転生スキル【教祖様(カリスマ)】のせいで、俺は一言も喋ってないのに信者が勝手に増えていく件

夏見ナイ

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第41話:辺境伯の野心

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グライム辺境伯の居城は、武骨な石で築かれた要塞だった。華美な装飾はなく、全てが実用性を重視して作られている。それは、この城の主である辺境伯自身の生き様を体現しているかのようだった。

作戦室には、重々しい沈黙が満ちていた。辺境伯は椅子に深く腰掛け、目の前に立つ騎士隊長ベルトランを、鷹のような鋭い目で見据えていた。

「……もう一度言ってみろ、ベルトラン」
辺境伯の声は、低い地鳴りのように響いた。
「お前は、あのカルト教団を『静観』せよと、そう申すのか」

「はっ。僭越ながら」
ベルトランは臆することなく、主君の視線を受け止めた。
「彼らは、我らが想像するような単なる反乱軍ではございません。その統治は帝国のどの領地よりも巧みで、民は心から彼らを支持しております。そして、その指導者ユズルは……計り知れない器の持ち主。下手に手を出すのは危険すぎます」

辺境伯は、ベルトランの言葉を最後まで聞くと、ふんと鼻で笑った。その顔には失望と、そしてわずかな侮蔑の色が浮かんでいる。

「お前も、あの聖者様とやらの奇跡に当てられたか。すっかり腑抜けてしまったようだな、ベルトラン」

「辺境伯様! 私は見たままを申し上げているのです!」

「見たまま、だと?」
辺境伯は立ち上がると、ベルトランの肩を強く叩いた。その力は、まるで鉄の塊のようだ。
「お前が見たのは、奴らが見せたかった幻影に過ぎん。善政? 理想郷? 笑わせるな。それは全て、より多くの信者と富をかき集めるための巧妙な芝居よ。俺は長年、この辺境で無数の嘘と欺瞞を見てきた。奴らの手口は、その中でも少しばかり手が込んでいるというだけのことだ」

ベルトランは唇を噛んだ。主君が全く聞く耳を持たないことを悟ったからだ。辺境伯は、自らの経験則という名のフィルターを通してしか物事を見ようとしていなかった。彼にとって、理解できないものは全て否定すべき敵でしかなかった。

そして、その頑なな態度の裏には、彼自身の黒い野心が渦巻いていた。

(好機なのだ……)

辺境伯は壁に掛けられた地図を見つめながら、内心でほくそ笑んでいた。あの教団は、あまりにも短期間で、あまりにも多くの富をその手に収めすぎた。ボーフォートの隠し財産。商業都市ゼファードの莫大な富。そして、伝説の鉱山バルドゥーク。それら全てが、今や無防備にそこに転がっている。

帝都の連中は、まだこの事態を重く見ていない。自分が最初にこれを「反乱」として鎮圧すれば、その功績と、そして何より、あの豊かな土地の全てを合法的に自らのものにできるのだ。

「皇帝陛下の御名の下に、偽りの聖者を討つ」
それは、彼の野心を隠すための最高の大義名分だった。

「ベルトラン。お前は下がって休んでいろ。旅の疲れで目が曇っているようだ」
辺境伯はもはや忠臣の言葉に耳を貸す気はなかった。彼はベルトランを下がらせると、すぐに側近たちを呼び集め、矢継ぎ早に命令を下し始めた。

「近隣の男爵、子爵どもに使者を送れ! 『グライム辺境伯より緊急の召集である。帝国の安寧を脅かす邪教徒の討伐に、兵を出されたし』とな」
「それからこうも付け加えろ。『この戦で得た富は、功績に応じて公平に分配する』と。あの欲深いハイエナどもは、それで喜んで尻尾を振るだろう」

辺境伯の命令は絶対だった。数日のうちに、彼の居城には近隣の貴族たちがそれぞれの私兵を引き連れて、続々と集結し始めた。

彼らは皆、辺境伯の威光に逆らえない小物たちだった。内心では奇跡を起こすという噂の教団との戦いを恐れてはいたが、それ以上に、強大な辺境伯の不興を買うことと、目の前にぶら下げられた「富」という餌に抗うことができなかった。

「これは帝国のための聖戦である!」
辺境伯は集まった貴族たちの前で高らかに演説した。
「我らが力を合わせれば、田舎者のカルトなど赤子の手をひねるも同然! 勝利の暁には、諸君らの働きに必ずや報いよう!」

「「おおーっ!」」

貴族たちは表面上は勇ましい歓声を上げた。しかし、その目は互いに牽制し合い、戦の後の分け前を計算する卑しい光で濁っていた。彼らの結束は、あまりにも脆い砂上の楼閣だった。

こうして、総勢三千に及ぶ「第一次討伐連合軍」が結成された。辺境伯は自らが率いる千の精兵を中核としたこの軍勢を前に、勝利を確信していた。

その頃、救世教団の司令部では。
リリスが、淡々とした口調で辺境伯の動きを報告していた。

「――以上です。グライム辺境伯は近隣貴族を唆し、討伐軍を結成。その数、およそ三千。三日後には、我らが教団領の境界線に到達する見込みです」

部屋の空気は張り詰めていた。
「三千だと……!?」カイエンが呻くように言った。「我らが動員できる兵力は、騎士団と義勇兵を合わせても千がやっと。三倍の兵力差だ。まともにぶつかれば勝ち目はないぞ……!」

「ユズル様……!」アリアは不安げな目で俺を見つめた。信者たちの間にも、帝国の正規軍(実際は地方貴族の寄せ集めだが)が攻めてくるという噂が広まり、動揺が走り始めている。

幹部たちが深刻な顔で議論を交わす中、俺はと言えば。

(ああ、ついに来たか……)

という、諦めの境地だった。いつかこうなることは分かっていた。俺のささやかな平穏は、ついに戦争という最も面倒くさい形で終わりを告げようとしているのだ。

俺は窓の外に広がる青空を眺めていた。もう、どうにでもなれ。どうせ俺にできることなど何もないのだから。

そんな俺の諦観に満ちた姿を、リリスはじっと観察していた。やがて、彼女はふっと妖艶な笑みを浮かべた。その瞳には、一切の動揺も恐怖もなかった。

「皆様、ご心配には及びません」
リリスの声は、不安に満ちた部屋の中で鈴のように涼やかに響いた。

「確かに敵の数は我らの三倍。ですが、それは三千の兵士が一人の将軍の下に結束している場合の話です」
彼女は、集まった貴族たちの名前が記されたリストを、指先で軽やかに弾いた。

「このリストをご覧ください。欲深く、互いに猜疑心を抱き、そして何より、辺境伯に無理やり従わされているだけの烏合の衆。このような脆い結束で固められた軍隊ほど、崩しやすいものはありませんわ」

リリスは立ち上がると、俺の方を振り返り、深く一礼した。
「教祖様。あなた様は、この戦の結末をすでにお見通しなのですね。だからこそ、我々のように慌てふためくことなく、ただ静かに空の彼方にある勝利を見据えておられる」

(いや、ただ現実逃避してるだけなんだが)

「ご安心ください。このリリス、あなた様のご期待に必ずや応えてご覧にいれます。謀略の時間ですわ」

彼女の唇に浮かんだ笑みは、これから始まる盤上のゲームを心から楽しむ、熟練のプレイヤーのそれだった。

俺は窓の外の空に浮かぶ雲を眺めながら、ただ一つ願っていた。
(早く、終わらないかな……)

俺のその願いは、リリスの謀略によって、予想よりも遥かに早く、そして劇的な形で実現することになるのだった。
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