不人気職【地質学者】で始めたら、ダンジョン構造を改変できる唯一のプレイヤーになっていた件。~掘って埋めて、ダンジョンごとボスを圧殺します~

夏見ナイ

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第五十二話:禁断のダンジョン《アビス・コア》

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 白銀のプレートが示した座標。その先にあったのは、もはや「ダンジョン」という言葉では形容できない、混沌そのものだった。
 僕たちは、世界の裏側、システムの深淵へと、足を踏み入れた。
 その場所は、後に、ごく一部のトッププレイヤーたちの間で、畏怖と畏敬を込めて、こう呼ばれることになる。
 禁断のダンジョン、《アビス・コア》、と。

「……なんだ、ここは。目が、ちかちかするぜ……」
 ゴードンが、呻くように言った。彼の言う通り、この空間は、人間の認識能力に、直接的な負荷をかけてくる。

 壁や床、天井という概念は、存在しなかった。
 僕たちの周囲には、無数の、光る立方体のブロック――ピクセルが、浮遊している。それらが、集まっては、通路のような形を創り、数秒後には、まるで砂のように、サラサラと分解していく。
 再構築されたかと思えば、今度は、螺旋階段のような形になり、また、分解される。
 まるで、創造主が、何かを創ろうとしては、思い直して消し、また、別のものを創ろうとしている、その思考のプロセスを、そのまま覗き込んでいるかのようだった。

「リクさん、気をつけて! 重力が……!」
 ミモリさんの悲鳴。彼女の身体が、ふわりと宙に浮き上がったかと思うと、次の瞬間には、壁だと思っていた場所に、叩きつけられそうになる。
「くっ!」
 ゴードンが、素早く彼女の手を掴み、引き寄せる。この空間では、重力の方向すらも、一定ではないのだ。

 まさに、物理法則が崩壊した、悪夢の世界。
 ゴードンとミモリさんが、この異常な環境に、必死に対応しようとしている中、僕だけが、その場で静かに、周囲の光景を観察していた。
 僕の目には、このカオスが、全く別のものに見えていた。

「……これは、地層の、シミュレーションだ」
「はあ? 地層、だと?」
「ええ。見てください。あのピクセルの壁。あれは、ランダムに動いているように見えて、実は、一定の『層』を形成しながら、再構築を繰り返している。下にある層ほど、暗い色で、密度が高い。上に行くほど、明るく、密度が低い。これは、地質学における、級化層理(きゅうかそうり)の形成モデルそのものです」

 級化層理。それは、水中を漂う、大きさの違う粒子が、重力に従って、大きいものから順に沈んで堆積していくことで生まれる、地層の縞模様だ。
「そして、あの、通路が突然、横にズレる動き。あれは、断層運動のシミュレーションです。正断層、逆断層、横ずれ断層……。僕が知る、全てのタイプの断層運動が、ここで、超高速で、再現され続けている」

 ここは、悪夢の世界などではない。
 ここは、ガイアというAIが、この世界の地質データを、生成し、管理し、そして、時に、上書きするための、巨大な演算領域なのだ。
 そして、今、その演算が、何らかのエラーによって、暴走している。

「大丈夫です。この空間の動きには、法則性がある。地質学の、法則性が」
 僕は、二人に告げた。
「僕が、安全なルートを予測します。僕から、絶対に、離れないでください」

 僕は、ピクセルの分解と再構築の、その僅かな周期とパターンを読み解き、次に、どこに「安定した地盤」が形成されるかを、予測し始めた。
 それは、激しく変動する地殻の上を、渡り歩いていくような、神業に近いナビゲーションだった。

「――今です! 右へ、三歩!」
 僕の合図で、三人が同時に動く。僕たちが移動した直後、それまで僕たちが立っていた場所が、跡形もなく、分解された。
「次は、五秒後! 正面の壁が、橋になります!」

 僕たちは、僕の予測だけを頼りに、この、絶え間なく変化し続ける、迷宮の奥深くへと、進んでいった。

 そして、僕たちは、最初の「守護者」と、対峙することになる。
 それは、モンスターではなかった。
 僕たちの目の前に、突如として、無数の、幾何学的な文様が描かれた、半透明の光の壁が、出現したのだ。

【警告:不正なシステム介入を検知】
【ユニークスキル【地形編集】の使用を、禁止します】

 壁面から、冷たい、無機質な合成音声が、直接、僕たちの脳内に響き渡った。
 ゴードンが、試しに、盾でその壁を殴りつける。だが、彼の攻撃は、壁に触れることなく、すり抜けてしまった。物理的な干渉が、一切、通用しない。

「『アンチチート・プログラム』……! 不正行為を取り締まるための、番犬、か」
 僕は、その壁の正体を、即座に見抜いた。
 僕の【地形編集】スキルを、この世界の法則を乱す、不正なプログラム(チート)だと、判断したのだ。この壁が存在する限り、僕の最大の武器は、完全に封じられてしまう。

「どうする、リク! お前のスキルが使えねえんじゃ……!」
「いえ、使う必要はありません」
 僕は、静かに、首を横に振った。
「戦う相手が、プログラムだというのなら。こちらも、プログラムで、応戦するまでです」

 僕は、つるはし【ジオ・ブレイカー】を、構えた。
 だが、僕が使ったのは、【地形編集】スキルではない。その前段階である、《鑑定》スキルだ。
 僕は、僕の周囲にある、この空間全ての、構造データを、超高速で、スキャンし始めた。
 ピクセルの座標、再構築の周期、重力ベクトルの変動パターン……。
 僕の鑑定能力は、もはや、単なる岩石の分析に留まらない。この空間を構成する、膨大な「情報」そのものを、読み解くことができるのだ。

 僕の視界に、テラバイト級の、膨大なデータが、流れ込んでくる。
 常人なら、その情報量だけで、脳が焼き切れてしまうだろう。
 だが、僕は、その情報を、ただ、受け流し続けた。
 そして、そのスキャンしたデータを、あえて、目の前のアンチチート・プログラムの、解析ルーチンへと、叩きつけ続けた。

【解析中……構造データ、スキャン中……】
【警告:情報流入量が、規定値をオーバーしています】
【警告:システムリソース、負荷率、300%……500%……800%……】

 光の壁が、激しく、明滅を始めた。
 合成音声が、悲鳴のように、乱れていく。
【……ロ……セッ……サ……ガ……オ……ツ……カ……ナ……】

 僕がやっていることは、一種の、DDoS攻撃(分散型サービス妨害攻撃)に似ていた。
 正常な「鑑定」という機能を使って、相手の処理能力を、意図的に、飽和させる。
 プログラムの弱点は、いつだって、その「想定」を超えた、イレギュラーな使い方をされることなのだ。

【……CRITICAL_ERROR……SYSTEM_HALT……】

 ついに、光の壁が、悲鳴のようなノイズを最後に、その形を維持できなくなり、光の粒子となって、霧散した。
 最初の守護者は、沈黙した。

「……倒した、のか?」
 ゴードンが、呆然と呟く。
「いいえ。少しだけ、眠ってもらっただけです」

 僕は、静かに、その先へと続く、道を見据えた。
 この《アビス・コア》は、ガイアというAIが、自らのエラーによって、苦しんでいる、その悲鳴そのものなのかもしれない。
 だとしたら、僕がやるべきことは、ただ一つ。
 この、苦しみの連鎖を、断ち切ることだ。

 僕は、このダンジョンの、さらに深淵へと、歩を進める決意を、新たにした。
 次なる脅威が、僕たちの精神そのものを、蝕みに来ることを、まだ、予感できずに。
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