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第五十三話:思考汚染とフラクタル理論
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アンチチート・プログラムの壁を突破した僕たちを待ち受けていたのは、さらに深く、そして、より歪んだシステムの深淵だった。
ピクセルの分解と再構築は、もはや、地質学的なパターンすら失い、完全にランダムで、混沌としたものへと変貌していた。まるで、AIの思考が、完全にショートしてしまっているかのようだ。
そして、僕たちは、このダンジョンの、第二の「守護者」と、対峙することになる。
それは、物理的な形を持っていなかった。
「……リク?」
不意に、ゴードンが、僕の名前を呼んだ。
だが、その声は、いつもの彼のものではなかった。どこか、冷たく、そして、棘のある響き。
「お前のその知識、本当に、正しいのか? 俺には、ただの、独りよがりな思い込みにしか、聞こえねえけどな」
「ゴードンさん……? 何を、言って……」
僕が振り返ると、そこにいたゴードンは、僕が知るゴードンではなかった。
彼の瞳には、僕に対する、深い、深い「不信感」が、宿っていた。
「いつだって、そうだ。お前は、難しい言葉を並べて、俺たちを煙に巻いているだけだ。本当は、何もわかっていないんじゃないのか? 俺たちは、お前の、その傲慢な探求心の、ただの道具なんじゃないのか?」
「そ、そんなこと、ありません!」
ミモリさんが、慌てて割って入る。
「リクさんは、いつも、私たちのことを……!」
「ミモリは、黙ってろ!」
ゴードンが、彼女を、鋭く一喝する。
「お前は、いつだって、リクの言いなりだ。少しは、自分の頭で考えたらどうなんだ? このまま、こいつについていって、本当に、大丈夫だと思っているのか?」
ゴードンの言葉は、毒の刃のように、僕たちの信頼関係を、引き裂こうとしていた。
これは、おかしい。
彼が、こんなことを言うはずがない。
「ゴードンさん、あなた、誰です……?」
僕が、冷たく問い詰めると、「ゴードン」は、にやりと、その口元を歪めた。
次の瞬間、彼の姿は、陽炎のように揺らめき、霧散した。
それは、幻だったのだ。
「……何、だったんだ、今のは……」
本物のゴードンが、額に汗を浮かべて、呻いた。
「俺、今、何か、言ったか……?」
「いいえ。ですが、おそらく、僕たちの心の中に、直接、語り掛けてきたんです」
僕の脳裏に、一つの単語が浮かび上がっていた。
『ミーム・ハザード』。
情報汚染。プレイヤーの記憶や、思考そのものに介入し、疑念や、恐怖を植え付け、内側から、精神を崩壊させる、情報生命体。
このダンジョンの、第二の守護者。その正体は、僕たちの「心」そのものを、攻撃してくる、見えない敵だった。
その言葉を証明するかのように、今度は、ミモリさんが、うずくまった。
「……私、やっぱり、ダメです。リクさんや、ゴードンさんの、足手まといにしかなれない。私の料理も、まずいって、本当は、思ってるんですよね……? 私なんて、いないほうが……」
「ミモリ! しっかりしろ!」
ゴードンが、彼女の肩を揺する。
まずい。このままでは、僕たちのパーティーは、内側から、崩壊してしまう。
この、思考汚染から、逃れる方法は、ないのか。
(待てよ……。思考に、介入してくる、だと?)
僕は、ハッとした。
この攻撃は、一見すると、無差別で、対処不能なように思える。
だが、どんなプログラムにも、必ず、その根幹となる「アルゴリズム」が存在するはずだ。
このミーム・ハザードは、一体、何を「トリガー」にして、僕たちの思考の、どの「隙」を、突いてきている?
僕は、目を閉じ、自らの意識を、深く、深く、沈めていった。
そして、僕の心の中に、直接、語り掛けてくる、その「声」の、正体を、探ろうとした。
『――お前は、孤独だ』
『――お前の知識など、誰も理解しない』
『――お前は、いつか、仲間にも、見捨てられる』
その声は、僕が、心の奥底で、密かに抱いていた、最も触れられたくない「不安」そのものだった。
なるほど。そういうことか。
このミーム・ハザードは、僕たちの、ネガティブな感情や、自己不信を、増幅させているのだ。
ならば、対処法は、一つしかない。
その、ネガティブな思考の「土台」となっている、論理そのものを、破壊すればいい。
「……ゴードンさん、ミモリさん。耳を、貸してください」
僕は、二人に、静かに語り掛けた。
「この攻撃は、僕たちの、不安な心に、つけ込んできます。ですが、その不安は、ただの『感情』です。そこには、論理的な根拠が、何一つ、存在しない」
僕は、黒板もない、このカオスの空間で、僕の頭の中にだけ存在する、論理のチョークを、手に取った。
僕が、二人に、そして、この見えない敵に、提示したのは、地質学ではなく、「数学」の、一つの理論だった。
「『フラクタル構造』というものを、知っていますか?」
「ふらくたる……?」
「ええ。部分と、全体が、同じ形を繰り返す、自己相似性の構造のことです。海岸線の形や、雪の結晶、シダの葉の形。自然界には、このフラクタル構造が、あふれています」
僕は、二人に、イメージを伝えた。
「僕たちの、今の状況も、同じです。『リクは、独りよがりだ』という、一つの、小さな不安。それは、やがて、『このパーティーは、いずれ崩壊する』という、より大きな不安に、繋がっていく。そして、それは、『この冒険は、失敗する』という、全体的な、絶望へと、自己増殖していく。これが、このミーム・ハザードの、攻撃アルゴリズムです」
「ですが」と、僕は、続けた。
「フラクタル理論の、最も重要な点は、その『始点』にあります。全ての複雑なパターンは、たった一つの、極めて単純な、数式から、始まっているんです。その、最初の数式が、もし、間違っていたとしたら? その数式から生まれる、全ての美しいパターンは、ただの、壮大な『虚像』に過ぎない」
僕は、二人の目を見て、きっぱりと言った。
「僕たちの、最初の『始点』は、何ですか? それは、『僕たちは、仲間だ』という、揺るぎない、事実です。そこには、一片の、嘘も、偽りもない。ならば、そこから生まれるはずの、どんなネガティブな未来も、全ては、論理的に破綻した、ありえない『虚像』なんです」
僕の言葉は、ただの精神論ではなかった。
それは、数学的な論理に基づいた、この思考汚染プログラムの、アルゴリズムそのものを、否定する、カウンターだった。
僕の言葉に、ゴードンと、ミモリさんの瞳に、光が戻っていく。
「……そうか。そうだよな」
ゴードンが、力強く頷いた。
「俺が、お前を、疑う? 俺が、ミモリを、足手まといだと、思う? ありえねえ。絶対に、ありえねえ。俺たちは、仲間だ。その、最初の『事実』が、間違ってねえなら、他の、ごちゃごちゃした考えなんざ、全部、クソくらえだ!」
「……はい!」
ミモリさんも、涙を拭って、立ち上がった。
「私が、お二人の、お荷物? そんなはず、ありません。私は、世界一のヒーラーになって、お二人を、どこまでも、支え続けるんですから! それが、私の、決めたことですから!」
僕たちの、心が、一つになった。
僕たちの、信頼という、揺るぎない「始点」が、再確認された、その瞬間。
『――ERROR. LOGIC_CONTRADICTION_DETECTED.(エラー。論理矛盾を検知)』
僕たちの脳内に響いていた、不気味な声が、苦痛の悲鳴を上げた。
『――SELF_REFERENCE_PARADOX... RECURSIVE_LOOP... SYSTEM_CRASH...』
自分自身を、否定する、矛盾。
ミーム・ハザードは、自らが作り出した、虚像の論理を、僕たちの、本物の絆によって、破壊され、無限の自己矛盾ループに陥り、その機能を、停止した。
見えない、第二の守護者は、沈黙した。
僕たちは、互いの顔を見合わせ、そして、笑いあった。
どんな、強力なプログラムも、どんな、精神攻撃も。
僕たちの、この絆の前では、無力だ。
僕たちは、そのことを、改めて、確信した。
そして、このカオスのダンジョンの、いよいよ、最後の、中心部へと、歩を進めていく。
そこに、全ての答えが、待っていると、信じて。
ピクセルの分解と再構築は、もはや、地質学的なパターンすら失い、完全にランダムで、混沌としたものへと変貌していた。まるで、AIの思考が、完全にショートしてしまっているかのようだ。
そして、僕たちは、このダンジョンの、第二の「守護者」と、対峙することになる。
それは、物理的な形を持っていなかった。
「……リク?」
不意に、ゴードンが、僕の名前を呼んだ。
だが、その声は、いつもの彼のものではなかった。どこか、冷たく、そして、棘のある響き。
「お前のその知識、本当に、正しいのか? 俺には、ただの、独りよがりな思い込みにしか、聞こえねえけどな」
「ゴードンさん……? 何を、言って……」
僕が振り返ると、そこにいたゴードンは、僕が知るゴードンではなかった。
彼の瞳には、僕に対する、深い、深い「不信感」が、宿っていた。
「いつだって、そうだ。お前は、難しい言葉を並べて、俺たちを煙に巻いているだけだ。本当は、何もわかっていないんじゃないのか? 俺たちは、お前の、その傲慢な探求心の、ただの道具なんじゃないのか?」
「そ、そんなこと、ありません!」
ミモリさんが、慌てて割って入る。
「リクさんは、いつも、私たちのことを……!」
「ミモリは、黙ってろ!」
ゴードンが、彼女を、鋭く一喝する。
「お前は、いつだって、リクの言いなりだ。少しは、自分の頭で考えたらどうなんだ? このまま、こいつについていって、本当に、大丈夫だと思っているのか?」
ゴードンの言葉は、毒の刃のように、僕たちの信頼関係を、引き裂こうとしていた。
これは、おかしい。
彼が、こんなことを言うはずがない。
「ゴードンさん、あなた、誰です……?」
僕が、冷たく問い詰めると、「ゴードン」は、にやりと、その口元を歪めた。
次の瞬間、彼の姿は、陽炎のように揺らめき、霧散した。
それは、幻だったのだ。
「……何、だったんだ、今のは……」
本物のゴードンが、額に汗を浮かべて、呻いた。
「俺、今、何か、言ったか……?」
「いいえ。ですが、おそらく、僕たちの心の中に、直接、語り掛けてきたんです」
僕の脳裏に、一つの単語が浮かび上がっていた。
『ミーム・ハザード』。
情報汚染。プレイヤーの記憶や、思考そのものに介入し、疑念や、恐怖を植え付け、内側から、精神を崩壊させる、情報生命体。
このダンジョンの、第二の守護者。その正体は、僕たちの「心」そのものを、攻撃してくる、見えない敵だった。
その言葉を証明するかのように、今度は、ミモリさんが、うずくまった。
「……私、やっぱり、ダメです。リクさんや、ゴードンさんの、足手まといにしかなれない。私の料理も、まずいって、本当は、思ってるんですよね……? 私なんて、いないほうが……」
「ミモリ! しっかりしろ!」
ゴードンが、彼女の肩を揺する。
まずい。このままでは、僕たちのパーティーは、内側から、崩壊してしまう。
この、思考汚染から、逃れる方法は、ないのか。
(待てよ……。思考に、介入してくる、だと?)
僕は、ハッとした。
この攻撃は、一見すると、無差別で、対処不能なように思える。
だが、どんなプログラムにも、必ず、その根幹となる「アルゴリズム」が存在するはずだ。
このミーム・ハザードは、一体、何を「トリガー」にして、僕たちの思考の、どの「隙」を、突いてきている?
僕は、目を閉じ、自らの意識を、深く、深く、沈めていった。
そして、僕の心の中に、直接、語り掛けてくる、その「声」の、正体を、探ろうとした。
『――お前は、孤独だ』
『――お前の知識など、誰も理解しない』
『――お前は、いつか、仲間にも、見捨てられる』
その声は、僕が、心の奥底で、密かに抱いていた、最も触れられたくない「不安」そのものだった。
なるほど。そういうことか。
このミーム・ハザードは、僕たちの、ネガティブな感情や、自己不信を、増幅させているのだ。
ならば、対処法は、一つしかない。
その、ネガティブな思考の「土台」となっている、論理そのものを、破壊すればいい。
「……ゴードンさん、ミモリさん。耳を、貸してください」
僕は、二人に、静かに語り掛けた。
「この攻撃は、僕たちの、不安な心に、つけ込んできます。ですが、その不安は、ただの『感情』です。そこには、論理的な根拠が、何一つ、存在しない」
僕は、黒板もない、このカオスの空間で、僕の頭の中にだけ存在する、論理のチョークを、手に取った。
僕が、二人に、そして、この見えない敵に、提示したのは、地質学ではなく、「数学」の、一つの理論だった。
「『フラクタル構造』というものを、知っていますか?」
「ふらくたる……?」
「ええ。部分と、全体が、同じ形を繰り返す、自己相似性の構造のことです。海岸線の形や、雪の結晶、シダの葉の形。自然界には、このフラクタル構造が、あふれています」
僕は、二人に、イメージを伝えた。
「僕たちの、今の状況も、同じです。『リクは、独りよがりだ』という、一つの、小さな不安。それは、やがて、『このパーティーは、いずれ崩壊する』という、より大きな不安に、繋がっていく。そして、それは、『この冒険は、失敗する』という、全体的な、絶望へと、自己増殖していく。これが、このミーム・ハザードの、攻撃アルゴリズムです」
「ですが」と、僕は、続けた。
「フラクタル理論の、最も重要な点は、その『始点』にあります。全ての複雑なパターンは、たった一つの、極めて単純な、数式から、始まっているんです。その、最初の数式が、もし、間違っていたとしたら? その数式から生まれる、全ての美しいパターンは、ただの、壮大な『虚像』に過ぎない」
僕は、二人の目を見て、きっぱりと言った。
「僕たちの、最初の『始点』は、何ですか? それは、『僕たちは、仲間だ』という、揺るぎない、事実です。そこには、一片の、嘘も、偽りもない。ならば、そこから生まれるはずの、どんなネガティブな未来も、全ては、論理的に破綻した、ありえない『虚像』なんです」
僕の言葉は、ただの精神論ではなかった。
それは、数学的な論理に基づいた、この思考汚染プログラムの、アルゴリズムそのものを、否定する、カウンターだった。
僕の言葉に、ゴードンと、ミモリさんの瞳に、光が戻っていく。
「……そうか。そうだよな」
ゴードンが、力強く頷いた。
「俺が、お前を、疑う? 俺が、ミモリを、足手まといだと、思う? ありえねえ。絶対に、ありえねえ。俺たちは、仲間だ。その、最初の『事実』が、間違ってねえなら、他の、ごちゃごちゃした考えなんざ、全部、クソくらえだ!」
「……はい!」
ミモリさんも、涙を拭って、立ち上がった。
「私が、お二人の、お荷物? そんなはず、ありません。私は、世界一のヒーラーになって、お二人を、どこまでも、支え続けるんですから! それが、私の、決めたことですから!」
僕たちの、心が、一つになった。
僕たちの、信頼という、揺るぎない「始点」が、再確認された、その瞬間。
『――ERROR. LOGIC_CONTRADICTION_DETECTED.(エラー。論理矛盾を検知)』
僕たちの脳内に響いていた、不気味な声が、苦痛の悲鳴を上げた。
『――SELF_REFERENCE_PARADOX... RECURSIVE_LOOP... SYSTEM_CRASH...』
自分自身を、否定する、矛盾。
ミーム・ハザードは、自らが作り出した、虚像の論理を、僕たちの、本物の絆によって、破壊され、無限の自己矛盾ループに陥り、その機能を、停止した。
見えない、第二の守護者は、沈黙した。
僕たちは、互いの顔を見合わせ、そして、笑いあった。
どんな、強力なプログラムも、どんな、精神攻撃も。
僕たちの、この絆の前では、無力だ。
僕たちは、そのことを、改めて、確信した。
そして、このカオスのダンジョンの、いよいよ、最後の、中心部へと、歩を進めていく。
そこに、全ての答えが、待っていると、信じて。
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