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第八十話 王子の贖罪
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「……アンドリュー卿! 貴様、正気か!」
大聖堂のバルコニーから、聖騎士団長が驚愕と怒りに満ちた声で叫んだ。
「教皇猊下に弓引くというのか! それは神への反逆に等しいと分かっているのか!」
広場に現れた王国騎士団の騎士、アンドリュー卿。彼はレオンの信頼厚い副官だった男だ。
彼は馬上でゆっくりとその兜を脱いだ。現れたのは、誠実そうな、しかし今は固い決意に満ちた壮年の顔。
彼は聖騎士団長を真っ直ぐに見据え返した。
「……我らが忠誠を誓ったのは、リンドバーグ王国とその民。そして真の聖女であるアリア様だ」
その声は静かだったが、広場の隅々まで響き渡った。
「神の御名を騙り、民を惑わし、国を私物化しようとする偽りの信仰に、我らは与しない!」
そのあまりにも力強い宣言。
彼の後ろに続く王国騎士団の兵士たちが、賛同するように剣を鞘から抜き放つ金属音が鳴り響いた。
彼らは選んだのだ。
偽りの権威ではなく、自らの魂が信じる真の正義を。
「……愚か者どもが!」
聖騎士団長は怒りに顔を真っ赤にした。
「もはや問答無用! 反逆者は皆殺しだ! やれえっ!」
彼の号令。
大聖堂の屋根や窓から聖騎士団が、一斉に攻撃を開始しようとした、その時だった。
空が翳った。
巨大な影。
ゴオオオッ、という凄まじい風切り音と共に、数十頭の竜たちが王都の上空にその雄大な姿を現したのだ。
「なっ……!?」
聖騎士団長が絶句する。
竜たちは天空城で待機していたカイザーの援軍だった。
彼らはこの瞬間のために、空高くで息を潜めていたのだ。
竜たちはブレスを吐くことはなかった。
ただ、その巨体で大聖堂の上空を旋回し、威嚇するように咆哮を上げるだけ。
だが、それだけで十分だった。
神話の軍勢の出現。
そのあまりの威圧感に、聖騎士団の兵士たちは完全に戦意を喪失した。
ペガサスは恐怖にいななき、主人の制御を振り切って逃げ惑う。
弓を放つことも、魔法を詠唱することもできずに、ただ立ち尽くすだけ。
「……勝負はついたな」
私の隣でカイザーが静かに呟いた。
民衆の心は私たちに。
王国騎士団もまた、私たちに。
そして、空は竜たちが完全に制圧した。
聖騎士団は完全に孤立無援。
聖騎士団長は信じられないというようにその光景を見つめていたが、やがてその顔に絶望の色が浮かんだ。
彼は悪態をつくと、異端審問官たちと共にバルコニーから大聖堂の内部へと姿を消した。
地下の儀式の間に逃げ込んだのだろう。
だが、もう遅い。
彼らの敗北は決定的だった。
広場は歓声に包まれた。
民衆と王国騎士団の兵士たちが互いに抱き合い、涙を流し、この血を流さずに勝ち取った勝利を喜び合っている。
私はその光景を、胸がいっぱいの気持ちで見つめていた。
私の祈りは届いたのだ。
その時。
群衆の後ろの方から、一つの小さな人影がよろよろと現れた。
みすぼらしいローブを身に纏い、その顔は汚れ、痩せこけている。
だが、その瞳。
その虚ろで光を失った瞳を、私は見間違えるはずもなかった。
「……アルフォンス様……?」
私のか細い声。
それに気づいて、周囲の人々もざわめき始める。
そこにいたのは、精神が崩壊したはずのアルフォンス王子、その人だった。
彼はあの後、城を抜け出し、王都の片隅で物乞いのように暮らしていたらしい。
彼は歓声に包まれる広場の中心。
その中心にいる私の姿を、その虚ろな瞳で捉えた。
そして、彼はゆっくりとその場に膝をついた。
泥だらけの額を地面にこすりつけるように、深く、深く頭を下げる。
「……アリア」
その口から漏れたのは、かすれた、そして消え入りそうな声だった。
「……すまなかった」
そのたった一言。
その言葉に込められた深い、深い後悔。
彼は壊れてしまった心の中で、ずっと、ずっと後悔し続けていたのだ。
自分の愚かさを。自分の傲慢さを。
そして私を傷つけてしまった、その罪を。
私は彼のそばに駆け寄ろうとした。
だが、それよりも早く動いた者がいた。
レオンだった。
彼は王子のそばに静かに屈み込むと、その汚れた肩をそっと抱き起こした。
「……王子」
レオンの声。
その声には、かつてのような主君への敬意ではなく、ただ一人の過ちを犯した人間への静かな憐れみが込められていた。
アルフォンス王子は顔を上げた。
その瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
それは彼が生まれて初めて流す、本物の涙だったのかもしれない。
「……私は」
彼は嗚咽混じりに言った。
「私は、償いをしなければ……」
彼は震える手で腰に差していた飾りだけの短剣を抜いた。
そして、その切っ先を自らの胸へと向けようとする。
自らの命をもって罪を償おうと。
だが、その手はレオンの力強い手によって静かに止められた。
「……王子。あなたの罪は、死んで償えるほど軽いものではありません」
レオンの厳しい、しかし温かい言葉。
「……生きなさい。そして、あなたの残りの人生の全てを懸けて、この国と民のために尽くすのです。それこそが、あなたの唯一の贖罪の道です」
その言葉に、王子は子供のように声を上げて泣きじゃくった。
失われた誇り。
崩れ去った自尊心。
その瓦礫の中から、彼はようやく見つけ出したのだ。
人として生きる、本当の意味を。
王子の贖罪。
それはこの王都解放戦における、最後の、そして最大の奇跡だったのかもしれない。
全ての歯車が今、正しい場所へと戻ろうとしていた。
残るは、あと一つ。
全ての元凶である教皇を討つことだけだった。
大聖堂のバルコニーから、聖騎士団長が驚愕と怒りに満ちた声で叫んだ。
「教皇猊下に弓引くというのか! それは神への反逆に等しいと分かっているのか!」
広場に現れた王国騎士団の騎士、アンドリュー卿。彼はレオンの信頼厚い副官だった男だ。
彼は馬上でゆっくりとその兜を脱いだ。現れたのは、誠実そうな、しかし今は固い決意に満ちた壮年の顔。
彼は聖騎士団長を真っ直ぐに見据え返した。
「……我らが忠誠を誓ったのは、リンドバーグ王国とその民。そして真の聖女であるアリア様だ」
その声は静かだったが、広場の隅々まで響き渡った。
「神の御名を騙り、民を惑わし、国を私物化しようとする偽りの信仰に、我らは与しない!」
そのあまりにも力強い宣言。
彼の後ろに続く王国騎士団の兵士たちが、賛同するように剣を鞘から抜き放つ金属音が鳴り響いた。
彼らは選んだのだ。
偽りの権威ではなく、自らの魂が信じる真の正義を。
「……愚か者どもが!」
聖騎士団長は怒りに顔を真っ赤にした。
「もはや問答無用! 反逆者は皆殺しだ! やれえっ!」
彼の号令。
大聖堂の屋根や窓から聖騎士団が、一斉に攻撃を開始しようとした、その時だった。
空が翳った。
巨大な影。
ゴオオオッ、という凄まじい風切り音と共に、数十頭の竜たちが王都の上空にその雄大な姿を現したのだ。
「なっ……!?」
聖騎士団長が絶句する。
竜たちは天空城で待機していたカイザーの援軍だった。
彼らはこの瞬間のために、空高くで息を潜めていたのだ。
竜たちはブレスを吐くことはなかった。
ただ、その巨体で大聖堂の上空を旋回し、威嚇するように咆哮を上げるだけ。
だが、それだけで十分だった。
神話の軍勢の出現。
そのあまりの威圧感に、聖騎士団の兵士たちは完全に戦意を喪失した。
ペガサスは恐怖にいななき、主人の制御を振り切って逃げ惑う。
弓を放つことも、魔法を詠唱することもできずに、ただ立ち尽くすだけ。
「……勝負はついたな」
私の隣でカイザーが静かに呟いた。
民衆の心は私たちに。
王国騎士団もまた、私たちに。
そして、空は竜たちが完全に制圧した。
聖騎士団は完全に孤立無援。
聖騎士団長は信じられないというようにその光景を見つめていたが、やがてその顔に絶望の色が浮かんだ。
彼は悪態をつくと、異端審問官たちと共にバルコニーから大聖堂の内部へと姿を消した。
地下の儀式の間に逃げ込んだのだろう。
だが、もう遅い。
彼らの敗北は決定的だった。
広場は歓声に包まれた。
民衆と王国騎士団の兵士たちが互いに抱き合い、涙を流し、この血を流さずに勝ち取った勝利を喜び合っている。
私はその光景を、胸がいっぱいの気持ちで見つめていた。
私の祈りは届いたのだ。
その時。
群衆の後ろの方から、一つの小さな人影がよろよろと現れた。
みすぼらしいローブを身に纏い、その顔は汚れ、痩せこけている。
だが、その瞳。
その虚ろで光を失った瞳を、私は見間違えるはずもなかった。
「……アルフォンス様……?」
私のか細い声。
それに気づいて、周囲の人々もざわめき始める。
そこにいたのは、精神が崩壊したはずのアルフォンス王子、その人だった。
彼はあの後、城を抜け出し、王都の片隅で物乞いのように暮らしていたらしい。
彼は歓声に包まれる広場の中心。
その中心にいる私の姿を、その虚ろな瞳で捉えた。
そして、彼はゆっくりとその場に膝をついた。
泥だらけの額を地面にこすりつけるように、深く、深く頭を下げる。
「……アリア」
その口から漏れたのは、かすれた、そして消え入りそうな声だった。
「……すまなかった」
そのたった一言。
その言葉に込められた深い、深い後悔。
彼は壊れてしまった心の中で、ずっと、ずっと後悔し続けていたのだ。
自分の愚かさを。自分の傲慢さを。
そして私を傷つけてしまった、その罪を。
私は彼のそばに駆け寄ろうとした。
だが、それよりも早く動いた者がいた。
レオンだった。
彼は王子のそばに静かに屈み込むと、その汚れた肩をそっと抱き起こした。
「……王子」
レオンの声。
その声には、かつてのような主君への敬意ではなく、ただ一人の過ちを犯した人間への静かな憐れみが込められていた。
アルフォンス王子は顔を上げた。
その瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
それは彼が生まれて初めて流す、本物の涙だったのかもしれない。
「……私は」
彼は嗚咽混じりに言った。
「私は、償いをしなければ……」
彼は震える手で腰に差していた飾りだけの短剣を抜いた。
そして、その切っ先を自らの胸へと向けようとする。
自らの命をもって罪を償おうと。
だが、その手はレオンの力強い手によって静かに止められた。
「……王子。あなたの罪は、死んで償えるほど軽いものではありません」
レオンの厳しい、しかし温かい言葉。
「……生きなさい。そして、あなたの残りの人生の全てを懸けて、この国と民のために尽くすのです。それこそが、あなたの唯一の贖罪の道です」
その言葉に、王子は子供のように声を上げて泣きじゃくった。
失われた誇り。
崩れ去った自尊心。
その瓦礫の中から、彼はようやく見つけ出したのだ。
人として生きる、本当の意味を。
王子の贖罪。
それはこの王都解放戦における、最後の、そして最大の奇跡だったのかもしれない。
全ての歯車が今、正しい場所へと戻ろうとしていた。
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