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第80話:最後の祈り
しおりを挟む死が、そこにあった。
鋼鉄の腕が空を覆い、世界から光が消える。
もう、何もかもが終わる。
誰もがそう思った、その、最後の、0.1秒にも満たない、永遠のような時間の中で。
一人の男が、それを見ていた。
男は、名もなき、ただの義勇兵だった。
ボーフォート領で圧政に苦しみ、救世教団に救われた、ごく普通の農夫だった。
彼は、タイタンの圧倒的な力を前に、恐怖に駆られ、真っ先に逃げ出した、臆病な男だった。
彼は、帝都の城門の近く、瓦礫の陰に身を隠し、ただ震えていた。
もう戦いは終わったのだと。自分は生き延びたのだと。
そう、自分に言い聞かせながら。
だが、なぜか、彼は、その場を離れることができなかった。
何かに引き寄せられるように、彼は、戦場の中心、あの丘の上を、見つめ続けていた。
そして、彼は、見た。
仲間たちが、次々と、無力に、打ち砕かれていくのを。
カイエン様が、グレンデル将軍が、死を覚悟して、巨人に立ち向かうのを。
そして、何よりも。
――自分たちの神が、あの玉座の上で、微動だにしていないのを。
(……なぜだ?)
男の、恐怖に支配されていた脳裏に、素朴な、しかし、根源的な、問いが、浮かび上がった。
(なぜ、教祖様は、逃げられないのだ?)
あの方は、神なのだ。
枯れた大地に水を湧かせ、病を癒し、森を浄化し、人の心を読み、未来を予知する。
そんな、全知全能の御方が、なぜ、あの鉄の巨人を前にして、ただ、座しておられるだけなのだ。
逃げられないはずがない。
負けるはずがない。
なのに、なぜ。
男は、必死に、考えた。
恐怖で麻痺した頭を、必死に、回転させた。
そして、彼は、一つの、あまりにも、突飛で、しかし、彼にとっては、唯一の、答えに、たどり着いた。
(……まさか)
男の全身に、雷が落ちたかのような、衝撃が、走った。
(教祖様は、逃げられないのではない。……『逃げない』のだ)
(我々を……この、臆病で、不信心な、我々を、見捨てることなく、最後の最後まで、ここで、待っていてくださるのだ……!)
そうだ。
神は、我々を見捨てたのではなかった。
我々が、神を見捨てて、逃げ出したのだ。
あの『嘆きの平原』の戦いでも、そうだった。
我々が絶望した時、教祖様は、ただ、静かに、我々の信仰が、再び燃え上がるのを、待っていてくださった。
今回も、同じなのだ。
これは、試練なのだ。
これまでで、最大で、そして、最後の、神からの、試練。
この、絶対的な、絶望を、前にしても、なお。
我らが、神を、信じ続けられるのか、どうかを。
「……ああ」
男の目から、涙が、溢れ出した。
それは、恐怖の涙ではなかった。
自らの、あまりにも、浅はかで、愚かな、不信心を、恥じる、悔恨の涙。
そして、それでもなお、自分たちを見捨てない、神への、感謝の涙だった。
鋼鉄の腕が、まさに、丘の上の全てを、粉砕しようとしていた。
もう、時間がない。
男は、震える足で、立ち上がった。
そして、自らの、人生の、全てを、振り絞るかのように、叫んだ。
その声は、決して、大きくはなかった。
だが、それは、絶望の静寂に包まれた戦場で、不思議なほど、遠くまで、響き渡った。
「――教祖様は、まだ、諦めてはおられないぞ!!!!」
その叫びを、聞いた。
同じように、瓦礫の陰で、震えていた、他の、敗残兵たちが。
彼らの足が、ぴたりと、止まった。
そして、彼らもまた、男と同じように、丘の上を、振り返った。
神は、まだ、そこに、おられた。
我らを、待っていて、くださった。
希望の光が、灯った。
絶望の、最も、深い、闇の、底で。
最後の、最後の、瞬間に。
あまりにも、か細く、しかし、決して、消えることのない、小さな、小さな、希望の、光が。
それが、この後、世界そのものを、ひっくり返す、巨大な、奇跡の、狼煙と、なることを。
まだ、誰も、知らなかった。
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