ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

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第二十二話 アリアの手料理

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訓練場の壁に亀裂を入れてしまった一件以来、カイザーの私に対する指導はさらに熱を帯びた。
「お前の力は、俺の想定を上回っている。このまま野放図に力を伸ばせば、いずれお前自身の身を滅ぼしかねん。より精密なコントロールを身につけろ」
彼はそう言って、私に新たな課題を与えた。
それは、空洞の中に浮かべた十個の小さな的を、連続で撃ち抜くというものだった。的は常に不規則に動き回っており、一度に放てる光の矢は一本だけ。高い集中力と、精密な力の制御が求められた。
最初は、一つの的に当てることさえままならなかった。
けれど、私は諦めなかった。
カイザーを守りたい。その一心で、来る日も来る日も訓練に打ち込んだ。失敗を重ね、疲労で倒れそうになりながらも、何度も立ち上がった。
そして、さらに一月が経つ頃には、私は全ての的を、淀みない動きで撃ち抜けるようになっていた。光の矢は、もはや荒々しい光線ではなく、私の意思通りに宙を舞う、洗練された白銀の槍となっていた。
「……上出来だ」
全ての的を破壊した私を見て、カイザーは短く、しかし心の底からの賞賛を込めて言った。
「今の技術があれば、並の騎士団相手なら、一人で渡り合えるだろう」
その言葉は、何よりの勲章だった。私は、ただ守られるだけのか弱い聖女では、なくなったのだ。

訓練漬けの日々は充実していた。けれど、その一方で、私の心には小さな罪悪感が芽生えていた。
カイザーは、私の訓練のために、多くの時間を割いてくれている。彼自身の研究や、趣味である庭の手入れの時間も、きっと削っているに違いない。
そして、食事の準備も、相変わらず全て彼がしてくれていた。私が訓練で疲れ果てて部屋に戻ると、いつも温かい食事が用意されている。
してもらってばかりだ。
私は、彼に何かお返しがしたい。そう思うようになった。
けれど、私に何ができるだろう。彼のような強大な力も、世界の全てを知るような知識も、私にはない。
考えあぐねていた時、ふと、図書館で読んだ一冊の本を思い出した。それは、人間の家庭料理のレシピが書かれた本だった。かつて母が作ってくれた、素朴で温かいシチューの作り方も載っていた。
料理。
それなら、私にもできるかもしれない。
聖女になる前、修道院にいた頃、食事の準備を手伝っていたことがある。上手くできる自信はないけれど、心を込めて作れば、きっと……。
そうと決まれば、善は急げだ。
私はその日の夕方、訓練を終えると、カイザーに思い切って切り出した。
「あの、カイザー様! 今夜の夕食は……その、私が作っても、よろしいでしょうか」
私の言葉に、カイザーは驚いたように目を瞬かせた。
「お前が? だが、疲れているだろう。いつも通り、俺が……」
「お願いします!」
私は、彼の言葉を遮るように、深く頭を下げた。
「いつも、カイザー様にはお世話になってばかりです。だから、一度くらい、私に感謝の気持ちを表させてください」
私の真剣な眼差しに、カイザーは何かを察したようだった。彼はしばらく黙っていたが、やがて、ふっと息を漏らすと、小さく頷いた。
「……分かった。だが、無理はするなよ」
許可を得た私は、早速厨房へと向かった。
この城の厨房は、私が知っているどんな厨房よりも広大で、そして清潔だった。見たこともない調理器具がずらりと並び、食材庫には、世界中から集められたであろう、ありとあらゆる食材が魔法で新鮮なまま保存されている。
私はレシピ本の記憶を頼りに、必要な材料を探し出した。新鮮な野菜、上質な肉、そして、香り高いスパイス。
エプロンを締め、ナイフを握る。最初は、慣れない手つきでぎこちなかったが、野菜を刻み、肉を炒めているうちに、修道院での記憶が蘇ってきた。
そうだ、この匂い。この音。
料理をするのは、楽しかった。誰かの「美味しい」という笑顔を思い浮かべながら、心を込めて作る。その時間が、好きだった。
聖女になってからは、忘れてしまっていた感覚だった。
コトコトと、鍋の中でシチューが煮える音を聞きながら、私は、今、自分がここにいる幸せを噛み締めていた。
この城に来て、私は本当に、たくさんの「初めて」を取り戻している。

一時間ほどかけて、ようやく料理が完成した。
私が作ったのは、野菜と肉がたっぷり入ったクリームシチューと、焼きたてのパン、そして簡単なサラダ。カイザーがいつも作ってくれるような豪華なものではない。素朴で、ありふれた家庭料理だ。
私は、完成した料理をカートに乗せ、ダイニングへと運んだ。
テーブルに着くと、カイザーは既に席について待っていた。彼は、テーブルに並べられた私の手料理を、興味深そうな、それでいて少しだけ不思議そうな目で見つめている。
「お待たせしました。その……お口に合うか、分かりませんが……」
緊張で、声が上ずる。
カイザーは、何も言わずにスプーンを手に取ると、シチューを一口、静かに口へと運んだ。
ごくり、と。
彼がシチューを飲み込む音が、やけに大きく聞こえる。
沈黙が、重い。
どうだろう。美味しくなかっただろうか。やはり、何千年も生きている竜の口には、こんな素朴な人間の料理は合わなかったのかもしれない。
不安で、心臓が張り裂けそうになった、その時。
カイザーは、ゆっくりとスプーンを置いた。
そして、ただ一言、ぽつりと、呟いた。
「……温かい」
「え……?」
「温かい、味がする」
彼はそう言うと、またスプーンを取り、今度は夢中になるように、シチューを食べ始めた。その食べっぷりは、今まで見たことがないほど、力強かった。
私は、彼の言葉の意味が分からず、ただ呆然と、その姿を見つめていた。
あっという間に、皿は空になった。彼は、パンで最後の一滴まですくい取ると、満足したように、ふう、と長い息を吐いた。
そして、彼は、初めて見るような、穏やかで、慈しみに満ちた、優しい瞳で、私を見つめた。
「……美味かった」
その、たった一言。
その言葉を聞いた瞬間、私の目から、ぽろりと涙が零れ落ちた。
嬉しくて、たまらなかった。
私の作ったものが、彼を喜ばせた。私の気持ちが、彼に届いた。
「今まで、数え切れぬほどの美食を味わってきた。魔法で作られた、完璧な味の料理も、数多く口にした」
彼は、静かに語り始めた。
「だが、これほどまでに……心が満たされる食事は、初めてだ」
彼の言葉が、私の心の一番柔らかい場所に、じんわりと染み込んでいく。
「これが、『手料理』というものか」
カイザーは、どこか遠い目をして、呟いた。
その横顔を見て、私は、気づいてしまった。
彼は、きっと、生まれてから数千年間、一度も、誰かの手料理を食べたことがなかったのだ。
永い永い孤独の中で、彼はいつも、魔法で作り出した完璧で、しかし無機質な食事を、一人で摂ってきたのだ。
「カイザー様……」
「……また、作ってくれるか」
彼の声は、少しだけ、子供のように聞こえた。
私は、涙で濡れた顔のまま、力強く、何度も頷いた。
「はい……! はい! いつでも、作ります! あなたが、食べたいと言ってくれるなら、私は、いつでも!」
その夜、私たちは、言葉少なに、ただ、同じ温かさを分かち合っていた。
私は、彼に料理を作る喜びを。
彼は、誰かの温もりに触れる喜びを。
この城に来てから、私たちは、お互いに、失っていたもの、知らなかったものを、与え合っている。
この関係が、たまらなく、愛おしい。
そう、心から思った。
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