2 / 80
第二話 誰も選ばない職業
しおりを挟む
真っ白な光が収まると、僕は無限とも思える広さの、白亜の空間に立っていた。床も壁も天井もなく、ただただ純白が広がっている。目の前には、ぼんやりと光る人型のシルエットが浮かんでいた。僕の分身、アバターの原型らしい。
【アバタークリエイトを開始します。あなたの望む姿を構築してください】
システム音声のガイドに従い、目の前のウィンドウを操作していく。髪型、瞳の色、体格、身長。パラメータは恐ろしく細かく、その気になれば現実の自分と寸分違わぬ姿から、伝説の英雄のような美丈夫まで、自由に創り出せるようだった。周りからは、時折「うひょー! この金髪ツインテ最高!」「俺は断然、銀髪クール系でいくぜ!」といった、他のプレイヤーたちの思念の声のようなものが聞こえてくる。皆、この世界の新たな顔を作るのに夢中のようだ。
しかし、僕にとって外見は二の次、三の次だった。主な活動は野山を駆け巡るフィールドワークになるだろう。動きやすければ、それでいい。僕は現実の自分とほぼ同じ、黒髪で中肉中背の、どこにでもいる青年の姿をざっと作り上げると、すぐに「決定」ボタンを押した。どうせヘルメットや帽子を被ることになるだろうし、泥だらけになるのがオチだ。こだわるだけ無駄というものだ。
アバター名も、本名の陸から取ってシンプルに「リク」とだけ入力した。
【アバター名『リク』。登録しました】
【次に、あなたの職業(クラス)を選択してください】
来たか。僕がこのゲームを始めた、最大の理由。
目の前に、光り輝く職業選択のパネルがずらりと並んだ。
一番左端、最も大きく表示されているのは【戦士(ウォリアー)】。屈強な鎧を纏った男が、巨大な剣を振りかざしている。説明文には「卓越した武勇で敵を薙ぎ払う、パーティーの主戦力」とある。いかにも王道だ。
その隣には【魔法使い(メイジ)】。ローブを纏った女性が、杖の先から業火を放っている。「森羅万象の理を操り、圧倒的な火力で敵を殲滅する」か。これもまた、ファンタジーの華形だろう。
他にも、聖なる光で仲間を癒す【僧侶(プリースト)】、影に潜み敵の急所を突く【盗賊(シーフ)】、弓矢で遠距離から敵を射抜く【狩人(ハンター)】。それぞれが派手なエフェクトと共に紹介されており、見る者の心を昂らせるのに十分な魅力を持っていた。
周囲の思念の声も、興奮に満ちている。
「やっぱ火力最強の魔法使いっしょ!」
「いや、ソロで動くなら盗賊の隠密スキルは必須だろ」
「タンク職の騎士(ナイト)が一番モテるってベータ版で聞いたぞ!」
誰もが、いかに効率よく敵を倒し、強くなるかという一点に集中している。当然の反応だ。これはそういうゲームなのだから。
だが、僕の心は微動だにしなかった。僕が求めるのは戦闘能力ではない。大地を識る力だ。
僕は戦闘職のリストには目もくれず、パネルをどんどん右へとスクロールさせていく。やがて、「生産職」というカテゴリにたどり着いた。
【鍛冶師(ブラックスミス)】:鉱石から武器や防具を精製する職人。
【錬金術師(アルケミスト)】:様々な素材を調合し、ポーションや魔道具を生み出す探求者。
【木工師(ウッドワーカー)】:木材を加工し、杖や弓、家具などを作る職人。
【裁縫師(テイラー)】:布や皮を使い、高性能な防具や装飾品を仕立てる専門家。
なるほど、生産職も多岐にわたるようだ。鍛冶師は鉱石を扱うという点で少しだけ興味を引かれたが、それはあくまで「素材」としての扱いに過ぎない。僕が知りたいのは、その鉱石がどうやって生成されたか、という根源的な部分だ。
僕はさらにリストをスクロールした。華やかな生産職が並ぶリストの一番下。まるで忘れ去られたかのように、一つだけポツンと、くすんだ色合いの職業パネルが存在していた。
【地質学者(ジオロジスト)】
「……あった」
思わず、声が出た。心臓が早鐘を打つ。これだ。このために、僕はここに来たんだ。
震える指で、そのパネルをタップする。詳細な情報が表示された。
====================
【職業名】:地質学者(ジオロジスト)
【職業タイプ】:特殊生産職
【概要】:世界の成り立ちを探求する者。戦闘能力は皆無に等しいが、大地に関する深い知識を持つ。大地に刻まれた情報を読み解き、その秘密を明らかにすることが主な役割となる。極める者は、世界の理の一端に触れることもあるという。
【初期スキル】
・《鑑定Lv.1》:鉱石、岩石、地層などの情報を読み解く。
・《測量Lv.1》:地形の高度や傾斜、方角などを正確に測定する。
・《サンプル採取Lv.1》:調査対象となるサンプルを、劣化させずに採取する。
【初期装備】
・ボロボロのつるはし
・傷だらけのルーペ
・革のノートとペン
====================
……地味だ。あまりにも地味すぎる。
他の職業が剣や杖、派手な魔法を手にしているというのに、僕に与えられるのはつるはしと虫眼鏡。スキルも、直接的な利益に結びつくものが何一つない。これでは、序盤の雑魚モンスターであるスライム一匹倒すことすらおぼつかないだろう。
案の定、僕の選択肢に気づいたらしい周囲の思念が、ざわめき始める。
「え、地質学者? なにそれ?」
「スキルやばw 戦闘スキルゼロじゃん」
「完全に外れ職だろ……選ぶやついるのか、これ」
「うわ、初期装備つるはしってwww ネタ職にもほどがあるだろwww」
嘲笑と侮蔑。まるで研究室での日常を再現したかのようだ。もし僕が普通のプレイヤーなら、ここで心を折られて無難な戦闘職を選び直していただろう。
だが、僕の反応は正反対だった。
「素晴らしい……完璧だ……!」
僕は、歓喜に打ち震えていた。
鑑定、測量、サンプル採取。これぞ地質調査の三種の神器ではないか。ゲームシステムが、僕のやりたいことを完全にサポートしてくれている。戦闘能力がない? そんなものはどうでもいい。僕の敵はモンスターではない。この世界の広大な大地そのものなのだから。
【警告:職業【地質学者】は、戦闘行為に極めて不向きです。パーティーへの貢献も難しく、単独での活動は多大な困難を伴います。本当によろしいですか?】
システムからの最後の確認。まるで僕を思いとどまらせようとするかのようだ。
「もちろんだ」
僕は一切の迷いなく、力強く「はい」を選択した。
【職業【地質学者】を選択しました。あなたの旅に、大地の祝福があらんことを】
その言葉を最後に、僕の意識は再び真っ白な光に吸い込まれていった。
次に目を開けた時、僕の鼻腔をくすぐったのは、むっとするような人の熱気と、焼きたてのパンの香ばしい匂い、そして微かな家畜の匂いが混じり合った、生命感あふれる雑踏の匂いだった。
「うわぁ……すげぇ……」
目の前に広がっていたのは、まさに中世ヨーロッパのファンタジー世界を具現化したかのような光景だった。石畳が敷き詰められた広場。その周囲には、木組みと漆喰でできた趣のある建物が立ち並び、獣人やエルフといった、現実ではありえない種族が当たり前のように行き交っている。活気のある声、軽快な音楽、どこからか聞こえる鍛冶の音。五感の全てが、ここが「もう一つの現実」であることを告げていた。
ここが、ETOの始まりの街《アルトス・ゲート》か。
広場の中央には巨大な噴水があり、そこを中心に、僕と同じようにゲームを始めたばかりであろうプレイヤーたちが、興奮した様子で騒いでいる。
「うおお! 本当にゲームの世界に入った!」
「とりあえずクエスト受けに行こうぜ! NPCはどいつだ?」
「俺、そこの武器屋見てくる!」
皆、目を輝かせながら、それぞれの冒険へと駆け出していく。その誰もが、上へ、前へと視線を向けている。
だが、僕の視線は、自然と下へ、足元へと向いていた。
「この石畳……見事な切石舗装だ。材質は……」
僕はその場にしゃがみ込み、他のプレイヤーの往来も気にせず、石畳をじっと見つめた。表面はざらりとしており、灰色の基質の中に、白い長石の粒と、黒く輝く雲母の結晶が散りばめられている。花崗岩だ。それも、結晶の粒が比較的大きいから、地下の深い場所でゆっくりと冷え固まった深成岩だろう。
僕は早速、覚えたてのスキルを試してみることにした。
「スキル、《鑑定》」
心の中でそう命じると、目の前の石畳に、半透明のウィンドウが浮かび上がった。
【名称】:アルトス産花崗岩
【種別】:岩石(火成岩・深成岩)
【推定年代】:約2500万年前
【構成鉱物】:石英、カリ長石、斜長石、黒雲母、角閃石
【産地】:アルトス北方に広がる『グレイロック山脈』
【詳細】:グレイロック山脈を構成する基盤岩。マグマが地下深部で冷却固結したことにより形成された。緻密で硬質なため、建材として広く利用されている。
「……は、はは」
笑いが込み上げてくるのを止められなかった。すごい。すごすぎる。
岩石名だけでなく、推定年代や構成鉱物、さらには産地まで示してくれるのか。これだけの情報があれば、この世界の地史を編纂することだって夢じゃない。
僕は夢中で、鑑定を続けた。広場の噴水に使われているのは、白く美しい結晶質石灰岩――大理石だ。これは、かつてこの地が温暖な浅い海で、サンゴや有孔虫などの生物の死骸が堆積してできた石灰岩が、後の地殻変動による熱や圧力で再結晶化したものだろう。
街を囲む城壁は、より荒々しい安山岩のブロックが積み上げられている。これは火山岩だ。近くに火山があった証拠に他ならない。
石畳の花崗岩、噴水の大理石、城壁の安山岩。
たったこれだけの情報から、この《アルトス・ゲート》周辺の地質学的背景が、おぼろげながら見えてくる。
――かつてこの地は温暖な海だった。そこで石灰岩が堆積する。
――その後、プレートの沈み込みか何かで火山活動が活発化し、安山岩質の火山が形成される。
――そして、その地下深くでは、巨大なマグマだまりがゆっくりと冷え固まり、広大な花崗岩の岩体を形成した。
――永い年月をかけた隆起と侵食の末、それらの多様な岩石が地表に露出し、人々はそれを建材として利用するようになった……。
足元の石ころ一つから、何千万年という壮大な大地のドラマを読み解く。これこそが、地質学の醍醐味だ。
「おい、見ろよあいつ。地面に蹲って、何やってんだ?」
「さっきから石ころ撫でたりニヤニヤしたり……やべーやつじゃん」
通りすがりのプレイヤーたちが、奇異の目で僕を見ている。だが、そんな視線は全く気にならなかった。僕の心は、純粋な喜悦と探求心で満たされていた。
この選択は、間違いなく正しかった。
僕はすっくと立ち上がると、賑やかな街の中心部には背を向け、街の出口へと向かって歩き出した。武器も防具もポーションもない。あるのは、腰にぶら下げたつるはしとルーペ、そして無限の好奇心だけだ。
まずは、城壁の外に広がるフィールドに出てみよう。そして、この『グレイロック山脈』の麓から調査を始め、このエリアの地質図を、この手で一から作り上げてやる。それが、この世界における僕の冒険の第一歩だ。
胸の高鳴りは、最高潮に達していた。
大地よ、待っていろ。お前の全てを、僕が暴いてみせる。
【アバタークリエイトを開始します。あなたの望む姿を構築してください】
システム音声のガイドに従い、目の前のウィンドウを操作していく。髪型、瞳の色、体格、身長。パラメータは恐ろしく細かく、その気になれば現実の自分と寸分違わぬ姿から、伝説の英雄のような美丈夫まで、自由に創り出せるようだった。周りからは、時折「うひょー! この金髪ツインテ最高!」「俺は断然、銀髪クール系でいくぜ!」といった、他のプレイヤーたちの思念の声のようなものが聞こえてくる。皆、この世界の新たな顔を作るのに夢中のようだ。
しかし、僕にとって外見は二の次、三の次だった。主な活動は野山を駆け巡るフィールドワークになるだろう。動きやすければ、それでいい。僕は現実の自分とほぼ同じ、黒髪で中肉中背の、どこにでもいる青年の姿をざっと作り上げると、すぐに「決定」ボタンを押した。どうせヘルメットや帽子を被ることになるだろうし、泥だらけになるのがオチだ。こだわるだけ無駄というものだ。
アバター名も、本名の陸から取ってシンプルに「リク」とだけ入力した。
【アバター名『リク』。登録しました】
【次に、あなたの職業(クラス)を選択してください】
来たか。僕がこのゲームを始めた、最大の理由。
目の前に、光り輝く職業選択のパネルがずらりと並んだ。
一番左端、最も大きく表示されているのは【戦士(ウォリアー)】。屈強な鎧を纏った男が、巨大な剣を振りかざしている。説明文には「卓越した武勇で敵を薙ぎ払う、パーティーの主戦力」とある。いかにも王道だ。
その隣には【魔法使い(メイジ)】。ローブを纏った女性が、杖の先から業火を放っている。「森羅万象の理を操り、圧倒的な火力で敵を殲滅する」か。これもまた、ファンタジーの華形だろう。
他にも、聖なる光で仲間を癒す【僧侶(プリースト)】、影に潜み敵の急所を突く【盗賊(シーフ)】、弓矢で遠距離から敵を射抜く【狩人(ハンター)】。それぞれが派手なエフェクトと共に紹介されており、見る者の心を昂らせるのに十分な魅力を持っていた。
周囲の思念の声も、興奮に満ちている。
「やっぱ火力最強の魔法使いっしょ!」
「いや、ソロで動くなら盗賊の隠密スキルは必須だろ」
「タンク職の騎士(ナイト)が一番モテるってベータ版で聞いたぞ!」
誰もが、いかに効率よく敵を倒し、強くなるかという一点に集中している。当然の反応だ。これはそういうゲームなのだから。
だが、僕の心は微動だにしなかった。僕が求めるのは戦闘能力ではない。大地を識る力だ。
僕は戦闘職のリストには目もくれず、パネルをどんどん右へとスクロールさせていく。やがて、「生産職」というカテゴリにたどり着いた。
【鍛冶師(ブラックスミス)】:鉱石から武器や防具を精製する職人。
【錬金術師(アルケミスト)】:様々な素材を調合し、ポーションや魔道具を生み出す探求者。
【木工師(ウッドワーカー)】:木材を加工し、杖や弓、家具などを作る職人。
【裁縫師(テイラー)】:布や皮を使い、高性能な防具や装飾品を仕立てる専門家。
なるほど、生産職も多岐にわたるようだ。鍛冶師は鉱石を扱うという点で少しだけ興味を引かれたが、それはあくまで「素材」としての扱いに過ぎない。僕が知りたいのは、その鉱石がどうやって生成されたか、という根源的な部分だ。
僕はさらにリストをスクロールした。華やかな生産職が並ぶリストの一番下。まるで忘れ去られたかのように、一つだけポツンと、くすんだ色合いの職業パネルが存在していた。
【地質学者(ジオロジスト)】
「……あった」
思わず、声が出た。心臓が早鐘を打つ。これだ。このために、僕はここに来たんだ。
震える指で、そのパネルをタップする。詳細な情報が表示された。
====================
【職業名】:地質学者(ジオロジスト)
【職業タイプ】:特殊生産職
【概要】:世界の成り立ちを探求する者。戦闘能力は皆無に等しいが、大地に関する深い知識を持つ。大地に刻まれた情報を読み解き、その秘密を明らかにすることが主な役割となる。極める者は、世界の理の一端に触れることもあるという。
【初期スキル】
・《鑑定Lv.1》:鉱石、岩石、地層などの情報を読み解く。
・《測量Lv.1》:地形の高度や傾斜、方角などを正確に測定する。
・《サンプル採取Lv.1》:調査対象となるサンプルを、劣化させずに採取する。
【初期装備】
・ボロボロのつるはし
・傷だらけのルーペ
・革のノートとペン
====================
……地味だ。あまりにも地味すぎる。
他の職業が剣や杖、派手な魔法を手にしているというのに、僕に与えられるのはつるはしと虫眼鏡。スキルも、直接的な利益に結びつくものが何一つない。これでは、序盤の雑魚モンスターであるスライム一匹倒すことすらおぼつかないだろう。
案の定、僕の選択肢に気づいたらしい周囲の思念が、ざわめき始める。
「え、地質学者? なにそれ?」
「スキルやばw 戦闘スキルゼロじゃん」
「完全に外れ職だろ……選ぶやついるのか、これ」
「うわ、初期装備つるはしってwww ネタ職にもほどがあるだろwww」
嘲笑と侮蔑。まるで研究室での日常を再現したかのようだ。もし僕が普通のプレイヤーなら、ここで心を折られて無難な戦闘職を選び直していただろう。
だが、僕の反応は正反対だった。
「素晴らしい……完璧だ……!」
僕は、歓喜に打ち震えていた。
鑑定、測量、サンプル採取。これぞ地質調査の三種の神器ではないか。ゲームシステムが、僕のやりたいことを完全にサポートしてくれている。戦闘能力がない? そんなものはどうでもいい。僕の敵はモンスターではない。この世界の広大な大地そのものなのだから。
【警告:職業【地質学者】は、戦闘行為に極めて不向きです。パーティーへの貢献も難しく、単独での活動は多大な困難を伴います。本当によろしいですか?】
システムからの最後の確認。まるで僕を思いとどまらせようとするかのようだ。
「もちろんだ」
僕は一切の迷いなく、力強く「はい」を選択した。
【職業【地質学者】を選択しました。あなたの旅に、大地の祝福があらんことを】
その言葉を最後に、僕の意識は再び真っ白な光に吸い込まれていった。
次に目を開けた時、僕の鼻腔をくすぐったのは、むっとするような人の熱気と、焼きたてのパンの香ばしい匂い、そして微かな家畜の匂いが混じり合った、生命感あふれる雑踏の匂いだった。
「うわぁ……すげぇ……」
目の前に広がっていたのは、まさに中世ヨーロッパのファンタジー世界を具現化したかのような光景だった。石畳が敷き詰められた広場。その周囲には、木組みと漆喰でできた趣のある建物が立ち並び、獣人やエルフといった、現実ではありえない種族が当たり前のように行き交っている。活気のある声、軽快な音楽、どこからか聞こえる鍛冶の音。五感の全てが、ここが「もう一つの現実」であることを告げていた。
ここが、ETOの始まりの街《アルトス・ゲート》か。
広場の中央には巨大な噴水があり、そこを中心に、僕と同じようにゲームを始めたばかりであろうプレイヤーたちが、興奮した様子で騒いでいる。
「うおお! 本当にゲームの世界に入った!」
「とりあえずクエスト受けに行こうぜ! NPCはどいつだ?」
「俺、そこの武器屋見てくる!」
皆、目を輝かせながら、それぞれの冒険へと駆け出していく。その誰もが、上へ、前へと視線を向けている。
だが、僕の視線は、自然と下へ、足元へと向いていた。
「この石畳……見事な切石舗装だ。材質は……」
僕はその場にしゃがみ込み、他のプレイヤーの往来も気にせず、石畳をじっと見つめた。表面はざらりとしており、灰色の基質の中に、白い長石の粒と、黒く輝く雲母の結晶が散りばめられている。花崗岩だ。それも、結晶の粒が比較的大きいから、地下の深い場所でゆっくりと冷え固まった深成岩だろう。
僕は早速、覚えたてのスキルを試してみることにした。
「スキル、《鑑定》」
心の中でそう命じると、目の前の石畳に、半透明のウィンドウが浮かび上がった。
【名称】:アルトス産花崗岩
【種別】:岩石(火成岩・深成岩)
【推定年代】:約2500万年前
【構成鉱物】:石英、カリ長石、斜長石、黒雲母、角閃石
【産地】:アルトス北方に広がる『グレイロック山脈』
【詳細】:グレイロック山脈を構成する基盤岩。マグマが地下深部で冷却固結したことにより形成された。緻密で硬質なため、建材として広く利用されている。
「……は、はは」
笑いが込み上げてくるのを止められなかった。すごい。すごすぎる。
岩石名だけでなく、推定年代や構成鉱物、さらには産地まで示してくれるのか。これだけの情報があれば、この世界の地史を編纂することだって夢じゃない。
僕は夢中で、鑑定を続けた。広場の噴水に使われているのは、白く美しい結晶質石灰岩――大理石だ。これは、かつてこの地が温暖な浅い海で、サンゴや有孔虫などの生物の死骸が堆積してできた石灰岩が、後の地殻変動による熱や圧力で再結晶化したものだろう。
街を囲む城壁は、より荒々しい安山岩のブロックが積み上げられている。これは火山岩だ。近くに火山があった証拠に他ならない。
石畳の花崗岩、噴水の大理石、城壁の安山岩。
たったこれだけの情報から、この《アルトス・ゲート》周辺の地質学的背景が、おぼろげながら見えてくる。
――かつてこの地は温暖な海だった。そこで石灰岩が堆積する。
――その後、プレートの沈み込みか何かで火山活動が活発化し、安山岩質の火山が形成される。
――そして、その地下深くでは、巨大なマグマだまりがゆっくりと冷え固まり、広大な花崗岩の岩体を形成した。
――永い年月をかけた隆起と侵食の末、それらの多様な岩石が地表に露出し、人々はそれを建材として利用するようになった……。
足元の石ころ一つから、何千万年という壮大な大地のドラマを読み解く。これこそが、地質学の醍醐味だ。
「おい、見ろよあいつ。地面に蹲って、何やってんだ?」
「さっきから石ころ撫でたりニヤニヤしたり……やべーやつじゃん」
通りすがりのプレイヤーたちが、奇異の目で僕を見ている。だが、そんな視線は全く気にならなかった。僕の心は、純粋な喜悦と探求心で満たされていた。
この選択は、間違いなく正しかった。
僕はすっくと立ち上がると、賑やかな街の中心部には背を向け、街の出口へと向かって歩き出した。武器も防具もポーションもない。あるのは、腰にぶら下げたつるはしとルーペ、そして無限の好奇心だけだ。
まずは、城壁の外に広がるフィールドに出てみよう。そして、この『グレイロック山脈』の麓から調査を始め、このエリアの地質図を、この手で一から作り上げてやる。それが、この世界における僕の冒険の第一歩だ。
胸の高鳴りは、最高潮に達していた。
大地よ、待っていろ。お前の全てを、僕が暴いてみせる。
3
あなたにおすすめの小説
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!
枕崎 削節
ファンタジー
〔小説家になろうローファンタジーランキング日間ベストテン入り作品〕
タイトルを変更しました。旧タイトル【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】
3年間の異世界生活を経て日本に戻ってきた楢崎聡史と桜の兄妹。二人は生活の一部分に組み込まれてしまった冒険が忘れられなくてここ数年日本にも発生したダンジョンアタックを目論むが、年齢制限に壁に撥ね返されて入場を断られてしまう。ガックリと項垂れる二人に救いの手を差し伸べたのは魔法学院の学院長と名乗る人物。喜び勇んで入学したはいいものの、この学院長はとにかく無茶振りが過ぎる。異世界でも経験したことがないとんでもないミッションに次々と駆り出される兄妹。さらに二人を取り巻く周囲にも奇妙な縁で繋がった生徒がどんどん現れては学院での日常と冒険という非日常が繰り返されていく。大勢の学院生との交流の中ではぐくまれていく人間模様とバトルアクションをどうぞお楽しみください!
現実世界にダンジョンが出現したのでフライングして最強に!
おとうふ
ファンタジー
2026年、突如として世界中にダンジョンが出現した。
ダンジョン内は無尽蔵にモンスターが湧き出し、それを倒すことでレベルが上がり、ステータスが上昇するという不思議空間だった。
過去の些細な事件のトラウマを克服できないまま、不登校の引きこもりになっていた中学2年生の橘冬夜は、好奇心から自宅近くに出現したダンジョンに真っ先に足を踏み入れた。
ダンジョンとは何なのか。なぜ出現したのか。その先に何があるのか。
世界が大混乱に陥る中、何もわからないままに、冬夜はこっそりとダンジョン探索にのめり込んでいく。
やがて来る厄災の日、そんな冬夜の好奇心が多くの人の命を救うことになるのだが、それはまだ誰も知らぬことだった。
至らぬところも多いと思いますが、よろしくお願いします!
オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。
それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。
しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。
異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。
異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。
せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。
そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。
これは天啓か。
俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた
ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。
今の所、170話近くあります。
(修正していないものは1600です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる