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第六十四話 仮初めの同盟
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「あなたの話、乗ってあげましょう」
ゼノヴィアのその一言。
それは歴史が大きく動いた瞬間だった。勇者と魔将。光と闇。決して交わることのないはずの二つの存在が、共通の敵を前に手を結んだのだ。
レオンは鉄格子の内側で、静かに、しかし力強く頷いた。
「……感謝します、ゼノヴィア殿」
「勘違いしないで」
ゼノヴィアは冷ややかに彼の言葉を遮った。
「これは、あなたたち人間を信じたわけではないわ。ただ、教皇というより大きな脅威を排除するため。そのための、一時的な利害の一致に過ぎない。いわば仮初めの同盟よ」
その言葉は彼女らしい棘のあるものだった。けれど、その裏に彼女なりの照れ隠しのようなものがあることを、レオンは感じ取っていた。
「ええ。結構です」
レオンは笑みを浮かべた。
「今はそれで十分すぎる」
ゼノヴィアは、ふん、と鼻を鳴らすと、懐から一本の古びた鍵を取り出した。そして、牢の錠前にそれを差し込む。
ガチャリ、と。
重い金属音が響き渡った。
鉄格子が、ゆっくりと開かれていく。
三日ぶりに、レオンは自由の身となったのだ。
「さあ、出てきなさい、勇者。いつまでもそんな薄汚い場所にいられては、こちらの気分が悪いわ」
彼女はそう言うと、レオンに背を向け牢の外へと歩き出した。
レオンは自分の聖剣を兵士から受け取ると、その美しい銀髪の後ろ姿を追いかけた。
彼らが向かった先は、砦の最上階にあるゼノヴィアの私室だった。
部屋は彼女のイメージに違わず、黒と銀を基調としたゴシック調の美しい装飾で統一されていた。窓の外には紫色の雲が垂れ込める「嘆きの荒野」が広がっている。
ゼノヴィアはレオンを、部屋の中央にある豪奢な椅子に座るように促した。
そして彼女自身は窓辺に立ち、外の景色を眺めながら言った。
「……それで? これからどうするつもり?」
「まずは情報共有です」
レオンは即座に答えた。
「我々は竜族と連携して、教皇の真の目的を探っています。あなた方が掴んでいる情報も、全て教えていただきたい」
「……いいわ。ただし、こちらもあなたたちが持つ情報を全て開示してもらう。それが同盟の条件よ」
「無論です」
二人の間で、最初の合意がなされた。
「次に、戦力について」
レオンは続ける。
「あなたには穏健派の魔族たちをまとめていただきたい。来るべき決戦の時に、我々の力となってくれるように」
「……難しい相談ね」
ゼノヴィアはため息をついた。
「言ったでしょう? 今の魔族は一枚岩ではない、と。私に賛同しない者たちも多いわ。特にバルバロスに同調している過激派の連中を抑えるのは骨が折れる」
「ですが、あなたにしかできないことです」
レオンの瞳。
その真っ直ぐな信頼に満ちた瞳に、ゼノヴィアは一瞬言葉を詰まらせた。
「……やってみるわ。ただし時間はかかる。そのことは覚悟しておきなさい」
「承知しています」
こうして二人の間で、具体的な作戦計画が練られていった。
それは、まさしく歴史的な光景だった。
数年前まで互いの全てを懸けて戦い合っていた二人が。
今、同じ地図を広げ、同じ未来のために知恵を絞り合っている。
話が一段落した時。
ゼノヴィアはふと、思い出したようにレオンに尋ねた。
「……一つ聞いてもいいかしら」
「何でしょう」
「あなたをそこまで駆り立てるものは何?」
その純粋な問い。
「勇者としての使命感? それとも人間を守るという正義感?」
レオンは、その問いに少しだけ黙って何かを考えていた。
そして、やがてその口元に穏やかな笑みを浮かべた。
「……どちらも違いますね」
彼はゆっくりと首を振った。
「俺を動かしているのは、もっとずっと個人的な感情ですよ」
「個人的な感情?」
「ええ」
レオンは窓の外。遥か東の空を見つめた。
その空のどこか遠くにいるであろう、大切な友人の顔を思い浮かべながら。
「ただ、友の幸せな笑顔が見たい。……今の俺は、ただそれだけのためにこの剣を振るっているのかもしれません」
そのあまりにも飾り気のない素直な言葉。
ゼノヴィアは、驚いたように目を見開いた。
彼女が知っている勇者という存在。それはもっと独善的で傲慢で、自分たちの正義を振りかざすだけの存在だったはずだ。
だが、目の前にいるこの男は違う。
その青い瞳はどこまでも澄み渡り、その魂は誰よりも気高い。
「……そう」
ゼノヴィアは短くそれだけを呟いた。
そして、その氷のように美しい顔にほんの、ほんのわずかだけ柔らかな笑みが浮かんだのを、レオンは見逃さなかった。
仮初めの同盟。
それは、まだ始まったばかり。
けれど、その脆く儚い絆の中に、確かに種族を超えた本物の信頼の芽が、静かに顔を出し始めていた。
そのことに、まだ二人自身は気づいていなかった。
ゼノヴィアのその一言。
それは歴史が大きく動いた瞬間だった。勇者と魔将。光と闇。決して交わることのないはずの二つの存在が、共通の敵を前に手を結んだのだ。
レオンは鉄格子の内側で、静かに、しかし力強く頷いた。
「……感謝します、ゼノヴィア殿」
「勘違いしないで」
ゼノヴィアは冷ややかに彼の言葉を遮った。
「これは、あなたたち人間を信じたわけではないわ。ただ、教皇というより大きな脅威を排除するため。そのための、一時的な利害の一致に過ぎない。いわば仮初めの同盟よ」
その言葉は彼女らしい棘のあるものだった。けれど、その裏に彼女なりの照れ隠しのようなものがあることを、レオンは感じ取っていた。
「ええ。結構です」
レオンは笑みを浮かべた。
「今はそれで十分すぎる」
ゼノヴィアは、ふん、と鼻を鳴らすと、懐から一本の古びた鍵を取り出した。そして、牢の錠前にそれを差し込む。
ガチャリ、と。
重い金属音が響き渡った。
鉄格子が、ゆっくりと開かれていく。
三日ぶりに、レオンは自由の身となったのだ。
「さあ、出てきなさい、勇者。いつまでもそんな薄汚い場所にいられては、こちらの気分が悪いわ」
彼女はそう言うと、レオンに背を向け牢の外へと歩き出した。
レオンは自分の聖剣を兵士から受け取ると、その美しい銀髪の後ろ姿を追いかけた。
彼らが向かった先は、砦の最上階にあるゼノヴィアの私室だった。
部屋は彼女のイメージに違わず、黒と銀を基調としたゴシック調の美しい装飾で統一されていた。窓の外には紫色の雲が垂れ込める「嘆きの荒野」が広がっている。
ゼノヴィアはレオンを、部屋の中央にある豪奢な椅子に座るように促した。
そして彼女自身は窓辺に立ち、外の景色を眺めながら言った。
「……それで? これからどうするつもり?」
「まずは情報共有です」
レオンは即座に答えた。
「我々は竜族と連携して、教皇の真の目的を探っています。あなた方が掴んでいる情報も、全て教えていただきたい」
「……いいわ。ただし、こちらもあなたたちが持つ情報を全て開示してもらう。それが同盟の条件よ」
「無論です」
二人の間で、最初の合意がなされた。
「次に、戦力について」
レオンは続ける。
「あなたには穏健派の魔族たちをまとめていただきたい。来るべき決戦の時に、我々の力となってくれるように」
「……難しい相談ね」
ゼノヴィアはため息をついた。
「言ったでしょう? 今の魔族は一枚岩ではない、と。私に賛同しない者たちも多いわ。特にバルバロスに同調している過激派の連中を抑えるのは骨が折れる」
「ですが、あなたにしかできないことです」
レオンの瞳。
その真っ直ぐな信頼に満ちた瞳に、ゼノヴィアは一瞬言葉を詰まらせた。
「……やってみるわ。ただし時間はかかる。そのことは覚悟しておきなさい」
「承知しています」
こうして二人の間で、具体的な作戦計画が練られていった。
それは、まさしく歴史的な光景だった。
数年前まで互いの全てを懸けて戦い合っていた二人が。
今、同じ地図を広げ、同じ未来のために知恵を絞り合っている。
話が一段落した時。
ゼノヴィアはふと、思い出したようにレオンに尋ねた。
「……一つ聞いてもいいかしら」
「何でしょう」
「あなたをそこまで駆り立てるものは何?」
その純粋な問い。
「勇者としての使命感? それとも人間を守るという正義感?」
レオンは、その問いに少しだけ黙って何かを考えていた。
そして、やがてその口元に穏やかな笑みを浮かべた。
「……どちらも違いますね」
彼はゆっくりと首を振った。
「俺を動かしているのは、もっとずっと個人的な感情ですよ」
「個人的な感情?」
「ええ」
レオンは窓の外。遥か東の空を見つめた。
その空のどこか遠くにいるであろう、大切な友人の顔を思い浮かべながら。
「ただ、友の幸せな笑顔が見たい。……今の俺は、ただそれだけのためにこの剣を振るっているのかもしれません」
そのあまりにも飾り気のない素直な言葉。
ゼノヴィアは、驚いたように目を見開いた。
彼女が知っている勇者という存在。それはもっと独善的で傲慢で、自分たちの正義を振りかざすだけの存在だったはずだ。
だが、目の前にいるこの男は違う。
その青い瞳はどこまでも澄み渡り、その魂は誰よりも気高い。
「……そう」
ゼノヴィアは短くそれだけを呟いた。
そして、その氷のように美しい顔にほんの、ほんのわずかだけ柔らかな笑みが浮かんだのを、レオンは見逃さなかった。
仮初めの同盟。
それは、まだ始まったばかり。
けれど、その脆く儚い絆の中に、確かに種族を超えた本物の信頼の芽が、静かに顔を出し始めていた。
そのことに、まだ二人自身は気づいていなかった。
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