俺の前に立つと、その巨大な戦斧を地面に置き、深く、深く、頭を下げた。
それは、ドワーフという種族が、他者に見せる、最大の敬意と感謝の表れだった。
「アッシュ殿。あんたには、何と礼を言ったらいいか……。我らドワーフ一同、この御恩は、生涯忘れん」
その目には、涙が浮かんでいた。
俺は、そんな彼に、静かに告げた。
「礼なら、これから返してもらうさ、棟梁」
俺の言葉に、ガンツは顔を上げた。
「俺は、鉄が欲しい。あんたたちが作り出す、最高品質の鉄がな。そして、それを加工するための、あんたたちの腕も借りたい」
俺は、集まったドワー-フたち全員に聞こえるように、はっきりと宣言した。
「俺は、これから国を創る。誰にも虐げられることのない、全ての民が、その誇りを胸に生きていける国をだ。あんたたちも、その国の民にならないか?」

俺の誘いに、ドワーフたちは一瞬、静まり返った。
だが、すぐに、誰からともなく、力強い声が上がった。
「乗った!」
「俺たちの腕、あんたに預けたぜ!」
「アッシュ殿が創る国なら、喜んで!」
その声は、やがて鉱山全体を揺るがす、大合唱へと変わっていった。
こうして、俺は鉄という資源だけでなく、大陸一の職人集団という、何物にも代えがたい仲間を得た。
アヴァロン建国という歯車は、また一つ、大きく、そして力強く、未来へと向かって回り始めたのだった。
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