ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

文字の大きさ
57 / 100

第五十七話 カイザーの過去

しおりを挟む
ボルガノスの許可を得て、私たちは万竜の巣のさらに奥深くへと案内された。
そこは巨大な鍾乳洞のような空間だった。天井からは水晶のように輝く巨大な石筍が垂れ下がり、あたりを幻想的な光で照らしている。空気はひんやりとして、どこか神聖な気配に満ちていた。
その洞窟の中央で、私たちは再び三体の長老竜と向き合っていた。
彼らは人間に敵意を抱いていると言いながらも、私に燃える鉱石で温められた平たい岩を座るように勧めてくれた。彼らなりのもてなしのつもりなのかもしれない。
カイザーは私の隣に立ち、長老たちにこれまでの経緯を詳細に語り始めた。
教皇の暗躍。異端審問官の襲撃。そして勇者レオンの協力。
長老たちは黙ってその話に耳を傾けていた。時折低い唸り声を上げたり、鋭い目で私を見たりすることはあったが、話を遮ろうとはしなかった。
全ての説きが終わった時。
洞窟に再び静寂が戻ってきた。
「……なるほどな」
最初に口を開いたのはボルガノスだった。
「話は分かった。人間たちがまた愚かな争いを始めようとしているというわけか。そして、その争いに我らをも巻き込もうと」
その声には、やはり人間に対する深い不信感が滲んでいた。
「カイザーよ」
今度は緑の竜、ヴィリディスがカイザーに問いかける。
「お前は本当にこの人間を信じられるのか。このアリアとかいう小娘を」
そのあまりにも直接的な問い。
カイザーは一瞬たりとも迷わなかった。
「ああ。信じている」
そのきっぱりとした答え。
「俺は、この女のためにこの身を懸ける覚悟がある」
彼のあまりにも真っ直ぐな言葉。
私の胸が熱くなる。
だがヴィリディスは、嘲るように鼻を鳴らした。
「……ふん。その言葉を千年前にも聞いた気がするな」
その棘のある言葉。
それは先ほどボルガノスが口にしたカイザーの過去の傷を、再び抉るものだった。
カイザーの表情が、わずかにこわばる。
私はたまらなくなって、口を挟んだ。
「あの……! その千年前のお話というのは……」
私が尋ねると、長老たちは顔を見合わせた。
そしてボルガノスが、重々しく語り始めた。
「……知っておく権利があるかもしれんな。お前が本当にこの男と未来を共にしようというのなら」
彼はゆっくりと、その遥か昔の物語を紡ぎ出した。
それは今からおよそ千年前のこと。
まだ若かりし頃のカイザーは、今の彼からは想像もつかないほど好奇心旺盛で、そして人間という種族に強い興味を抱いていたという。
彼はしばしば人里に降りては、その姿を人間に変え、彼らの文化や生活を学んでいた。
そんな中で彼は、一人の人間の女性と出会った。
彼女は小さな村の花売りの娘で、その笑顔はまるで太陽のように明るかったという。
カイザーは、生まれて初めて恋に落ちた。
種族の壁を越えて。
彼は自分の正体を彼女に明かした。
最初は恐れた彼女も、カイザーの優しく真摯な心に触れるうちに、次第に彼を受け入れていった。
二人は愛し合った。
カイザーは彼女に、竜族の秘宝である「竜の涙」と呼ばれる不老不死の力を与える宝石を贈った。永遠に共に生きるために。
だが、その愛は悲劇に終わる。
彼女の心の中にはカイザーへの愛と同時に、人間としての欲望が渦巻いていた。
不老不死の力。そして竜族だけが知る莫大な財宝のありか。
彼女はカイザーを裏切った。
彼が眠っている間に「竜の涙」を盗み出し、そして竜族の財宝の地図を人間の欲深い王に売り渡したのだ。
その結果、多くの竜たちが人間の竜狩りたちによって殺された。
その中にはカイザーが弟のように可愛がっていた若い竜も含まれていた。
「……カイザーは絶望した」
ボルガノスは静かに語る。
「自らが愛した女に裏切られ同胞を失い……彼は心を閉ざした。人間という種族そのものに絶望したのだ」
私は言葉を失っていた。
あまりにも残酷で、そして悲しい物語。
そんな過去が。
そんな深い深い傷が、彼の心には刻み込まれていたのだ。
「以来、カイザーは二度と人間と深く関わろうとはしなかった。ただ古の契約を義務として守るだけ。心を殺してな」
ボルガノスの視線がカイザーに向けられる。
「だが、この小娘が現れてお前は変わった。再び人間を信じようとしている。……カイザーよ、我らが恐れているのはそこなのだ。お前が再び同じ過ちを繰り返し、そして今度こそその心が完全に壊れてしまうことを」
それは厳しい糾弾の言葉ではなかった。
不器用な彼らなりの、カイザーを案ずる親心のようなものだった。
洞窟に静寂が戻る。
私は隣に立つカイザーの横顔を見つめていた。
彼の表情は読めない。
だが、その固く握りしめられた拳が彼の心の内のはしたしい葛藤を物語っていた。
やがて彼はゆっくりと口を開いた。
その声は震えていた。
けれど、その瞳には揺るぎない光が宿っていた。
「……確かに、俺は過去に過ちを犯した」
彼は自らの傷を認めた。
「だが、俺はアリアと出会って学んだのだ。人間は裏切るだけの弱い生き物ではない、と。彼女のその気高い魂が、俺にそれを教えてくれた」
彼は私の方を向き直ると、その大きな手で私の手をそっと握った。
「俺はもう迷わない。この女を信じると決めた。たとえこの先、再び裏切られることがあったとしても。俺は俺の、この魂の選択を後悔はしない」
そのあまりにも強く、そして気高い宣言。
それは彼が千年の時を経て、ようやく自らの過去の呪縛を断ち切った瞬間だった。
その生まれ変わった竜王の覚悟を前にして。
長老たちはもはや、何も言うことはできなかった。
ただ、その古代の瞳を大きく見開いたまま、立ち尽くす私たち二人を見つめているだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

私を裁いたその口で、今さら赦しを乞うのですか?

榛乃
恋愛
「貴様には、王都からの追放を命ずる」 “偽物の聖女”と断じられ、神の声を騙った“魔女”として断罪されたリディア。 地位も居場所も、婚約者さえも奪われ、更には信じていた神にすら見放された彼女に、人々は罵声と憎悪を浴びせる。 終わりのない逃避の果て、彼女は廃墟同然と化した礼拝堂へ辿り着く。 そこにいたのは、嘗て病から自分を救ってくれた、主神・ルシエルだった。 けれど再会した彼は、リディアを冷たく突き放す。 「“本物の聖女”なら、神に無条件で溺愛されるとでも思っていたのか」 全てを失った聖女と、過去に傷を抱えた神。 すれ違い、衝突しながらも、やがて少しずつ心を通わせていく―― これは、哀しみの果てに辿り着いたふたりが、やさしい愛に救われるまでの物語。

【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?

恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。 しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。 追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。 フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。 ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。 記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。 一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた── ※小説家になろうにも投稿しています いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

罰として醜い辺境伯との婚約を命じられましたが、むしろ望むところです! ~私が聖女と同じ力があるからと復縁を迫っても、もう遅い~

上下左右
恋愛
「貴様のような疫病神との婚約は破棄させてもらう!」  触れた魔道具を壊す体質のせいで、三度の婚約破棄を経験した公爵令嬢エリス。家族からも見限られ、罰として鬼将軍クラウス辺境伯への嫁入りを命じられてしまう。  しかしエリスは周囲の評価など意にも介さない。 「顔なんて目と鼻と口がついていれば十分」だと縁談を受け入れる。  だが実際に嫁いでみると、鬼将軍の顔は認識阻害の魔術によって醜くなっていただけで、魔術無力化の特性を持つエリスは、彼が本当は美しい青年だと見抜いていた。  一方、エリスの特異な体質に、元婚約者の伯爵が気づく。それは伝説の聖女と同じ力で、領地の繁栄を約束するものだった。  伯爵は自分から婚約を破棄したにも関わらず、その決定を覆すために復縁するための画策を始めるのだが・・・後悔してももう遅いと、ざまぁな展開に発展していくのだった  本作は不遇だった令嬢が、最恐将軍に溺愛されて、幸せになるまでのハッピーエンドの物語である ※※小説家になろうでも連載中※※

修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星井ゆの花(星里有乃)
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』 悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。 地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……? * この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。 * 2025年12月06日、番外編の投稿開始しました。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...