ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

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第六十六話 偽りの聖女

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教皇による静かなるクーデター。
それは民衆の心を完全に掌握するだけに留まらなかった。
彼が次に打った手。
それはあまりにも大胆で、そして神をも畏れぬ冒涜的な一手だった。

王都はその日、奇妙な熱気に包まれていた。
大聖堂の前の広場には何万という民衆が詰めかけている。彼らは皆、興奮と期待に顔を紅潮させ、その一点を見つめていた。
大聖堂のバルコニー。
そこには純白の法衣に身を包んだ教皇が厳かに立っていた。
そして、その隣には一人の小さな少女が寄り添うように立っている。
年は十歳くらいだろうか。
亜麻色の柔らかな髪に、空のように澄んだ青い瞳。そのあまりにも可憐で純真無垢な姿は、見る者の庇護欲を掻き立てる。
少女は少し怯えたように、眼下に広がる人々の大群衆を見つめていた。
「―――静粛に、我が愛しき子羊たちよ!」
教皇が両手を広げると、広場の喧騒が嘘のように静まり返った。
全ての視線が彼一人に集中する。
教皇は満足げに頷くと、慈愛に満ちた声で語り始めた。
「皆の者も知っての通り、我らが心の支えであった聖女アリア様は今、邪悪なる竜の毒牙にかかり、その清らかなる魂を穢されてしまわれた」
その言葉に、民衆の間から悲しみの嘆息が漏れる。
「我らは祈りました。昼も夜も。彼女の魂の救済を。だが、我らの祈りはまだ神には届いていない」
教皇は一度言葉を区切ると、天を仰いだ。
「神は我々に告げられました。もはやアリア様は聖女としての役目を終えたのだ、と。新たなる光を我らに授けよう、と!」
その劇的な宣言に、民衆が息を呑む。
教皇はゆっくりと隣に立つ少女の小さな肩を抱き寄せた。
「神は我々に新たな奇跡をお与えくださった! この少女こそ! 聖女アリア様の跡を継ぐ、新たなる聖女である、と!」
その言葉が響き渡った瞬間、広場は爆発したような歓声とどよめきに包まれた。
「な、新たな聖女様……!?」
「おお……! 神は我らをお見捨てになられてはいなかった!」
「なんと幼く、そして清らかな……!」
民衆は熱狂していた。
聖女を失った喪失感。そして先の見えない未来への不安。
その心の隙間に教皇が提示した新たな「希望」は、あまりにも甘美に響いたのだ。
「この方の名はセレスティーヌ! 今日この時より、彼女こそが我らが信じ、仕えるべき唯一無二の聖女である!」
教皇が高らかに宣言する。
そして彼は、怯える少女の耳元で囁いた。
「……さあ、セレスティーヌ。あなたの力を皆にお見せなさい。恐れることはありません。全ては私が教えた通りに」
その声は、民衆に向けられる慈愛に満ちたものとは全く違う、冷たくそして有無を言わせぬ響きを持っていた。
少女セレスティーヌは、びくりと肩を震わせた。
だが、彼女は逆らえない。
彼女は教皇がどこかの孤児院から見つけ出してきた、ただの子供。
だが一つだけ、特異な才能を持っていた。
それは微弱ながらも「聖なる力」をその身に宿しているということ。
彼女は、おずおずと一歩前に出た。
そして小さな両手を胸の前で組み、祈りのポーズを取る。
すると、彼女の手のひらから淡い金色の光が溢れ出した。
その光はアリアの太陽のような力強い光とは比べ物にならないほど、か細くそして儚い。
だが、聖なる力の輝きに違いはなかった。
その奇跡の光を目の当たりにして、民衆の熱狂は頂点に達した。
「おおおおおっ……!」
「光だ! 聖なる光だ!」
「聖女様! 聖女セレスティーヌ様、万歳!」
広場は地響きのような歓声に揺れた。
人々は涙を流し、その場にひれ伏し、新たな聖女の誕生を祝福した。
誰も疑わない。
誰も疑問を持たない。
なぜこんなにも都合よく新たな聖女が現れたのか。
なぜその聖女の力は、以前のアリアに比べてあまりにも弱いのか。
熱狂と狂信は人々の理性を麻痺させる。
教皇は、その光景をバルコニーの上から満足げに見下ろしていた。
全ては計画通り。
彼はアリアという「本物」の聖女を、邪竜に誑かされた「堕ちた聖女」として人々の記憶から消し去り、そして自分に絶対服従するこの操り人形―――「偽りの聖女」を新たな象徴として擁立したのだ。
これで民衆の心は完全に彼の手中にある。
王家も貴族も、もはや彼の決定に逆らうことはできない。
この国は事実上、彼の神聖国家となったのだ。
彼はそっと隣に立つセレスティー-ヌの頭を撫でた。
その慈愛に満ちた仕草。
だが、その瞳の奥は絶対零度の冷たさに満ちていた。
この哀れな少女もまた、彼にとっては自らの壮大な野望を達成するための使い捨ての駒の一つに過ぎないのだから。
偽りの聖女。
その誕生は、地上世界が新たな、そしてより危険な段階へと足を踏み入れたことを静かに告げていた。
そして、その歪んだ熱狂は、やがて本物の聖女であるアリア自身へとその牙を剥くことになる。
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