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第五十五話 竜族の長老たち
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カイザーに手を引かれ、私は黒い火山岩の広場をゆっくりと歩いていた。
周囲から注がれる、無数の巨大な気配。それは肌を突き刺すように鋭く、そしてどこまでも冷ややかだった。
私という異物―――人間の存在に対する、あからさまな警戒心と敵意。
そのあまりにも重いプレッシャーに、私の足は竦みそうになる。けれど、隣で私の手を握るカイザーの温かく、そして力強い感触だけが、私を支えてくれていた。
広場の中央まで来た時だった。
ゴゴゴゴゴ……という地響きと共に、私たちの目の前の空間が陽炎のように揺らめいた。
そして、そこに音もなく三体の巨大な竜が姿を現したのだ。
それは、カイザーとは全く違う姿形の竜たちだった。
一体は全身がエメラルドのような緑の鱗で覆われ、その背には森の古木のような枝分かれした角が生えている。
一体は深海の水をそのまま固めたかのような蒼い鱗を持ち、その体は他の竜よりも、しなやかで蛇のようだった。
そして、中央にいる最も巨大な竜。その鱗はまるで溶岩が冷え固まったかのような赤黒い色をしており、その顔には幾多の戦いを経てきたであろう無数の古い傷跡が刻まれている。
彼らが、この万竜の巣を治める竜の長老たちなのだろう。
その三対の、古代の叡智を宿した瞳が、一斉に私たちに向けられた。
「……久しいな、カイザーよ」
中央の赤黒い竜が口を開いた。
その声は、まるで山の岩盤そのものが擦れ合って鳴っているかのような、重く厳かな響きを持っていた。
「千年ぶりか。何の用だ。我らの静かな眠りを妨げに来たのか」
「眠りを妨げるつもりはない。長老、ボルガノス」
カイザーは彼らに向かって臆することなく、静かに答えた。
「だが、お前たちに伝えねばならぬことがある。そして、頼みがある」
「頼み、だと?」
今度は緑の竜が嘲るように鼻を鳴らした。
「我らに何を頼むというのだ。我らはもはや地上のちっぽけないざこざには関わらん。それはお前もよく知っているはずだ」
「状況が変わったのだ、ヴィリディス」
カイザーは冷静に言葉を続ける。
「人間たちが神代の危険な遺物を掘り起こした。竜である我々にとっても、決して無関係ではいられない代物をな」
その言葉に、三体の長老竜の瞳がわずかに揺れた。
「……竜縛りの呪具か」
赤黒い竜、ボルガノスが低い声で呟いた。
「そうだ。そして奴らは、その力を使い聖女の魂を手に入れようとしている」
カイザーはそこで一度言葉を切ると、私の手を引き、自分の一歩前へと優しく押し出した。
「この娘が、その当代の聖女、アリアだ」
三対の巨大な瞳が、一斉に私に集中する。
私はそのあまりの威圧感に、息が止まりそうになった。
「……人間、だと?」
蒼い竜、アクエリアが蛇のような首をもたげ、私を値踏みするようにじろじろと見つめる。その声は女のもののようだったが、氷のように冷たかった。
「カイザーよ、お前は正気か。古の契約はあくまで聖女の魂を遠くから見守るというもの。そのために人間を、この我らの聖域にまで連れてくるなど……前代未聞だ!」
「そうだ! 許せん!」
緑の竜、ヴィリディスが同調する。
「我らは人間によってどれほどの同胞を失ってきたか! その汚らわしい種族を我らの前に立たせること自体が冒涜だ!」
彼らの人間に対する憎悪と不信感。
それは私が想像していた以上に深く、そして根強いものだった。
私は、ただ唇を強く噛み締めることしかできなかった。
「この娘は違う」
カイザーが私を庇うように前に出た。
「彼女は、お前たちが知っているような強欲で裏切る人間ではない。その魂は歴代の誰よりも清らかで、そして気高い」
「黙れ、カイザー!」
ボルガノスが一喝する。その声は地響きを伴い、私の体を震わせた。
「お前は人間に肩入れしすぎる! 千年前のあの過ちを、もう忘れたとでもいうのか!」
千年前の過ち。
その言葉に、カイザーの肩がわずかに震えたのを私は見逃さなかった。
「あれは……」
「お前が初めて人間という種に興味を持ち、一人の人間の女を信じ、そして愛した。その結果、どうなった? その女は、お前を裏切り竜の秘宝を盗み出し、同胞の命を売り渡したではないか!」
ボルガノスの糾弾するような言葉。
私は息を呑んだ。
カイザーに、そんな過去が……?
人間を愛し、そして裏切られた過去が。
だから彼は、あんなにも人間を嫌っていたのか。
それでも彼は、古の契約を守り、そして私を……。
私の胸が、どうしようもないほどの痛みで締め付けられる。
「……長老たちよ」
カイザーの声は静かだったが、その声には今まで感じたことのないほどの、深い深い哀しみが滲んでいた。
「頼む。どうか彼女の話を聞いてやってはくれまいか。彼女はただ助けを求めているのではない。共に戦いたいと、そう願っているのだ。この世界の未来のために」
彼のあまりにも真摯な懇願。
だが、長老たちの心は氷のように固く閉ざされていた。
「ならん」
ボルガノスはきっぱりと言い放った。
「人間との関わりは一切持たん。それが我ら竜族が生き残るための唯一の掟だ。カイザーよ、その人間を連れて即刻立ち去れ。さもなくば……」
彼の赤黒い瞳が危険な光を宿す。
「たとえお前が竜王の血を引く者であろうと、容赦はせんぞ」
最後の通告。
交渉は決裂した。
私たちの最初の希望は、あまりにもあっけなく打ち砕かれてしまったのだ。
重く、絶望的な空気がその場を支配する。
私は、ただ無力に立ち尽くすことしかできなかった。
周囲から注がれる、無数の巨大な気配。それは肌を突き刺すように鋭く、そしてどこまでも冷ややかだった。
私という異物―――人間の存在に対する、あからさまな警戒心と敵意。
そのあまりにも重いプレッシャーに、私の足は竦みそうになる。けれど、隣で私の手を握るカイザーの温かく、そして力強い感触だけが、私を支えてくれていた。
広場の中央まで来た時だった。
ゴゴゴゴゴ……という地響きと共に、私たちの目の前の空間が陽炎のように揺らめいた。
そして、そこに音もなく三体の巨大な竜が姿を現したのだ。
それは、カイザーとは全く違う姿形の竜たちだった。
一体は全身がエメラルドのような緑の鱗で覆われ、その背には森の古木のような枝分かれした角が生えている。
一体は深海の水をそのまま固めたかのような蒼い鱗を持ち、その体は他の竜よりも、しなやかで蛇のようだった。
そして、中央にいる最も巨大な竜。その鱗はまるで溶岩が冷え固まったかのような赤黒い色をしており、その顔には幾多の戦いを経てきたであろう無数の古い傷跡が刻まれている。
彼らが、この万竜の巣を治める竜の長老たちなのだろう。
その三対の、古代の叡智を宿した瞳が、一斉に私たちに向けられた。
「……久しいな、カイザーよ」
中央の赤黒い竜が口を開いた。
その声は、まるで山の岩盤そのものが擦れ合って鳴っているかのような、重く厳かな響きを持っていた。
「千年ぶりか。何の用だ。我らの静かな眠りを妨げに来たのか」
「眠りを妨げるつもりはない。長老、ボルガノス」
カイザーは彼らに向かって臆することなく、静かに答えた。
「だが、お前たちに伝えねばならぬことがある。そして、頼みがある」
「頼み、だと?」
今度は緑の竜が嘲るように鼻を鳴らした。
「我らに何を頼むというのだ。我らはもはや地上のちっぽけないざこざには関わらん。それはお前もよく知っているはずだ」
「状況が変わったのだ、ヴィリディス」
カイザーは冷静に言葉を続ける。
「人間たちが神代の危険な遺物を掘り起こした。竜である我々にとっても、決して無関係ではいられない代物をな」
その言葉に、三体の長老竜の瞳がわずかに揺れた。
「……竜縛りの呪具か」
赤黒い竜、ボルガノスが低い声で呟いた。
「そうだ。そして奴らは、その力を使い聖女の魂を手に入れようとしている」
カイザーはそこで一度言葉を切ると、私の手を引き、自分の一歩前へと優しく押し出した。
「この娘が、その当代の聖女、アリアだ」
三対の巨大な瞳が、一斉に私に集中する。
私はそのあまりの威圧感に、息が止まりそうになった。
「……人間、だと?」
蒼い竜、アクエリアが蛇のような首をもたげ、私を値踏みするようにじろじろと見つめる。その声は女のもののようだったが、氷のように冷たかった。
「カイザーよ、お前は正気か。古の契約はあくまで聖女の魂を遠くから見守るというもの。そのために人間を、この我らの聖域にまで連れてくるなど……前代未聞だ!」
「そうだ! 許せん!」
緑の竜、ヴィリディスが同調する。
「我らは人間によってどれほどの同胞を失ってきたか! その汚らわしい種族を我らの前に立たせること自体が冒涜だ!」
彼らの人間に対する憎悪と不信感。
それは私が想像していた以上に深く、そして根強いものだった。
私は、ただ唇を強く噛み締めることしかできなかった。
「この娘は違う」
カイザーが私を庇うように前に出た。
「彼女は、お前たちが知っているような強欲で裏切る人間ではない。その魂は歴代の誰よりも清らかで、そして気高い」
「黙れ、カイザー!」
ボルガノスが一喝する。その声は地響きを伴い、私の体を震わせた。
「お前は人間に肩入れしすぎる! 千年前のあの過ちを、もう忘れたとでもいうのか!」
千年前の過ち。
その言葉に、カイザーの肩がわずかに震えたのを私は見逃さなかった。
「あれは……」
「お前が初めて人間という種に興味を持ち、一人の人間の女を信じ、そして愛した。その結果、どうなった? その女は、お前を裏切り竜の秘宝を盗み出し、同胞の命を売り渡したではないか!」
ボルガノスの糾弾するような言葉。
私は息を呑んだ。
カイザーに、そんな過去が……?
人間を愛し、そして裏切られた過去が。
だから彼は、あんなにも人間を嫌っていたのか。
それでも彼は、古の契約を守り、そして私を……。
私の胸が、どうしようもないほどの痛みで締め付けられる。
「……長老たちよ」
カイザーの声は静かだったが、その声には今まで感じたことのないほどの、深い深い哀しみが滲んでいた。
「頼む。どうか彼女の話を聞いてやってはくれまいか。彼女はただ助けを求めているのではない。共に戦いたいと、そう願っているのだ。この世界の未来のために」
彼のあまりにも真摯な懇願。
だが、長老たちの心は氷のように固く閉ざされていた。
「ならん」
ボルガノスはきっぱりと言い放った。
「人間との関わりは一切持たん。それが我ら竜族が生き残るための唯一の掟だ。カイザーよ、その人間を連れて即刻立ち去れ。さもなくば……」
彼の赤黒い瞳が危険な光を宿す。
「たとえお前が竜王の血を引く者であろうと、容赦はせんぞ」
最後の通告。
交渉は決裂した。
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