ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

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第五十一話 勇者の葛藤と決意

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勇者レオンが去った後の空には、嘘のような静けさが戻っていた。
空間を切り裂いた傷跡も、いつの間にか修復され、空はどこまでも青く澄み渡っている。まるで、先ほどまでの天変地異が、全て幻だったかのように。
私は、カイザーの腕に抱かれたまま、レオンが消えていった方角を、ただ、じっと見つめていた。
「……大丈夫、でしょうか」
ぽつりと、そんな言葉が漏れた。
彼は、心も体も、深く傷ついたはずだ。信じていた正義は崩れ去り、最強であるはずの力は、絶対的な存在の前に、全く通用しなかった。
今の彼は、あまりにも無防備で、そして、孤独だった。
「案ずるな」
私の心を読んだかのように、カイザーが、静かに言った。
「あの男は、勇者だ。その魂の光は、本物だ。あれしきの絶望で、折れはせん」
その声には、敵として戦った相手への、確かな敬意が込められていた。
「むしろ、今回のことで、彼は、真の強さを手に入れるだろう。与えられた正義ではなく、自らの魂で掴み取る、本物の正義をな」
カイザーの言葉は、まるで予言のように、私の心に響いた。
そうかもしれない。
レオンは、強い人だ。私が、一番、それを知っている。
きっと、彼は、この試練を乗り越えてくれるはずだ。
私は、そう信じることにした。
「さあ、戻るぞ。冷えてきた」
カイザーはそう言うと、私の体を抱きかかえたまま、ゆっくりと城の中へと歩き出した。
その温もりに包まれながら、私の心は、まだ、遠い地にいる友人のことを、案じ続けていた。

一方、その頃。
地上へと降り立ったレオンは、一人、荒野を歩いていた。
天空城での出来事が、彼の頭の中で、何度も、何度も、繰り返し再生される。
アリアの、涙の告白。
カイザーが語った、古の契約の真実。
そして、二人が交わした、口づけ。
その全てが、彼の心を、千々に乱していた。
自分の、正義は、何だったのだろう。
王国最強の戦士として、民衆の期待を一身に背負い、国の秩序を守ること。それが、魔王を討伐した後の、自分の新たな使命だと信じていた。
だが、その秩序は、本当に、守るべき価値のあるものだったのか。
アリアを、心を殺して生きる人形へと追いやった、冷たい秩序。
真実から目を背け、自分たちの体面だけを守ろうとする、王や大臣たちの、虚飾に満ちた秩序。
自分は、そんなもののために、剣を振るっていたのか。
そして、そのために、苦しんでいる友を、見て見ぬふりをしてきたのか。
「……っ!」
レオンは、思わず、近くにあった岩を、拳で殴りつけた。
ゴッ、という鈍い音。
岩には、蜘蛛の巣のような亀裂が走り、彼の拳からは、血が滲む。
だが、その痛みさえも、今の彼の、心の痛みに比べれば、些細なことだった。
悔しかった。
自分の、愚かさが。自分の、弱さが。
そして、何よりも、アリアの苦しみに、気づいてやれなかった、自分の不甲斐なさが。
彼は、その場に、崩れるように、膝をついた。
空を見上げる。
空は、どこまでも高く、そして、青い。あの、天空の城があるべき場所は、雲に隠れて、もう見えなかった。
アリアは、今頃、どうしているだろう。
あの竜王と、笑い合っているのだろうか。
その光景を思い浮かべると、胸の奥が、ちくりと痛んだ。
嫉妬、ではない。
それは、純粋な、安堵の痛みだった。
彼女は、幸せなのだ。
自分が、ずっと、与えてやることのできなかった、心の安らぎと、本当の笑顔を、彼女は、あの場所で、手に入れたのだ。
ならば、それで、いいではないか。
友人として、彼女の幸せを、心から、祝福してやれば、いいではないか。
だが、本当に、それでいいのか?
レオンの心の中で、もう一人の自分が、問いかける。
アリアは、幸せになった。
だが、彼女を、そこまで追い詰めた、元凶は、今も、のうのうと、地上で権勢を振るっている。
腐敗した、教会。
真実を捻じ曲げ、人々を扇動し、自らの欲望のために、聖女の命さえも利用しようとした、邪悪な存在。
真の悪は、天上にいる竜ではない。
この、地上にこそ、巣食っているのではないか。
それに、気づいてしまった以上、勇者として、このまま、見過ごすことなど、できるはずがなかった。
レオンは、ゆっくりと、立ち上がった。
その手は、自然と、背負った聖剣の柄へと、伸びていた。
剣を、抜く。
白銀の刃が、荒野の太陽を反射して、眩い光を放った。
彼は、その剣の切っ先を、王都のある方角へと、向けた。
そして、誓った。
「我が剣は、もはや、偽りの秩序を守るためには、振るわない」
その声は、静かだったが、大地を揺るがすほどの、固い決意に満ちていた。
「我が剣は、真実のために。虐げられる、弱き者のために。そして……我が、唯一無二の友、アリアの、本当の笑顔を、守るために」
彼の、勇者としての魂が、再生した瞬間だった。
与えられた正義ではなく、自らの意思で、選び取った、新たな正義。
その決意に、聖剣が、呼応する。
剣の刀身から、金色の光が、天に向かって、一条の光の柱となって、立ち上った。
レオンは、剣を収めると、迷いのない足取りで、歩き出した。
だが、その方角は、王都ではなかった。
彼が、向かう先。
それは、再び、あの、天空の城がある、雲の上の世界。
今度は、敵としてではない。
ましてや、救済者としてでもない。
ただ、一人の、友として。そして、共に、真の悪と戦う、協力者として。
彼は、アリアとカイザーの元へと、戻る決意をしたのだ。

その日の、夕暮れ時。
テラスで、カイザーと共に、穏やかな時間を過ごしていた私の耳に、懐かしい、しかし、今はもう、敵意の感じられない声が、聞こえてきた。
「―――いるか、アリア! 竜王!」
声の主は、城の、結界の外に立っていた。
私とカイザーは、顔を見合わせる。そして、テラスの縁へと、歩み寄った。
そこにいたのは、やはり、レオンだった。
彼は、聖剣を背負ったまま、武器を構えることなく、ただ、静かに、こちらを見上げている。
その顔には、もう、迷いの色はなかった。
ただ、どこまでも澄み切った、青空のような、決意が、宿っているだけだった。
カイザーは、何も言わずに、結界の一部を、解いた。
レオンが、中へ入れるように、道を開けたのだ。
レオンは、一礼すると、静かな足取りで、テラスへと、上がってきた。
そして、私たちの前に立つと、彼は、深く、深く、頭を下げた。
「……頼みが、ある」
その声は、真摯な響きを持っていた。
「どうか、私を、君たちの、仲間に加えてはもらえないだろうか」
それは、あまりにも、予想外の、申し出だった。
私は、驚きのあまり、言葉も出せずに、ただ、目の前の、生まれ変わった勇者の姿を、見つめていた。
彼の、本当の戦いが、今、ここから、始まろうとしていた。
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