不人気職【地質学者】で始めたら、ダンジョン構造を改変できる唯一のプレイヤーになっていた件。~掘って埋めて、ダンジョンごとボスを圧殺します~

夏見ナイ

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第五章:世界の謎と王の執着

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第四十一話:勝者の静寂、敗者の胎動

 大型サーバーイベント《天空の遺跡》の終結から、数週間が過ぎた。
 あの日、僕の奇策によってイベントの舞台そのものが崩壊するという前代未聞の結末を迎えて以来、エリュシオン・テラの世界は、奇妙なほどの静けさに包まれていた。

 僕たちの拠点である《クラフトヘイム》は、以前にも増して活気に満ち溢れていた。イベントで僕たちが成し遂げた「勝利」は、この生産職の都に、巨大ギルド《絶対王権》の支配に屈しないという、大きな自信と誇りをもたらしたのだ。
 そして、その中心にいる僕たちは、今やこの街の英雄だった。

「リク殿! ちょっと見てくれ! あんたの助言通り、溶岩核の粉末を粘結材(バインダー)に使って焼結させてみたら、とんでもない硬度のセラミックができたぞ!」
「リクさん! この薬草、地質によって成分が微妙に違うみたいなんですけど、どこの土壌で育ったものが、一番薬効が高いんでしょうか?」

 僕が工房の扉を開けると、そこには毎日のように、街の職人たちが詰めかけていた。彼らは、目を輝かせながら、自らの技術的な課題や、新素材に関する疑問を、僕に投げかけてくる。
 僕の地質学や鉱物学の知識は、この物作りの都において、最高の触媒となっていた。僕が素材の特性を原子レベルで解説し、彼らがそれを職人としての経験と技術で形にする。その共同作業は、これまでにない高性能な武具や、革新的なアイテムを次々と生み出していった。

「いやー、リク工房は、もはやこの街の大学みたいなもんだな!」
 ソファでくつろいでいたゴードンが、壁に立てかけた愛用の盾【イグニス・ウォール】を眺めながら、満足げに言った。彼の盾も、バルカンと僕の手によって改良が重ねられ、今やちょっとしたアーティファクト級の性能を誇っている。
「街を歩けば、ガキどもが『ゴーレムを水責めにしたタンクだ!』って寄ってくるしよぉ。英雄ってのも、悪くねえ気分だぜ!」
 彼は、すっかりこの街の人気者だった。僕の奇策を、さも自分の手柄のように子供たちに語って聞かせているらしいが、まあ、彼が楽しそうなので、特に咎めるつもりはない。

「リクさん、ゴードンさん、おやつの時間ですよー!」
 キッチンの奥から、ミモリさんの明るい声がした。彼女が、満面の笑みで運んできたのは、二枚の皿。その上には、なにやら黒く、そして、ところどころ緑色に輝く、謎の物体が乗せられていた。
「新作の『ハーブ&ビターチョコスコーン』です! 栄養満点ですよ!」
「おお、ミモリ! いつもサンキューな!」
 ゴードンは、僕の制止を振り切り、何の疑いもなくその物体を口に放り込んだ。そして、数秒間、何かを噛みしめるように咀嚼した後、その巨体を、ぷるぷると小刻みに震わせ始めた。
「……ご、ごーどんさん?」
「……うめえ……。この、舌が痺れるような刺激と、鼻を突き抜ける、大地の香りが……たまらねえぜ……」
 彼は、涙目でそう言うと、白目をむいてソファに沈んでいった。どうやら、彼の味覚と耐久力は、新たなステージへと進化を遂げつつあるらしい。僕は、目の前の皿を、そっとテーブルの隅に押しやった。

 職人たちとの知的な交流。仲間たちとの、他愛もない日常。
 それは、僕が現実世界では決して得られなかった、温かく、そしてかけがえのない時間だった。この平穏を、守りたい。そんな思いが、僕の中に、確かな根を下ろし始めていた。

 一方、僕たちの勝利の影で、敗者となった《絶対王権》は、不気味なほどの沈黙を続けていた。
 イベント後、カイザーは一切、表舞台に姿を現していない。ギルドとしての活動も大幅に縮小され、これまで彼らが独占してきたランキングの上位も、他のギルドやプレイヤーたちによって、徐々に塗り替えられつつあった。

 サーバーの公式フォーラムでは、連日、彼らに関する憶測が飛び交っていた。

『カイザー、心が折れて引退説』
『いや、ギルド内部でクーデターが起きたらしいぞ。リクに負けたのが原因で』
『どっちにしろ、絶対王権の時代は終わったな。これからは、群雄割拠の時代の始まりだ!』

 ほとんどのプレイヤーは、絶対王者の失墜を、楽観的に受け止めていた。カイザーという巨大な蓋が外れたことで、誰もが自由に、この世界のコンテンツを楽しめるようになると、そう信じていた。
 ゴードンやミモリさんも、例外ではなかった。
「へっ、カイザーの野郎、よっぽど悔しかったんだろうな。もう、俺たちに手出しなんかできやしねえよ」
「そうですね。きっと、自分の間違いに気づいて、反省しているんですよ」

 だが、僕だけは、その楽観的な空気に、どうしても馴染むことができなかった。
 その夜。僕は一人、工房の二階の研究室で、エリュシオン・テラ全土の地質図を眺めていた。仲間たちが寝静まった後、こうして一人で大地と向き合う時間が、僕にとっては、最も落ち着く時間だった。

 しかし、その夜は、どうしても思考が、地質学から離れてしまう。
 カイザーという男。彼の、あの最後の瞳。
 プライドを完膚なきまでに砕かれ、虚無に染まった、あの瞳。
 あれが、ただの敗北を認めた者の目だろうか。

(違う)

 僕の中の、地質学者としての分析能力が、警鐘を鳴らしていた。
 大地震の前には、それまで頻発していた小さな揺れが、ぴたりと止まることがある。『静穏化』と呼ばれる、巨大なエネルギーが、プレートの境界で固着し、解放の時を待っている、嵐の前の静けさだ。
 今のサーバーの状態は、それに酷似している。

 カイザーは、決して、心が折れるような男ではない。彼は、勝利と支配への執着でできた、人間だ。そんな彼が、これほどの屈辱を受け、黙って引き下がるはずがない。
 彼は、必ず、次の手を打ってくる。
 そして、その一手は、これまでとは、全く次元の異なるものになるだろう。

(彼は、ゲームのルールの中で、僕に勝てないと悟った。正攻法も、妨害工作も、全て僕の知識と奇策の前に、意味をなさなかった。ならば……)

 僕の思考が、一つの、不吉な結論にたどり着く。

(ならば、次の一手は、ルールの『外』から来るかもしれない)

 ゲームのシステム。運営。あるいは、さらにその外側。
 僕が、決して手出しのできない領域から、攻撃を仕掛けてくる可能性。
 それは、考えすぎだろうか。ただの、被害妄想だろうか。

 僕は、窓の外に広がる、仮想世界の穏やかな夜空を見上げた。
 美しい星々が、静かに瞬いている。
 だが、僕の目には、その星空の向こう側に、巨大なプレートが、ゆっくりと、しかし確実に、歪みを蓄積させていくのが、見えているような気がした。

「……準備をしよう」

 僕は、誰に言うでもなく、静かに呟いた。
 来るべき「地殻変動」に備えて。
 どんな揺れが来ても、僕の足元が、そして、僕が守りたいと願うこの平穏が、崩れ落ちることのないように。
 僕は、ノートの新しいページを開くと、次なる調査計画と、僕のスキルをさらに応用するための、新たな理論の構築を、静かに始めた。

 勝者の工房に満ちる、穏やかな静寂。
 そして、敗者の玉座で胎動する、底知れない狂気。
 二つの静けさが交錯する夜は、ゆっくりと更けていく。この世界に、新たな、そして、より深刻な亀裂が走る、その時を、静かに待ちながら。
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