不人気職【地質学者】で始めたら、ダンジョン構造を改変できる唯一のプレイヤーになっていた件。~掘って埋めて、ダンジョンごとボスを圧殺します~

夏見ナイ

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第十三話 灼熱の渓谷と溶岩流の渡り方

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 僕たち三人の新たな冒険は、アルトス・ゲートの北門から始まった。目的地である『灼熱の渓谷』は、ここから馬で丸一日以上かかる、険しい山岳地帯の奥深くにあるという。

 道中は、意外にも退屈しなかった。
「なあリク、そのノートには何が書いてあるんだ? 俺にもわかるように説明してくれよ!」
「これはこの辺りの地質構造の模式図です。この平野がどうやってできたかというと、約二百万年前の氷期に……」
「わー! ストップストップ! もういい! やっぱりわからん!」

 脳筋タンクのゴードンは、僕の専門分野に果敢に挑んでは、開始十秒で撃沈するというプロセスを何度も繰り返していた。その度に、僕とミモリさんは顔を見合わせて苦笑する。

「お二人とも、お昼にしませんか? お弁当、作ってきたんです!」
 昼休憩の時、ミモリさんが嬉しそうにバスケットを取り出した。僕の脳裏には、あの木炭のようなクッキーが蘇り、全身が硬直する。

「おお、ミモリの弁当か! 待ってました!」
 ゴードンは、僕の葛藤など露知らず、巨大なサンドイッチにかぶりついた。そのサンドイッチは、パンの部分が黒く焦げ、挟まれた具材は判別不能な紫色に変色していた。
「うめえ! この、なんとも言えねえ刺激的な味がクセになるぜ!」
 ゴードンは、常人には理解しがたい味覚を持っているらしい。彼のその特殊スキルのおかげで、僕が毒見役になる事態は避けられた。ミモリさんは「本当ですか!? よかったぁ!」と満面の笑みを浮かべている。このパーティーの食糧事情は、ある意味、どんな高難易度ダンジョンよりもサバイバル度が高いかもしれない。

 そんな珍道中を経て、僕たちは目的地の入り口にたどり着いた。
 景色は一変していた。緑は完全に姿を消し、ごつごつとした黒い岩肌が剥き出しになっている。地面のあちこちにある亀裂からは、白い蒸気がシューシューと音を立てて噴き出し、ツンと鼻を突く硫黄の匂いが立ち込めていた。

「うわ……熱い……」
 ミモリさんが、ローブの袖で顔を仰ぐ。足元から、じりじりと熱気が伝わってきた。

【警告:灼熱地帯に侵入しました。継続的に火属性ダメージを受けます】

 システムメッセージと共に、僕たちのHPがわずかずつ削られ始める。
「よし、任せとけ! プロテクション・フロム・ファイア!」
 ミモリさんが杖を掲げると、僕たちの身体を涼やかな光の膜が包み込んだ。HPの減少がぴたりと止まる。これが、高位ヒーラーの補助魔法か。地味だが、極めて強力で、ありがたい。

「さあ、行くぜ! この先に、火竜ってやつがいるんだろ!」
 ゴードンは巨大なタワーシールドを構え、意気揚々と渓谷へ足を踏み入れた。僕も、興奮を抑えきれずに後に続く。ここは、僕にとって巨大な実験場そのものだ。

「この黒い岩は……玄武岩だな。粘性が低く、流れやすい性質を持つマグマが固まったものだ。つまり、この火山はハワイのキラウエア火山のような、比較的穏やかな噴火をするタイプか」
 僕は早速、足元の岩石を《鑑定》し、この火山の性質を分析する。噴気孔から出るガスの成分も調べ、マグマだまりの活動が現在、非常に活発であることを確認した。僕の地質学者としての本能が、この土地は危険だが、同時に僕の能力を最大限に活かせる場所だと告げていた。

 僕たちは、狭い岩の道を慎重に進んでいく。道中、炎をまとったトカゲのようなモンスターや、溶岩でできたスライムなどが襲いかかってきたが、その全てをゴードンが一人で引き受けた。彼の鉄壁の守りの前では、モンスターたちの攻撃はほとんど意味をなさない。

「リク! ミモリ! お前らは俺の後ろから離れるなよ!」
 ゴードンは頼もしく叫び、僕とミモリさんを完璧に守ってくれる。そのおかげで、僕は安心して周囲の地質調査に専念できた。これは、想像以上に効率的な協力関係かもしれない。

 しかし、僕たちの進撃は、すぐに最初の難関によって阻まれた。
 目の前に、幅が二十メートルはあろうかという、巨大な溶岩の川が出現したのだ。深紅色の溶岩が、轟々と音を立てながら、ゆっくりと、しかし確実に流れている。その熱気は凄まじく、近づくだけで肌が焼けつくようだ。

「うわ……なんだこりゃ。こんなの、どうやって渡るんだよ」
 ゴードンが、さすがに呆然と立ち尽くす。対岸は見えているが、ここを飛び越えられるはずもない。迂回路も見当たらなかった。

「リクさん、どうしましょう……。あなたの魔法で、また橋を……」
 ミモリさんが不安そうに僕を見る。だが、相手は泥水ではない。摂氏千度を超える溶岩だ。いくら僕のスキルでも、土の橋など架けた瞬間に蒸発してしまうだろう。

「いえ、橋は架けられません。ですが……道なら、作れます」
 僕は冷静に告げると、溶岩流の周囲を注意深く観察し始めた。
 僕の視線は、溶岩そのものではなく、溶岩流の「岸辺」に注がれていた。そこには、流れの外側が冷えて固まったことで形成された、黒い壁――『溶岩堤防(ようがんていぼう)』ができていた。

「ゴードンさん、あの溶岩堤防を見てください」
 僕は、川の右岸、僕たちから見て少し下流にある一点を指さした。
「あの部分、他と比べて色が少し白っぽく、亀裂が多く入っているのがわかりますか?」
「ん? ああ、言われてみりゃ、そうだな。それがどうした?」
「あそこは、過去の噴火でできた古い溶岩堤防です。新しい溶岩の熱で、強度が著しく低下している。いわば、この川の堤防の『弱点』です」

 僕は、自分の立てた仮説を検証するため、《鑑定》スキルを集中させた。

【名称】:玄武岩質溶岩堤防(熱変成部)
【種別】:地質構造
【概要】:溶岩流の縁が冷却固化して形成された天然の堤防。
【詳細】:新しい高温の溶岩流が接触し続けたことで、再加熱され、岩石の結合が著しく脆くなっている。構造的に極めて不安定であり、わずかな衝撃で決壊する可能性が高い。

「――やはり、ビンゴです」
 僕は確信を持って、二人に向き直った。
「あの堤防の一部を破壊します。そうすれば、溶岩の流れが一時的にそちらへ逸れ、僕たちの目の前の川の水位、ならぬ『溶岩位』が下がるはずです。その隙に、対岸へ渡ります」

「なっ……! 溶岩の流れを、変えるだと!?」
 ゴードンは、僕の突拍子もない作戦に、あんぐりと口を開けた。
「そんなこと、本当にできるのか……?」
「ええ。理屈の上では、可能です」

 ミモリさんは、もはや僕のやることに疑問を挟むことなく、ただ「リクさん、すごいです……!」と、キラキラした瞳で見つめている。彼女のこの絶対的な信頼が、僕に勇気を与えてくれる。

「ゴードンさんは、万が一、溶岩があふれてきた場合に備えて、僕とミモリさんを守ってください。ミモリさんは、僕に補助魔法を」
「おう、任せろ!」
「はい、わかりました!」

 役割分担を確認すると、僕は溶岩の熱気が届くギリギリの位置まで進み出た。そして、鑑定で特定した対岸の弱点に、意識を集中させる。距離が少し遠いが、ユニークスキルなら届くはずだ。

「ユニークスキル【地形編集】――《破壊》!」

 僕のMPゲージが、一気に半分近くまで消費される。
 次の瞬間、僕が狙いを定めた対岸の溶岩堤防が、何の前触れもなく、内側から爆ぜるように崩壊した。

 ズズズズン……!

 重い地響きと共に、堤防に大きな穴が空く。
 そして、その穴を目がけて、それまでまっすぐ流れていた深紅の溶岩が、まるで巨大な滝のように、横方向へと流れを変え始めたのだ。

「おお……おおおお!」
 ゴードンが、目の前の光景を信じられないといった様子で、感嘆の声を上げる。
 彼の言う通り、本流の流れが逸れたことで、僕たちの目の前にあった溶岩の川は、見る見るうちにその量を減らしていく。やがて、川底の黒い岩盤が露出し、まだ赤熱しているものの、なんとか渡れるだけの道が、一時的に開かれた。

「今です! 渡りますよ!」
 僕の号令で、僕たちは一斉に走り出した。ゴードンが先頭に立ち、巨大な盾で熱波から僕たちを守り、僕がミモリさんの手を引いて続く。足元の岩盤はまだ熱く、HPがじりじりと削られるが、ミモリさんの回復魔法がそれを上回る速度で癒してくれた。

 完璧な連携だった。
 僕たち三人は、対岸へと無事に渡り切った。僕らが渡り終えるのを見計らったかのように、決壊した堤防が新たな溶岩で塞がれ始め、川は再び元の流れを取り戻していく。

「すげえ……本当にやりやがった……」
 ゴードンは、もはや感心を通り越して、畏怖の念を抱いているようだった。

「これが、僕の戦い方です」
 僕は静かに告げた。敵と直接戦うのではない。大地を観察し、その理を読み解き、そして、環境そのものを支配する。

 最初の難関を、僕たちは見事に突破した。
 安堵のため息をつく僕たちの前に、渓谷の奥から、新たな影が姿を現した。それは、体長が十メートルはあろうかという、巨大なトカゲの姿をしていた。その全身は燃え盛る炎に包まれ、口からは灼熱のブレスが漏れ出ている。

「火竜……いや、あれはサラマンダーの上位種、『イグニス・サラマンダー』だ!」
 ゴードンが、警戒の声を上げる。
「チッ、いきなりボスクラスのお出ましかよ!」

 イグニス・サラマンダーは、その灼熱の瞳で僕たちを捉えると、地を揺るがすような咆哮を上げた。
 僕たちの、パーティーとしての初めての実戦。その幕が、今、切って落とされようとしていた。
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