嫌われ者の悪役貴族、追放されたので好きにすることにした

夏見ナイ

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第38話:食料問題の完全解決

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絶対防衛障壁『神の盾』の完成は、アヴァロンの民に、何物にも代えがたい『安心』をもたらした。外敵の脅威から完全に解放されたことで、都市建設はさらに加速し、人々の表情にも、未来への確かな希望が満ち溢れていた。
だが、俺の目には、まだ解決すべき、重大な問題が映っていた。
それは、都市が豊かになればなるほど、深刻化していく問題。
『食料』だ。

賢者の森からの供給と、獣人族の狩猟によって、現在のアヴァロンの食料事情は、むしろ恵まれていると言っていい。だが、俺が見据えているのは、数年後、数十年後の未来だ。
人口が増え、都市が拡大すれば、いつか必ず供給は需要に追いつかなくなる。天候不順や、森の病気、狩猟対象の減少。不安定な要素は、いくらでもある。
国家の基盤たる食料を、いつまでも自然の恵みという『運』に頼るわけにはいかない。

「我々は、食料を、自らの手で、安定的に、そして無限に生産するシステムを構築しなければならない」
評議会で、俺は新たな計画を発表した。
「畑を作る、ということか? アッシュ殿」
ガンツが、いつものように問いかける。
「それだけでは、不十分だ。この嘆きの荒野の土壌は、エリスの浄化魔法である程度は改善された。だが、作物が安定して育つ保証はない。何より、農業は天候に大きく左右される」
俺は、テーブルの上に、一枚の新しい設計図を広げた。
そこに描かれていたのは、巨大なガラス張りのドーム状の建物と、その内部で、何層にも重なった棚の上で、整然と育つ植物の姿だった。
「これは……?」
エリスが、その奇妙な光景に、興味深そうに目を凝らす。
「『植物工場』だ」
俺は、きっぱりと告げた。
「天候に左右されない、完全に管理された環境下で、食料を工業製品のように生産する施設だ。土は使わない。『水耕栽培』という技術で、栄養を溶かした水だけで、作物を育てる」

俺は、その仕組みを説明した。
魔導炉から供給されるエネルギーで、工場内の温度と湿度を、常に作物の育成に最適な状態に保つ。
光は、魔導街灯の技術を応用した『育成用ランプ』で、二十四時間、必要な波長の光を照射し続ける。
栄養は、エルフたちが薬草学の知識を応用して調合した、栄養剤を溶かした水で供給する。
そして、種まき、水やり、収穫といった作業は、全て専用に開発した小型の『農業用ゴーレム』によって自動化する。
「これならば、季節に関係なく、一年中、計画的に、安定して、しかも通常の畑の何十倍もの効率で、食料を生産することが可能になる。病気や害虫の心配もない。まさに、食料問題の完全解決だ」

俺のあまりにも革命的な構想に、評議会のメンバーは、もはや驚きを通り越して、感嘆のため息を漏らしていた。
「……土を使わずに、作物を育てる……。まるで、魔法そのものですね」
エリスは、うっとりと設計図を見つめている。
「面白い! 食いもんまで、工場で作っちまうとはな!」
ガロウも、その発想の奇抜さに、面白くて仕方がないといった様子だ。

植物工場の建設は、ただちに開始された。
ドワーフたちが、ガラスの代わりとなる、光を透過する特殊な水晶のパネルを大量に生産し、巨大なドームの骨組みを組み上げていく。
エリスは、最高の栄養剤を開発するため、エルフの仲間たちと共に、研究室に籠りきりになった。
そして俺は、精密な作業が要求される、農業用ゴーレムの開発に、全力を注いだ。
それは、アダムのような大型ゴーレムとは違い、繊細な動きが求められる、複雑な機械だった。作物を傷つけずに収穫するための、柔らかなアーム。種を正確な位置に植えるための、精密な指先。その開発は、困難を極めたが、シルヴィアの献身的なサポートと、ドワーフの技術者たちの協力によって、なんとか完成にこぎつけた。

数週間後。
アヴァロンの郊外に、陽光を浴びてきらきらと輝く、巨大な水晶のドームが完成した。
その内部は、未来の世界だった。
何層にも重なった棚の上で、青々とした葉野菜が、整然と並んで育っている。その間を、小型の農業用ゴーレムたちが、静かに、しかし効率的に動き回り、作物の世話をしていた。
温度も、湿度も、光も、全てがコンピュータならぬ『魔導制御盤』によって、完璧に管理されている。
それは、自然の気まぐれから完全に解放された、人間の知性が生み出した、新しい『畑』の姿だった。

そして、最初の収穫の日。
工場から運び出されたのは、みずみずしいレタスや、真っ赤に熟したトマトだった。
「……信じられん。この荒野で、こんなに立派な野菜が……」
ガンツは、巨大なトマトを手に取り、子供のように目を輝かせている。
その場で採れたての野菜を、皆で試食してみる。
シャキシャキとした食感。口の中に広がる、濃密な甘みと酸味。
「……美味しい!」
シルヴィアが、感嘆の声を上げた。
「森で採れるどんな果実よりも、味が濃くて、生命力に満ちています!」
エリスも、その味に驚きを隠せないようだった。
「栄養価が、完璧にコントロールされているからです。これが、科学の力……」

植物工場の成功は、アヴァロンから『飢え』という言葉を、完全に過去のものにした。
さらに俺は、植物工場だけでは補えない、穀物類の生産のために、都市の南側に広がる平地に、大規模な自動化農場を建設した。
ここでは、土壌を改良した畑に、大型の農業用ゴーレムが投入された。種まきから、水やり、収穫、脱穀まで、全ての工程が自動化されている。
浄化施設で再生された水が、広大な農地を潤し、黄金色の麦の穂が、風に揺れる。
その光景は、かつてここが『嘆きの荒野』と呼ばれていたことなど、完全に忘れさせるほど、豊かで、牧歌的なものだった。

食料問題の完全解決。
それは、国家の安定における、最後の、そして最大のピースが埋まったことを意味していた。
民は、もう飢えに苦しむことはない。
その安心感が、彼らの心に、さらなる豊かさと、創造性をもたらしていく。
アヴァロンは、今、その胃袋さえも、自らの手で満たす、完全なる自給自足国家へと、その歩みを進めたのだ。
そして、この有り余るほどの食料が、やがて、アヴァロンの新たな『力』となり、周辺諸国との関係を、大きく変えていくことになる。
そのことを、この時の俺は、まだ予感しているに過ぎなかった。
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