ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

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第二十三話 芽生えた想い

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私の手料理を、カイザーは心から喜んでくれた。
それ以来、夕食は私が作るのが、いつの間にか日課になっていた。カイザーは、私の料理を毎日、本当に美味しそうに食べてくれる。その幸せそうな顔を見るのが、私にとって何よりの喜びになっていた。
訓練と料理。そして、時折訪れる、彼との穏やかな時間。
そんな日々を繰り返すうちに、私の心の中に、ある変化が起きていることに気づき始めた。
カイザーのことを考えると、胸の奥が、きゅうっと甘く締め付けられる。
彼の声を聞くと、心が安らぐ。
彼に褒められると、頬が熱くなり、心臓が大きく跳ねる。
彼が、他の何かに気を取られていると、少しだけ、寂しい気持ちになる。
この感情が、何なのか。
最初は、分からなかった。恩人に対する感謝の気持ちや、師に対する尊敬の念。そういったものだと思っていた。
だが、違う。
これは、もっとずっと、温かくて、切なくて、そして、どうしようもなく、個人的な感情だ。

その日、私は一人で空中庭園にいた。
カイザーが植えてくれた、あの白いスズランのような花が、とうとう満開になったのだ。小さなベルの形をした花々が、風に揺れて、りりり、と涼やかな音色を奏でている。
私はその花壇の前にしゃがみこみ、可憐な花の姿を飽きずに眺めていた。
「綺麗……」
ぽつりと呟いた、その時。
私の脳裏に浮かんだのは、カイザーの顔だった。
『お前が、好きそうだと思っただけだ』
ぶっきらぼうに、けれど、ほんの少しだけ照れたようにそう言った、彼の姿。
その瞬間、私の心臓が、とくん、と大きく音を立てた。
ああ、そうか。
私は、ようやく、この感情の正体に気づいた。
私は、カイザーのことが、好きなのだ。
恩人としてでも、師としてでもない。
一人の男性として、彼に恋をしている。
その自覚は、まるで雷に打たれたかのような衝撃を、私にもたらした。
今まで、誰かを好きになるなんてこと、考えたこともなかった。聖女として、それは許されない感情だと思っていたから。
でも、この気持ちは、止められない。
彼が私を救い出してくれた日から、彼が私に優しさを教えてくれた日から、彼が私に生きる意味を与えてくれた日から。私の心は、少しずつ、確実に、彼に惹かれていたのだ。
気づいてしまえば、もう、世界は今までと同じようには見えなかった。
風の音も、花の香りも、全てがカイザーと繋がっているように感じる。彼が私に向けてくれる、些細な仕草や言葉の一つ一つが、特別な意味を持って輝き出す。
私は、しばらくの間、その場で動けなかった。
嬉しい、という気持ちと、同時に、どうしようもないほどの不安が、胸の中に渦巻いていた。
好き。
でも、好きになって、どうするというのだろう。
彼は、何千年も生きる、伝説の竜だ。世界の全てを知る、賢者でもある。
それに比べて、私は?
十八年しか生きていない、無知で、無力な、ただの人間の娘。
しかも、彼の庇護がなければ、生きていくことさえできない、厄介者だ。
釣り合わない。
その言葉が、残酷なほど、はっきりと胸に突き刺さる。
彼は、私を「守るべき存在」として、大切にしてくれている。それは、分かる。
でも、それは、恋ではない。
きっと、彼にとって私は、か弱い雛鳥のようなものなのだろう。あるいは、道端で拾った、傷ついた小動物のような。慈悲と、同情と、そして、使命感。彼が私に向ける感情は、きっと、そういうものだ。
そこに、私ごときが、恋だの愛だのといった、身勝手な感情を差し挟む余地など、あるはずがない。
もし、この気持ちを知られたら?
彼は、きっと、困惑するだろう。そして、私を哀れに思うかもしれない。
そんなのは、嫌だ。
彼との、この穏やかで、温かい関係を、壊したくない。
私は、この想いを、胸の奥深くに、そっとしまい込むことに決めた。
誰にも知られないように。彼に、気づかれないように。
今まで通り、彼の庇護を受ける、ただの少女として、振る舞おう。
そう、心に誓った。
けれど、恋という感情は、自分で思っているよりも、ずっと強情で、厄介なものだった。

その夜の夕食。
私は、いつも通りに彼の前に料理を並べた。今日のメニューは、彼が特に気に入っている、牛肉を赤ワインで煮込んだ料理だ。
「美味そうだ」
カイザーは、満足そうに頷くと、早速一口、口に運んだ。
「……うまい」
いつもと変わらない、彼の褒め言葉。
なのに、今日の私には、その言葉が、胸に甘く、そして鋭く突き刺さった。
ただ、料理を褒められただけ。それだけなのに。
顔が、熱い。心臓が、うるさいくらいに鳴っている。
だめだ。意識してしまう。
彼の、食事をする唇の動き。喉が上下する様。時折、私に向けられる、穏やかな眼差し。
その全てに、私の心はいちいち、大きく揺さぶられてしまう。
「……アリア?」
私の様子がおかしいことに気づいたのか、カイザーが怪訝そうな顔で、私の名前を呼んだ。
「どうした。顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」
彼はそう言って、席を立ち、私のそばに来ると、その大きな手を、私の額にそっと当てた。
ひんやりとした、心地よい感触。
けれど、その近すぎる距離に、私の心臓は、今にも張り裂けそうだった。
彼の黒曜石の瞳が、すぐそこにある。心配そうに、私を覗き込んでいる。
その瞳に、吸い込まれてしまいそう。
「……っ!」
私は、たまらず、彼の腕を振り払うようにして、椅子から立ち上がった。
「な、何でもありません! ちょっと、のぼせただけです!」
早口でそう言うと、私は、ダイニングから逃げ出すように、自室へと駆け出してしまった。
「アリア!?」
後ろで、カイザーの戸惑う声が聞こえた。
けれど、私は、振り返ることができなかった。
部屋に飛び込むと、私はドアに背中を預け、ずるずるとその場に座り込んだ。
心臓が、痛い。
顔が、燃えるように熱い。
なんて、馬鹿なことをしてしまったのだろう。あからさまに、動揺してしまった。彼に、不審に思われたに違いない。
恋心を隠す。
そう決めたばかりなのに、私は、自分の感情を、全くコントロールできていなかった。
この想いは、私が思っていたよりも、ずっと、ずっと、深くて、重い。
私は、膝に顔をうずめたまま、しばらく動くことができなかった。
芽生えてしまった想いは、もう、なかったことにはできない。
これから、私は、どうやって、彼のそばにいればいいのだろう。
答えは、どこにも見つからなかった。
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