不人気職【地質学者】で始めたら、ダンジョン構造を改変できる唯一のプレイヤーになっていた件。~掘って埋めて、ダンジョンごとボスを圧殺します~

夏見ナイ

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第五十四話:世界の心臓

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 ミーム・ハザード――僕たちの心の弱さにつけ込む、見えない敵。
 それを、僕たちは、互いの絆という、揺るぎない論理で打ち破った。
 僕たちが立っていたカオスの空間から、悪意に満ちた囁き声が、潮が引くように消えていく。後には、静寂と、少しだけ気まずそうに、しかし、以前よりも遥かに力強い眼差しで互いを見つめ合う、僕たち三人が残された。

「……悪かったな、リク」
 最初に口を開いたのは、ゴードンだった。彼は、バツが悪そうに、自分の後頭部をガシガシと掻いている。
「あんなこと、これっぽっちも思ってねえ。俺は、お前のその、わけのわからん知識に、心底惚れ込んでるんだ。だから、その……なんだ。これからも、頼りにしてるぜ、リーダー」
「ゴードンさん……」
「私もです、リクさん」
 ミモリさんも、僕に向かって、決意を込めた笑顔を見せた。
「リクさんが、私たちの道しるべです。もう、迷いません。どこまでも、ついていきます」

 二人の、真っ直ぐな言葉。
 それは、どんな回復魔法よりも、僕の心を力づけてくれた。孤独な探求者だった僕が、いつの間にか、こんなにも頼もしい仲間たちに、背中を預けられるようになっていた。
 僕は、二人に力強く頷き返した。
「ええ。行きましょう。一緒に、この世界の、真実を確かめに」

 僕たちが再び歩き始めると、ダンジョンの様相は、劇的に変化していった。
 あれほど激しく、混沌としていたピクセルの嵐が、嘘のように、ぴたりと収まったのだ。
 分解と再構築を繰り返していた壁や床は、滑らかで、継ぎ目のない、黒曜石のような、静かな輝きを放つ回廊へと、姿を変えていた。重力も、完全に安定し、僕たちの足元を、しっかりと支えている。

「なんだ……? 急に、静かになったな」
 ゴードンが、周囲を警戒しながら言う。
「まるで、嵐が過ぎ去った後のようです……。でも、なんだか、逆に不気味ですね」
 ミモリさんの言う通りだった。この、完全な静寂と、完璧な秩序は、これまでのカオスとは、また別の、底知れない威圧感を放っていた。

「……おそらく」
 僕は、周囲の壁に手を触れながら、推測を口にした。
「ガイアが、僕たちの接近を、完全に感知したんです。そして、暴走していた自らの思考を、強制的に、安定化させている」
「俺たちの接近を? なんでだ?」
「わかりません。ですが、もしかしたら、彼女もまた、誰かがここまでたどり着くのを、待っていたのかもしれません。自らのエラーを、正してくれる存在を」

 ここは、もはや、暴走したAIの精神世界ではない。
 一人の、高度な知性が、僕たちという「来訪者」を迎え入れるために、準備した、対話のための「舞台」なのだ。
 僕たちは、その、静謐で、どこか神聖さすら感じる回廊を、一歩一歩、踏みしめるように、奥へと進んでいった。

 やがて、僕たちは、一つの巨大な扉の前に、たどり着いた。
 扉は、この回廊と同じ、黒曜石のような材質でできており、固く、閉ざされている。その表面には、物理的な鍵穴も、取っ手もない。
 ただ、扉全体が、一つの巨大なスクリーンのようになっており、そこには、目まぐるしく変化する、複雑なシミュレーション映像が、映し出されていた。

 それは、地球の、数十億年にわたる、地質変動の歴史だった。
 大陸が生まれ、分裂し、移動していく、プレートテクトニクスの動き。
 火山が噴火し、山脈が隆起し、氷河が大地を削る、ダイナミックな地形形成のプロセス。
 僕が、生涯をかけて研究してきた、地質学の全てが、そこに、凝縮されていた。

 そして、その映像の上部に、静かな、しかし、厳かなフォントで、一つの「問い」が、表示された。

【――一つの偽りが、全てを歪ませる。真実の道を、示せ――】

「最後の、パズル、か」
 僕は、ゴクリと、喉を鳴らした。
 この、あまりにも膨大で、複雑な、地質変動シミュレーション。この中に隠された、たった一つの「偽り」を見つけ出し、それを「真実」に修正しない限り、この扉は開かない。
 まさに、この世界の創造主が、僕という地質学者に、最後に突きつけてきた、究極の試験問題だった。

「リク、わかるのか? こんな、ごちゃごちゃした映像の、間違いなんて……」
「ええ。わかります。いや、僕にしか、わからないはずです」

 僕は、つるはし【ジオ・ブレイカー】を構え、その鑑定機能を、最大まで解放した。
 僕の意識が、扉に映し出された、数十億年分の、地質データの海へと、ダイブしていく。

 カンブリア紀の、生命の爆発。
 ペルム紀末の、大絶滅。
 ジュラ紀の、恐竜たちの繁栄。
 白亜紀末の、巨大隕石の衝突。

 その、完璧なはずの、歴史の流れ。
 その中に、僕は、探し求めていた、極めて微細な、しかし、決定的な「ノイズ」を、発見した。

 カンブリア紀中期。約五億五百万年前。
 僕たちが、あの渓谷で発見した、「ありえない遺物」。
 あの、白銀のプレートのデータが、この壮大なシミュレーションの中に、ほんのわずかな、汚点のように、紛れ込んでいたのだ。

 それは、あまりにも小さく、シミュレーション全体の流れに、大きな影響を与えているようには、見えない。
 だが、地質学において、そして、カオス理論において、「初期値」の、ごくわずかな違いは、未来に、予測不可能な、巨大な差を生み出す。バタフライ効果だ。
 この、たった一つの「偽り」が、このシミュレーション全体の、論理的な整合性を、根本から、歪ませていたのだ。

「――見つけましたよ、ガイア」

 僕は、つるはしの先端で、扉に映る、カンブリア紀の地層の、その一点を、正確に指し示した。
「この時代に、この組成を持つ、超高密度の、金属プレートは、存在し得ない。存在しては、ならない」
 僕は、ゲームのスキルとしてではなく、一人の科学者として、この世界のシステムに対し、「論理的な矛盾」を、宣言した。

「故に、このデータは、偽りである。これを、真実の歴史から、排除せよ」

 僕の、その言葉に、扉が、応えた。
 扉に映し出されていたシミュレーションから、僕が指摘した「ノイズ」が、すうっと、消え去る。
 すると、それまで、わずかに、しかし、確実に、乱れていたシミュレーション全体の軌道が、完璧な、美しい調和を取り戻した。

 そして。
 ゴゴゴゴゴ……という、重々しい、地殻が動くような音と共に、目の前の巨大な扉が、ゆっくりと、内側へと、開かれていった。

 僕たちは、息を呑んで、その扉の向こう側を、見つめた。
 そこに広がっていたのは、巨大な、ドーム状の大聖堂のような空間だった。
 壁一面には、天まで届くかのような、巨大なサーバーラックが、びっしりと並んでいる。
 無数の、光ファイバーのケーブルが、そのサーバーラックから伸び、まるで、神経網のように、空間の中央、ただ一点へと、収束していた。

 そして、その、中心に。
 静かに、そして、確かに、脈動する、巨大な、光の球体が、浮かんでいた。
 優しく、そして、どこか、物悲しい光を、放ちながら。

 ガイア。
 この世界の、創造主。
 僕たちは、ついに、たどり着いたのだ。
 この、世界の、心臓部へと。
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