ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

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第二十六話 聖女奪還騎士団

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「アリア!聞こえるか、アリア!」
アルフォンス王子の声が、拡声の魔道具を通して空気を震わせる。それは、悲劇のヒロインに呼びかける芝居がかった口調だった。
「我らを信じろ!お前は一人ではない!このリンドバーグ王国、いや、大陸中の人間が、お前の帰りを待っているのだ!」
彼の言葉に呼応して、周囲の騎士たちが鬨の声を上げる。
「聖女様を、お救いしろ!」
「邪竜に、正義の鉄槌を!」
彼らは、自分たちが壮大な物語の登場人物であると信じて疑っていない。その瞳は、狂信的なまでの正義感に燃えていた。
私は、カイザーの魔法で守られた中で、静かに息を吸った。
もう、迷いはない。
私の言葉が届くかどうかは分からない。カイザーの言う通り、無駄な努力に終わるのかもしれない。
けれど、私は伝えなければならない。
この、どうしようもない勘違いを正すために。そして何より、私のために戦おうとしている、隣の優しい竜の名誉を守るために。
「―――聞こえています、アルフォンス王子」
私の声は、カイザーの魔法の力で増幅され、凛とした響きとなって空へと放たれた。それは、騎士たちの熱狂的な叫び声を、いとも簡単に貫いた。
一瞬、彼らの動きが止まる。
ワイバーンの羽ばたきさえも、止まったかのような錯覚。数百の視線が、一斉に私たちが立つテラスへと向けられた。
「聖女、様……?」
誰かが、呆然と呟くのが聞こえる。
私は、言葉を続けた。私の、偽らざる真実の言葉を。
「私は、囚われてなどいません。私は、私自身の意思で、ここにいます」
私の声は、テラスから、城の外へ、そして騎士団のいる空域へと、真っ直ぐに届いていく。
「誑かされても、洗脳されてもいません。カイザー様は、私を傷つけるどころか、誰よりも大切に守ってくださっています。あなた方が想像しているような、卑劣な行いは、何一つありません」
騎士たちの間に、明らかな動揺が広がった。彼らは顔を見合わせ、ひそひそと何かを囁き合っている。自分たちが信じていた物語と、現実との間に、大きな亀裂が生まれたのだ。
アルフォンス王子も、一瞬だけ、虚を突かれたように言葉を失っていた。
だが、彼はすぐに我に返ると、顔を真っ赤にして叫んだ。
「嘘だ!それは、貴様の声ではない!竜が、聖女様の声を真似て、我らを惑わそうとしているのだ!」
あまりにも、稚拙な言い訳。けれど、動揺している騎士たちにとっては、すがりつきたくなるような、都合の良い解釈だった。
「いいえ、これは、私の声です」
私は、彼の言葉を冷静に否定する。
「そして、私の心からの言葉です。あなた方がしていることは、正義ではありません。それは、ただの一方的な思い込みによる、暴力であり、侵略です」
「黙れ、偽物めが!」
アルフォンス王子は、もはや聞く耳を持たなかった。彼のプライドが、聖女自身に計画を否定されるという屈辱を許さなかったのだ。
「あるいは、やはり竜に心を蝕まれてしまったか!哀れなアリア!だが、ならばこそ、我らがお前を救わねばならん!」
彼は、自分の作り上げた物語を、さらに強固なものへと捻じ曲げていく。
「諸君、惑わされるな!あれは、竜が見せる幻影だ!我らが救うべき聖女様は、あの城の奥で、涙を流して助けを待っておられる!我らの使命は、ただ一つ!あの邪竜を討ち滅ぼし、聖女様を解放することだ!」
その、自信に満ちた演説。
それは、騎士たちの心の迷いを、再び狂信へと塗り替えるには、十分すぎた。
「おおーっ!」
彼らは、先ほど以上の、凄まじい雄叫びを上げた。その瞳から、先ほどの動揺は消え去り、再び盲目的な正義の光が宿っている。
ああ、やはり。
無駄だったのだ。
カイザーの言った通りだった。彼らは、真実など求めてはいなかった。自分たちが気持ちよくなれる、都合の良い物語が欲しかっただけなのだ。
私の言葉は、彼らの耳には届いても、心には、全く届いていなかった。
全身から、力が抜けていくような、深い絶望感。
私は、ふらりとよろめいた。その体を、カイザーの大きな腕が、背後から優しく支える。
「……言ったはずだ。無駄だと」
彼の声は、静かだった。けれど、その声には、人間という種族そのものに対する、深い深い失望が滲んでいた。
「ごめんなさい……私……」
「お前が謝ることではない。あれが、人間の限界だ」
彼はそう言うと、私の体をそっと自分の後ろへと導いた。彼の広い背中が、私を外界から完全に隠す。
アルフォンス王子の、最後の号令が響き渡った。
「全軍、総攻撃を開始せよ!あの忌まわしき竜の城を、我らが聖なる力で打ち砕くのだ!」
その声に応えて、数百の騎士たちが、一斉に魔法の詠唱を始める。ワイバーンの咆哮が空に満ち、大気がビリビリと震えるほどの魔力が、その一点へと集中していく。
色とりどりの光が、彼らの掲げた剣や杖の先に灯る。それは、遠目に見れば、星屑のように美しい光景だったかもしれない。
だが、その一つ一つが、恐ろしい破壊の力を持った、死の光線だった。
やがて、その全ての光が、一つとなって、天空城へと殺到する。
光の奔流。
それは、全てを飲み込み、浄化し、破壊し尽くさんとする、圧倒的なエネルギーの津波だった。
結界が、悲鳴を上げる。空間が歪み、視界がぐにゃりと揺らぐ。
私は、カイザーの背中の後ろで、固く目を瞑った。
だが、カイザーは、微動だにしなかった。
彼は、迫り来る光の津波を、ただ、冷たい瞳で見つめている。まるで、夏の夕立でも眺めるかのように、どこまでも静かに。
光が、結界に衝突する、その寸前。
私は、彼の低い呟きを聞いた。
「……言葉で分からぬ獣には、力で教えるしかないようだな」
それは、絶対的な王が下す、冷徹な判決。
そして、一方的な蹂躙の始まりを告げる、静かなゴングだった。
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