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第一話 地質オタクと進化する大地
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「――つまり、フォッサマグナの成因を正しく理解するためには、約一千五百万年前に起こった伊豆・小笠原弧の衝突イベント、特に丹沢地塊の形成過程を無視することはできません。この大規模な地殻変動が、本州中央部を南北に分断する巨大な地溝帯を生み出した根本的な要因であり、それが後の日本列島の地形形成に与えた影響は……」
「わ、わかった。もういい、石動君。君の熱意は十分に伝わった」
壮年の教授はこめかみを押さえながら、疲れたように僕、石動 陸(いするぎ りく)の言葉を遮った。
大学院、地質学研究室。僕の周囲には、いくつもの地層図や岩石標本、そして夥しい数の専門書が山のように積み上がっている。ここは僕にとって、世界で最も落ち着ける場所、いわば聖域だ。しかし、その聖域ですら、時として僕を孤立させる。
今もそうだ。卒業論文のテーマについて相談していたはずが、いつの間にか僕一人の独演会になっていた。僕の言葉が熱を帯びるほど、教授の目の光は失われ、周囲で作業をしていたはずの他の院生たちは、そっと距離を取って息を潜めている。凍りついたような沈黙が、重く研究室に垂れ込めていた。
「……すみません。また、少し夢中になりすぎて」
「いや……君の知識の深さは認める。だが、論文というのは、一つのテーマを深く、鋭く掘り下げるものだ。日本列島まるごと、では範囲が広すぎる。もう少し、テーマを絞りなさい。例えば、君が今言った丹沢地塊の石英閃緑岩の貫入年代について、とか」
「ですが教授! その石英閃緑岩は、フィリピン海プレートの沈み込みに伴うマグマ活動の産物です。その起源を語るには、どうしても広域的なプレートテクトニクスの視点が必要不可欠でして、具体的には……」
「石動君」
低く、有無を言わせぬ声。僕はハッとして口をつぐんだ。教授は深いため息をつくと、僕の肩をポンと叩いた。
「今日はもう帰りなさい。頭を冷やして、もう一度構成を練り直すんだ。いいね?」
それは、労りの言葉を装った、事実上の退室勧告だった。
研究室のドアを静かに閉めると、中から安堵のため息のようなものが聞こえた気がした。僕は自嘲気味に口元を歪める。いつものことだ。
石動陸、二十四歳。大学院で地質学を専攻する、どこにでもいる(と自分では思っている)青年だ。ただ一つ、普通と違う点があるとするなら、それは地質学に対する愛情が常軌を逸していることだろう。
物心ついた頃から、僕は石が好きだった。河原に転がる丸い石、神社の境内に鎮座する苔むした巨石、博物館に展示された、虹色に輝く鉱石。他の子供がおもちゃやゲームに夢中になる中、僕は地元の地質図を片手に、化石や珍しい岩石を探して野山を駆け回っていた。
この道に進んだのは必然だった。大学でも大学院でも、僕は水を得た魚のように研究に没頭した。何億年、何千万年という途方もない時間をかけて大地が織りなしてきた壮大なドラマ。プレートがぶつかり合い、山脈が隆起し、火山が噴火し、川が大地を削り、氷河が地形を創り変える。その痕跡が、足元の地層や岩石一つ一つに刻まれている。その声なき声に耳を澄まし、太古の地球の姿を解き明かすこと以上に面白いことなど、僕には考えられなかった。
だが、その情熱は、社会ではほとんど役に立たない。いや、正確に言えば、理解されない。
合コンに誘われれば、ついデートで行きたい地層スポットの話をしてしまい、女性陣にドン引きされる。友人との旅行では、景勝地の成り立ちを延々と解説してしまい、気づけば誰も僕の話を聞いていない。研究室ですら、この有様だ。
別に、誰かを困らせたいわけじゃない。ただ、自分が面白いと思うことを共有したいだけなのだ。この感動を、誰かに伝えたいだけなのだ。しかし、その思いはいつも空回りし、僕の周りには見えない壁が築かれていく。
「はぁ……」
重い足取りで、大学から徒歩十五分のアパートへ向かう。すっかり日の暮れた道すがら、街灯に照らされたアスファルトのひび割れが目に入った。
(……このパターンは、凍上現象によるフロスト・クラックか? いや、路盤の支持力が不均一なことによる不等沈下が原因かもしれない。基礎地盤のボーリングデータがあれば、もっと正確な考察ができるんだが……)
無意識に、頭の中で分析が始まっている。もう病気だ。僕は再び深いため息をつき、空を見上げた。狭いアパートの隙間から覗く夜空には、数えるほどの星しか見えない。僕のこの知識と情熱は、一体どこへ向かえばいいのだろうか。
鬱屈した気分を抱えたまま自室のドアを開け、かばんを放り投げるようにして椅子に座る。とりあえずパソコンの電源を入れると、賑やかな広告バナーが目に飛び込んできた。
『世界が震撼! 誰も体験したことのない“もう一つの現実(アース)”へ! 超大作VRMMORPG《Elysian Terra Online》、本日正式サービス開始!』
またか。最近、ネットを開けば必ずと言っていいほど目にする広告だ。フルダイブ技術を用いた五感再現。剣と魔法のファンタジー世界。自由度の高いキャラクタークリエイト。巷では大変な話題になっているらしいが、僕には縁のない世界だ。ファンタジーの世界でモンスターを倒す暇があるなら、一つでも多くの論文を読みたい。
そう思ってブラウザを閉じようとした指が、ふと止まった。広告の隅に、小さな文字で書かれたキャッチコピーが、僕の網膜に焼き付いたからだ。
『世界初の《ガイア・システム》搭載! AIが地殻変動、気候変動をシミュレートし、世界は“生き物”のように永続的に進化し続ける!』
「……地殻変動?」
思わず、声が漏れた。なんだ、それは。ゲームの世界で、地殻変動だと?
馬鹿馬鹿しい。どうせ、それっぽい雰囲気を出すための、ただの宣伝文句だろう。ランダムな地形生成に、とってつけたような名前を付けただけだ。そう高を括りながらも、僕の指は無意識のうちに公式サイトへのリンクをクリックしていた。
トップページには、屈強な戦士や優美なエルフが派手な魔法を放つ動画が流れている。いかにもなファンタジーだ。僕はそれには目もくれず、サイトマップから「テクノロジー」や「ワールドコンセプト」といった、地味なページを探し出した。
そして、僕はそこに書かれていた内容に、目を疑った。
「……地形生成アルゴリズムは、プレートテクトニクス理論をベースに構築。複数の仮想プレートを設定し、その相互作用――衝突、沈み込み、すれ違い――によって、大規模な山脈や海溝の原型を自動生成……」
「……生成された初期地形に対し、風化・侵食モデルを適用。降雨量、気温、風向データを基に、河川による侵食、氷河による削剥、風による風紋形成などをシミュレートし、リアルな微地形を再現……」
「……火山活動は、マントルプルーム理論に基づきホットスポットを仮想設定。定期的なマグマの上昇により、火山島の形成や溶岩台地の拡大といったダイナミックな地形変化が発生……」
専門用語の羅列。それは、僕が研究室で毎日向き合っている、地質学の教科書そのものだった。スクロールするマウスのホイールが、カチカチと乾いた音を立てる。心臓が、ドクン、ドクンと大きく脈打ち始めた。
嘘だろ。
冗談じゃない。ゲームに、ここまで本格的なシミュレーションを組み込むのか? 何のために? 誰がそこまで求める?
だが、僕が求めている。僕のような人間が、ここにいた。
この《Elysian Terra Online》、通称ETOは、ただのゲームではなかった。それは、開発者たちの異常なまでのこだわりによって生み出された、もう一つの「地球創成シミュレーター」だったのだ。
僕の脳裏に、ETOの広大なフィールドが広がる。プレイヤーたちがモンスターを狩り、クエストに挑むその足元で、大地は静かに、しかし確実に変動を続けている。プレートがゆっくりと動き、山がわずかに高くなり、川が岸辺を削り、新たな地層が堆積していく。
誰も、その変化に気づかないだろう。プレイヤーたちは、目の前の敵やアイテムにしか興味がない。昨日と今日で、崖の角度がコンマ一度変わったことなど、気にも留めないはずだ。
だが、僕ならわかる。僕なら、その微細な変化を読み解ける。
この世界の地質図を、俺が作りたい。
いや、俺が完成させてやる。
突如として湧き上がった、強烈な衝動。それは、これまで感じたことのない種類の、純粋な探求心と独占欲が入り混じった、熱い感情だった。現実の世界では、先人たちが何百年もかけて築き上げてきた知識の頂きを、僕らは追いかけることしかできない。だが、このETOという未開の大地ならば。まだ誰も足を踏み入れていない、まっさらなフィールドならば。
僕こそが、第一発見者になれる。
この世界の成り立ちを、誰よりも深く理解できる。
「……ははっ」
乾いた笑いが漏れた。馬鹿げている。ゲームの世界に、何をそんなに熱くなっているんだ。だが、胸の高鳴りは収まらない。教授に言われた「頭を冷やせ」という言葉は、既に脳の彼方に吹き飛んでいた。
僕は、ほとんど無意識のうちにショッピングサイトを開き、「フルダイブシステム ETO推奨モデル」を検索していた。表示された価格に一瞬息を呑む。大学院生が気軽に出せる金額ではない。研究用の書籍代や学会参加費のために、必死で切り詰めてきた生活費が頭をよぎる。
一瞬の躊躇。だが、僕の指は、迷いなく「カートに入れる」ボタンをクリックし、そのまま購入手続きを完了させていた。
後悔は、なかった。むしろ、全財産をはたいて未知の化石フィールドの採掘権を買ったような、凄まじい高揚感が全身を駆け巡っていた。
数日後。アパートに、巨大な段ボール箱が届いた。待ちに待ったフルダイブシステムだ。僕は子供のように逸る心を抑え、丁寧に箱を開封していく。現れたのは、近未来的なデザインの白いヘッドギアと、身体にフィットする薄手のスーツだった。
説明書を読み込み、セッティングを済ませる。推奨環境であるベッドに横たわり、覚悟を決めてヘッドギアを装着した。ひんやりとした感触が、こめかみに伝わる。
視界が暗転し、静寂が訪れる。まるで深海に沈んでいくような、不思議な感覚。
【生体認証を開始します……完了。脳波パターン、シンクロ率、正常】
無機質なシステム音声が、直接頭の中に響く。
【《Elysian Terra Online》へようこそ】
【初回起動シークエンスを開始。あなたの分身となるアバターを作成してください】
目の前に、光の粒子が集まって人型を形作る。ファンタジーの世界への入り口。多くのプレイヤーが、これから始まる冒険に胸を躍らせる瞬間なのだろう。
だが、僕の目標は違う。剣でも魔法でもない。財宝でも名声でもない。
僕が求めるのは、この世界の“大地”そのものだ。
僕はヘッドギアの中で、決意を込めて呟いた。
「待っていろ、エリュシオン・テラ。お前の成り立ちの全てを、この俺が解き明かしてやる」
その言葉を合図にするかのように、視界が真っ白な光に包まれた。僕の、もう一つの人生が始まろうとしていた。
「わ、わかった。もういい、石動君。君の熱意は十分に伝わった」
壮年の教授はこめかみを押さえながら、疲れたように僕、石動 陸(いするぎ りく)の言葉を遮った。
大学院、地質学研究室。僕の周囲には、いくつもの地層図や岩石標本、そして夥しい数の専門書が山のように積み上がっている。ここは僕にとって、世界で最も落ち着ける場所、いわば聖域だ。しかし、その聖域ですら、時として僕を孤立させる。
今もそうだ。卒業論文のテーマについて相談していたはずが、いつの間にか僕一人の独演会になっていた。僕の言葉が熱を帯びるほど、教授の目の光は失われ、周囲で作業をしていたはずの他の院生たちは、そっと距離を取って息を潜めている。凍りついたような沈黙が、重く研究室に垂れ込めていた。
「……すみません。また、少し夢中になりすぎて」
「いや……君の知識の深さは認める。だが、論文というのは、一つのテーマを深く、鋭く掘り下げるものだ。日本列島まるごと、では範囲が広すぎる。もう少し、テーマを絞りなさい。例えば、君が今言った丹沢地塊の石英閃緑岩の貫入年代について、とか」
「ですが教授! その石英閃緑岩は、フィリピン海プレートの沈み込みに伴うマグマ活動の産物です。その起源を語るには、どうしても広域的なプレートテクトニクスの視点が必要不可欠でして、具体的には……」
「石動君」
低く、有無を言わせぬ声。僕はハッとして口をつぐんだ。教授は深いため息をつくと、僕の肩をポンと叩いた。
「今日はもう帰りなさい。頭を冷やして、もう一度構成を練り直すんだ。いいね?」
それは、労りの言葉を装った、事実上の退室勧告だった。
研究室のドアを静かに閉めると、中から安堵のため息のようなものが聞こえた気がした。僕は自嘲気味に口元を歪める。いつものことだ。
石動陸、二十四歳。大学院で地質学を専攻する、どこにでもいる(と自分では思っている)青年だ。ただ一つ、普通と違う点があるとするなら、それは地質学に対する愛情が常軌を逸していることだろう。
物心ついた頃から、僕は石が好きだった。河原に転がる丸い石、神社の境内に鎮座する苔むした巨石、博物館に展示された、虹色に輝く鉱石。他の子供がおもちゃやゲームに夢中になる中、僕は地元の地質図を片手に、化石や珍しい岩石を探して野山を駆け回っていた。
この道に進んだのは必然だった。大学でも大学院でも、僕は水を得た魚のように研究に没頭した。何億年、何千万年という途方もない時間をかけて大地が織りなしてきた壮大なドラマ。プレートがぶつかり合い、山脈が隆起し、火山が噴火し、川が大地を削り、氷河が地形を創り変える。その痕跡が、足元の地層や岩石一つ一つに刻まれている。その声なき声に耳を澄まし、太古の地球の姿を解き明かすこと以上に面白いことなど、僕には考えられなかった。
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「はぁ……」
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無意識に、頭の中で分析が始まっている。もう病気だ。僕は再び深いため息をつき、空を見上げた。狭いアパートの隙間から覗く夜空には、数えるほどの星しか見えない。僕のこの知識と情熱は、一体どこへ向かえばいいのだろうか。
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「……地殻変動?」
思わず、声が漏れた。なんだ、それは。ゲームの世界で、地殻変動だと?
馬鹿馬鹿しい。どうせ、それっぽい雰囲気を出すための、ただの宣伝文句だろう。ランダムな地形生成に、とってつけたような名前を付けただけだ。そう高を括りながらも、僕の指は無意識のうちに公式サイトへのリンクをクリックしていた。
トップページには、屈強な戦士や優美なエルフが派手な魔法を放つ動画が流れている。いかにもなファンタジーだ。僕はそれには目もくれず、サイトマップから「テクノロジー」や「ワールドコンセプト」といった、地味なページを探し出した。
そして、僕はそこに書かれていた内容に、目を疑った。
「……地形生成アルゴリズムは、プレートテクトニクス理論をベースに構築。複数の仮想プレートを設定し、その相互作用――衝突、沈み込み、すれ違い――によって、大規模な山脈や海溝の原型を自動生成……」
「……生成された初期地形に対し、風化・侵食モデルを適用。降雨量、気温、風向データを基に、河川による侵食、氷河による削剥、風による風紋形成などをシミュレートし、リアルな微地形を再現……」
「……火山活動は、マントルプルーム理論に基づきホットスポットを仮想設定。定期的なマグマの上昇により、火山島の形成や溶岩台地の拡大といったダイナミックな地形変化が発生……」
専門用語の羅列。それは、僕が研究室で毎日向き合っている、地質学の教科書そのものだった。スクロールするマウスのホイールが、カチカチと乾いた音を立てる。心臓が、ドクン、ドクンと大きく脈打ち始めた。
嘘だろ。
冗談じゃない。ゲームに、ここまで本格的なシミュレーションを組み込むのか? 何のために? 誰がそこまで求める?
だが、僕が求めている。僕のような人間が、ここにいた。
この《Elysian Terra Online》、通称ETOは、ただのゲームではなかった。それは、開発者たちの異常なまでのこだわりによって生み出された、もう一つの「地球創成シミュレーター」だったのだ。
僕の脳裏に、ETOの広大なフィールドが広がる。プレイヤーたちがモンスターを狩り、クエストに挑むその足元で、大地は静かに、しかし確実に変動を続けている。プレートがゆっくりと動き、山がわずかに高くなり、川が岸辺を削り、新たな地層が堆積していく。
誰も、その変化に気づかないだろう。プレイヤーたちは、目の前の敵やアイテムにしか興味がない。昨日と今日で、崖の角度がコンマ一度変わったことなど、気にも留めないはずだ。
だが、僕ならわかる。僕なら、その微細な変化を読み解ける。
この世界の地質図を、俺が作りたい。
いや、俺が完成させてやる。
突如として湧き上がった、強烈な衝動。それは、これまで感じたことのない種類の、純粋な探求心と独占欲が入り混じった、熱い感情だった。現実の世界では、先人たちが何百年もかけて築き上げてきた知識の頂きを、僕らは追いかけることしかできない。だが、このETOという未開の大地ならば。まだ誰も足を踏み入れていない、まっさらなフィールドならば。
僕こそが、第一発見者になれる。
この世界の成り立ちを、誰よりも深く理解できる。
「……ははっ」
乾いた笑いが漏れた。馬鹿げている。ゲームの世界に、何をそんなに熱くなっているんだ。だが、胸の高鳴りは収まらない。教授に言われた「頭を冷やせ」という言葉は、既に脳の彼方に吹き飛んでいた。
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視界が暗転し、静寂が訪れる。まるで深海に沈んでいくような、不思議な感覚。
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だが、僕の目標は違う。剣でも魔法でもない。財宝でも名声でもない。
僕が求めるのは、この世界の“大地”そのものだ。
僕はヘッドギアの中で、決意を込めて呟いた。
「待っていろ、エリュシオン・テラ。お前の成り立ちの全てを、この俺が解き明かしてやる」
その言葉を合図にするかのように、視界が真っ白な光に包まれた。僕の、もう一つの人生が始まろうとしていた。
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