ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

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第六十五話 地上での異変

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レオンが魔族領でゼノヴィアとの仮初めの同盟を結んでいた、その頃。
地上の人間たちの世界では、静かに、しかし確実に異変が進行していた。
リンドバーグ王国の王都は、未だ騎士団壊滅のショックから立ち直れずにいた。経済は停滞し、民衆の間には不安と不満が渦巻いている。
そんな混乱の中、唯一人々の心の拠り所となっていたのが教会だった。
教皇は連日のように大聖堂の前に立ち、打ちひしがれた民衆に向かって慈悲深い説法を説いていた。
「―――嘆くことはありません、我が愛しき子羊たちよ」
その穏やかで威厳に満ちた声は、不思議な人心掌握の力を持っていた。
「これは神が我々に与えたもうた試練なのです。我らの信仰が本物であるかどうかを試しておられるのです」
彼の言葉に、集まった民衆たちは涙を流し熱心に耳を傾ける。
「聖女アリア様は必ずや我らの元へとお戻りになるでしょう。その聖なる帰還の日まで、我らはただ祈り、そして信じ続けなければなりません。神の奇跡を」
その巧みな弁舌。
彼は騎士団の敗北を逆手に取って、人々の信仰心をさらに煽り立てていた。
王家の権威が失墜した今、教会の影響力はかつてないほど強大なものとなっていたのだ。
だが、その平和的な説法の裏側では、恐ろしい計画が着々と進行していた。

王都から遠く離れた国境近くの小さな村。
その村はここ数日、原因不明の魔物の活発化に悩まされていた。
夜な夜なゴブリンやオークの群れが村を襲い、畑を荒らし、家畜を奪っていく。
村の貧弱な自警団では到底太刀打ちできず、被害は日増しに拡大していた。
「一体どうしてしまったんだ……。魔王様が倒されてから、このあたりはずっと平和だったというのに」
村長は頭を抱えていた。
王都の騎士団に救援を要請しても、「今はそれどころではない」と冷たく断られるだけ。
村は見捨てられたのだ。
人々が絶望に打ちひしがれていた、その夜。
再び魔物の群れが村を襲った。
その数は今までで最大。オークの巨体に率いられた数十体のゴブリンたちが松明を手に、雄叫びを上げながら村の中心部へと迫ってくる。
「も、もうだめだ……!」
村人たちが死を覚悟した、その時だった。
闇の中から一条の閃光が走った。
それは聖なる光の矢。
光の矢はオークの眉間を正確に貫き、その巨大な体を一撃で吹き飛ばした。
「な、何だ!?」
混乱するゴブリンたちの前に、一人の人物がゆっくりと姿を現す。
漆黒のローブを身に纏った小柄な人影。
その手には禍々しい螺旋状の短剣が握られている。
異端審問官。
教皇が放った影の刺客だった。
彼女はカイザーとアリアに深手を負わされたはずだったが、その傷は既に完全に癒えているようだった。
彼女は何も言わない。
ただ、その捻じれた短剣をゴブリンの群れに向ける。
次の瞬間、彼女の姿は影の中に溶けるように消えた。
そして、ゴブリンたちの悲鳴が夜の闇にこだました。
影から影へと瞬間移動するように現れては消える黒衣の死神。
そのあまりにも一方的な殺戮。
ゴブリンたちはなす術もなく、次々とその命を刈り取られていく。
ものの数分も経たないうちに、村を恐怖に陥れていた魔物の群れは一体残らず殲滅されていた。
呆然とその光景を見つめる村人たち。
その前に異端審問官は再び音もなく姿を現した。
そして、初めてその平坦な声で言った。
「―――教皇猊下の御名において、この地の邪を祓った」
彼女はそう言うと村人たちに背を向け、闇の中へと消え去ろうとした。
「ま、待ってください!」
村長が慌てて呼び止める。
「あなた様は一体……!? どうかお名前を! このご恩は決して忘れません!」
異端審問官は足を止めた。
だが、振り返ることはない。
「……我らは名乗るほどの者ではない」
彼女は静かに答えた。
「我らはただ神の御心に従うだけ。教皇猊下の敬虔なる僕に過ぎない」
その言葉を最後に、彼女の姿は完全に闇の中へと溶けて消えていった。
後に残されたのは、魔物のおびただしい死骸と、救世主の突然の出現にただひれ伏すことしかできない村人たちだけだった。

この出来事はほんの一例に過ぎなかった。
同じような事件が王国中の辺境の地で同時多発的に起こっていたのだ。
原因不明の魔物の活性化。
そして、どこからともなく現れる黒衣の救世主。
彼らは自らを「教皇直属審問官」と名乗り、圧倒的な力で魔物を討伐していく。
民衆は最初こそ彼らを不気味に思ったが、その献身的な働きぶりに次第に熱狂的な賛辞と信仰を寄せるようになっていった。
『審問官様こそ我らの救い主だ!』
『王や騎士などもういらない! 我らには教皇猊下と審問官様がおられる!』
教皇の狙いはそこにあった。
彼は自らが魔物を裏で操って混乱を引き起こし、そして自らが放った刺客にその混乱を収めさせるという、自作自演のマッチポンプを行っていたのだ。
その目的はただ一つ。
失墜した王家の権威を完全に地に落とし、民衆の全ての支持と信仰を、教会、いや、自分一人へと集中させること。
地上では確実に、しかし誰にも気づかれぬまま、教皇による静かなるクーデターが進行していた。
そして、その歪んだ熱狂は、やがて次なる恐ろしい布石へと繋がっていくことになる。
そのことに、まだ誰も気づいてはいなかった。
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