ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

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第五十四話 万竜の巣へ

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夜明け前のまだ薄暗い空。
天空城のテラスには、旅立ちの準備を整えた三人の姿があった。
私は、フード付きのチュニックに革のズボンという、生まれて初めて身につける軽装にまだ少しそわそわとしていた。背中には小さな革の鞄。そして、その手にはカイザーがくれた白き水晶の杖を固く握りしめている。
隣に立つレオンはいつもの白銀の鎧姿だったが、その表情は以前とは比べ物にならないほど晴れやかで、決意に満ちていた。
「では、行こうか」
カイザーが静かに言った。
彼は人型のままだった。万竜の巣へは竜の姿で一っ飛びというわけにはいかないらしい。
「長老たちは、見慣れぬ人間の姿を警戒するだろう。まずは人として礼を尽くす必要がある」
彼はそう言うと、レオンに向き直った。
「レオンよ。くれぐれも無茶はするな」
「ああ。竜王こそ達者でな」
レオンは、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「次に会う時は、可愛い魔族の姫でも連れて帰ってきてやるさ」
「……余計な世話だ」
カイザーは呆れたようにため息をついた。
二人の間には、もう敵意など微塵も感じられなかった。種族も立場も違う二人の英雄。その間には、確かに友情と呼ぶにふさわしい絆が芽生えていた。
「レオン。気をつけて」
私も彼に声をかける。
「ありがとう、アリア。君もな」
彼は私に向かって優しく微笑んだ。
「必ず良い報せを持って帰ってくる。だから心配するな」
その笑顔は、かつて魔王討伐の旅をしていた頃の頼もしい勇者の笑顔そのものだった。
私は力強く頷いた。

レオンはテラスの縁に立つと、聖剣の力を使ったのか、その体を一陣の風と化して西の空へと飛び去っていった。その姿が、あっという間に朝焼けの空に消えていく。
「さて、我々も行くぞ」
カイザーが私に向き直る。
「しっかりと掴まっていろ」
彼がそう言うと、その体は眩い光に包まれた。
再び、あの巨大な黒竜の姿へと変わっていく。
漆黒の鱗が朝の光を浴びて鈍く輝く。そのあまりにも神々しい姿に、私は何度見ても息を呑んだ。
カイザーは、その巨大な前脚をゆっくりと私の前に差し出した。
私は躊躇なく、その硬質で、そして温かい鱗に足を乗せる。彼は私が彼の背中に安全によじ登れるように、ゆっくりとその体を傾けてくれた。
彼の広い背中。
そこは、もはや私の特等席だった。
「行きます」
私が彼の首筋の硬い鱗をしっかりと掴むと、彼は一度だけ低く喉を鳴らした。
そして、次の瞬間。
轟音と共に、その巨大な翼が力強く空を打った。
私たちの体は、ふわりと宙に浮き上がる。
そして、まるで黒い流星のように東の空へと凄まじい速度で飛翔を開始した。
眼下を雲が川のように流れていく。
風がびゅうびゅうと耳元で唸りを上げる。だが、不思議と寒さや息苦しさは感じなかった。カイザーが私を見えない風の結界で守ってくれているのだろう。
私たちは太陽が昇る方角へと、ただひたすらに飛んでいった。
どれくらいの時間が経っただろうか。
眼下の景色は、私が知っている緑豊かなリンドバーグ王国の風景から、次第に荒涼とした岩と砂漠の大地へと変わっていった。
人間が足を踏み入れることのない、世界の果て。
やがて私たちの目の前に、天を突き刺すかのように険しい山々が連なっているのが見えてきた。
その一つ一つの山が、まるで眠れる竜の背中のように見える。
「……あれが万竜の巣だ」
カイザーの声が、私の頭の中に直接響いてきた。
その山脈は、近づくにつれてその異様さを露わにしていく。
山肌はごつごつとした竜の鱗のような岩で覆われ、所々から火山性のガスが白い煙となって噴き出している。
そして何よりも、大気の密度が違う。
空気が重い。
まるで古代の強大な魔力がこの一帯に満ち満ちているかのようだった。並の人間であれば、この空気を吸っただけで気を失ってしまうだろう。
カイザーは、山脈の中でも一際高く、そして威厳のある主峰の頂上へとゆっくりと降下していく。
そこは広大な平地になっていた。
黒い火山岩が剥き出しになった殺風景な場所。
カイザーは静かにその地に着地した。
私は彼の背中から、ゆっくりと地面に降り立つ。
するとカイザーは、再び人型の姿へと戻った。
辺りは、しんと静まり返っている。
風の音以外、何も聞こえない。
だが、私たちは感じていた。
無数の視線。
周囲の岩山の頂から、あるいは雲の切れ間から。
いくつもの巨大な、そして計り-知れないほどの力を持った存在たちが、私たちをじっと観察しているのを。
それはカイザーの同族たち。
何百年、いや何千年も人間との接触を断ってきた古の竜たちだった。
そのあまりにも重く、そして決して友好的ではない視線。
私はゴクリと喉を鳴らした。
これから始まるのだ。
私たちの最初の、そして最大の難関が。
私は、隣に立つカイザーの黒い衣の袖を、無意識のうちにぎゅっと握りしめていた。
彼はそれに気づくと、私の手をその大きな手で優しく包み込んでくれた。
大丈夫だ。
その無言のメッセージが、私の心を少しだけ強くしてくれた。
私たちは覚悟を決めると、無数の視線が注がれるその広場の中央へと、ゆっくりと歩き出した。
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