ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

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第二十一話 攻撃魔法の練習

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翌日から、私の新しい訓練が始まった。
場所は、空中庭園や図書館ではない。カイザーが私を連れてきたのは、城の地下深くにある、広大な空洞だった。壁も床も天井も、全てが黒く、滑らかな岩でできており、光源一つないのに、なぜか空間全体がぼんやりと明るい。
「ここは、俺が昔、力の制御を学ぶために使っていた訓練場だ。いかなる魔法を使おうと、この壁は傷一つ付かん」
カイザーは、空洞の中央で私に向き直った。その表情には、いつもの穏やかさはなく、師としての厳格さが漂っている。
「いいか、アリア。聖力の本質は、光と生命のエネルギーだ。癒やしに使う場合は、そのエネルギーを対象に分け与え、活性化させる。だが、攻撃に転用する場合は、全く逆のことをする」
「逆……ですか?」
「そうだ。エネルギーを凝縮し、一点に集中させて撃ち出す。光の槍、あるいは矢をイメージしろ。それは、触れるもの全ての魔の気を浄化し、霧散させる、破邪の力となる」
光の槍。想像するだけで、身が引き締まる思いがした。
「まずは、やってみろ。右手の人差し指の先に、聖力を集中させるんだ。小さな光の粒を作ることから始めろ」
私は、言われた通りに右手を前に突き出し、人差し指に意識を集中させた。
体の中の温かい流れを感じる。それを、腕を通して、指先へ。
だが、うまくいかない。
力を巡らせるのではなく、一点に留め、凝縮させるという感覚が、どうしても掴めなかった。聖力は指先から霧のように拡散してしまい、ただぼんやりと光るだけだった。
「……ダメです。光が、まとまりません」
「焦るな。お前は今まで、力を『与える』ことしかしてこなかった。それを『留める』のは、全く別の技術だ。できて当然とは思わん」
カイザーは冷静に分析する。
「イメージが足りない。もっと、具体的にだ。お前の指先に、小さな太陽が生まれるところを想像しろ。どこまでも熱く、眩しく、そして、決して拡散しない、強固な光の核を」
小さな、太陽。
私はもう一度、目を閉じて、その光景を思い浮かべた。
燃え盛る、黄金の光球。触れれば全てが焼き尽くされるほどの、圧倒的なエネルギーの塊。
そして、そのイメージを、自分の指先へと重ね合わせる。
聖力が、指先で渦を巻き始めた。拡散しようとする力を、内側へ、内側へと、必死で押しとどめる。まるで、荒れ狂う獣を手懐けるような感覚だった。
じりじりと、指先に熱が集まってくる。
「……っ!」
額に、汗が滲む。歯を食いしばり、全身の神経を指先に集中させる。
すると。
ぽっ、と。
私の人差し指の先に、小さな、米粒ほどの光の点が灯った。それは、今までのように拡散する光ではなく、確かな輪郭を持った、凝縮された光の粒だった。
「できた……!」
思わず、声が漏れる。
だが、私が安堵したのも束の間、光の粒はぷつりと音を立てて消えてしまった。凝縮を維持できなかったのだ。
「……惜しいな。だが、感覚は掴めてきたようだ」
カイザーは、私の努力を認めるように頷いた。
「今日のところは、そこまでだ。これ以上は、お前の精神が持たん。聖力の凝縮は、肉体よりも精神を消耗させる」
彼の言う通り、たった一瞬、光の粒を作っただけで、私はひどい疲労感に襲われていた。頭が、ずきずきと痛む。
「一日で成し遂げようなどと思うな。何事も、基礎が肝心だ。光の粒を安定して維持できるようになるまで、繰り返し練習しろ」
その日を境に、私の訓練は、庭での穏やかなものから、この地下訓練場での過酷なものへと変わった。
来る日も来る日も、私は光の粒を作り出す練習に明け暮れた。
最初は、一瞬しか維持できなかった光の粒が、数日後には数秒、そして一週間も経つ頃には、数分間、安定して灯し続けられるようになった。光の大きさも、米粒から、豆粒、そして指先ほどの大きさへと、少しずつだが着実に成長していった。
それは、地味で、根気のいる作業だった。
だが、私は少しも辛いとは思わなかった。
自分の力が、目に見えて形になっていく。それが、嬉しかった。この小さな光が、いつかカイザーを守る力になる。そう思うと、どんな疲労も苦にならなかった。
カイザーは、いつも私の傍らで、静かに訓練を見守っていた。彼は決して手を貸そうとはしなかったが、私が壁にぶつかると、いつも的確な助言を与えてくれた。
『力を込めすぎるな。水面を撫でるように、聖力を重ねていくんだ』
『呼吸を意識しろ。吐く息と共に、余分な力を外へ逃がせ』
彼の指導は、常に厳しく、そして正確だった。

訓練を始めてから、半月が経った頃。
私は、人差し指の先に、拳ほどの大きさの光球を、安定して作り出せるようになっていた。それは、まともに見つめられないほど眩しく、熱気を放っている。
「……見事だ、アリア」
その日、初めて、カイザーが私を褒めた。
「お前は、俺の想像を遥かに超える速さで成長している。その集中力と、何より、その強い意志が、お前の力を引き出しているのだろう」
彼の言葉に、胸が熱くなる。
「次の段階へ進むぞ」
カイザーは、空洞の反対側の壁を指さした。
「あの壁に向かって、その光を撃ち出してみろ。お前が作った、最初の『光の矢』だ」
撃ち出す。
ゴクリと、喉が鳴った。
これが、私の最初の攻撃魔法になる。
私は、大きく深呼吸をすると、的である壁を真っ直ぐに見据えた。右手に作り出した光球に、さらに意識を集中させる。
行け。
心の中で、強く念じる。
私の意思に応えて、光球は、一条の眩い光線となって、私の手から放たれた。
シュッ、という鋭い音と共に、光の矢は空間を切り裂き、瞬く間に反対側の壁へと到達する。
そして。
ズゥンッ!!!
空洞全体を揺るがすほどの、凄まじい轟音と衝撃。
光の矢が着弾した壁の表面が、一瞬だけ太陽のように輝き、その中心から、蜘蛛の巣のような細かい亀裂が、バチバチと音を立てて広がった。
「……え?」
私は、目の前の光景が信じられなかった。
カイザーは、言っていた。この壁は、いかなる魔法でも傷一つ付かない、と。
なのに、今、私の放った光の矢は、その難攻不落のはずの壁に、確かに傷跡を残したのだ。
「……嘘、だろ」
カイ-ザーが、呆然と呟く声が聞こえた。
私も、自分の右手を見つめたまま、呆然と立ち尽くしていた。
私の、力。
それは、カイザーの、そして私自身の想像さえも、遥かに超えるほどの、とてつもない可能性を秘めているのかもしれない。
初めて放った、攻撃魔法。
その衝撃は、壁だけでなく、私自身の心にも、深く、大きな亀裂を刻み込んでいた。
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