クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第35話 花火の下の誓い

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りんご飴の甘い余韻と、キス寸前の気まずさが混じり合った不思議な空気が俺たち二人を支配していた。
縁台に座ったまま、どちらともなく視線を逸らし、意味もなく遠くの提灯を眺めたり、自分の下駄の鼻緒をいじったりする。
でも、繋いだ手だけは決して離さなかった。むしろ、さっきよりも少しだけ強くお互いの指が絡み合っている。その温もりだけが、俺たちの間に流れる沈黙が、決して気まずいだけのものではないことを証明してくれていた。

やがて、どちらからともなく立ち上がり、俺たちは再び祭りの喧騒の中へと歩き出した。
会話はない。
でも、それでよかった。
繋いだ手のひらから、言葉以上のものが伝わってくる。
ドキドキしてる。恥ずかしい。でも、すごく嬉しい。
そんな、甘くてくすぐったい感情が、指先を通して俺たちの心を行き来していた。

しばらく歩いていると、周りの人々の雰囲気が変わったことに気づいた。
皆が同じ方向を向き、空を見上げ始めている。ざわざわとした期待のこもったざわめきが波のように広がっていく。
「花火、始まるぞ!」
誰かが叫ぶ声が聞こえた。

俺たちは顔を見合わせ、人の流れに乗って少しだけ開けた場所へと移動した。神社の裏手にある、小さな丘の上。そこからは、街の夜景と、これから花火が打ち上がるであろう夜空が一望できた。
既に何組かのカップルや家族連れが、思い思いの場所に腰を下ろしている。

俺たちは、一本の大きな木の下に並んで立った。
眼下に広がる、宝石をちりばめたような街の灯り。そして、頭上には星が瞬く夏の夜空。
その美しい光景に、雫はうっとりと息を漏らした。
俺は、そんな彼女の横顔をただ見つめていた。
浴衣姿の君と、二人きりで見る夜景。それだけでもう、俺の心は満たされていた。

ヒュルルルル……。

不意に、細く空気を切り裂くような音が響いた。
人々が「おっ」と声を上げ、一斉に空を見上げる。
俺も雫も、その音の先を目で追った。
夜空に、小さな光の点が吸い込まれるように昇っていく。

そして、その光が頂点に達した、その瞬間。

ドンッ!

腹の底まで響くような重い轟音。
それと同時に、夜空に巨大な光の花が咲いた。
赤、青、緑。色とりどりの光の粒が、夜のキャンバスを鮮やかに彩り、そしてきらきらと輝きながら消えていく。

「わあ……」
俺は思わず、感嘆の声を漏らした。
綺麗だ。
素直に、そう思った。
隣の雫も、きっと同じように感動しているだろう。俺は、彼女の反応を見ようとそっと横顔を窺った。

その時だった。
彼女の肩が、びくり、と大きく震えたのが分かった。
繋いでいた俺の手を、ぎゅっと痛いくらいに強く握りしめている。
彼女の顔は、驚きと、そして少しの恐怖に強張っていた。

そうか。
彼女は、耳が聞こえないわけじゃない。
だから、この突然の大きな音は彼女にとってただの衝撃でしかないのかもしれない。
美しい光景と、体を揺さぶる轟音。そのアンバランスさが、彼女を不安にさせているのだ。

ドン!ドン!
間髪入れずに、二発、三発と花火が打ち上がる。
そのたびに、雫の体が小さく跳ねる。彼女は、怖いのを隠すようにぎゅっと目を瞑ってしまった。
その姿が、あまりにも健気で儚げで。
俺の胸の奥で、守りたい、という強い衝動がまた湧き上がってきた。

どうすれば、彼女を安心させられるだろう。
大丈夫だよ、と伝えたい。
俺が、そばにいるよ、と。

俺は、ほとんど無意識のうちに行動していた。
繋いでいない方の手、左手をゆっくりと持ち上げる。
そして、その震える小さな肩を、壊れ物を抱きしめるように、そっと優しく抱き寄せた。

「!」

俺の腕の中で、雫の体が大きく強張った。
驚いて俺を見上げる、その潤んだ瞳。
夜空に咲く花火の光が、その黒い瞳に反射して星のようにきらめいている。
俺は、彼女を安心させるように、大丈夫だ、というかのように、ただ優しく微笑みかけた。

俺の意図を、彼女はすぐに理解してくれたようだった。
彼女の体から、すっと力が抜けていく。
そして、抵抗する代わりにこくり、と小さく頷くと、おずおずと、しかし確かに俺の体に少しだけ身を寄せてくれた。
俺の胸に、彼女の華奢な肩がそっと触れる。
ふわりと、彼女の甘い匂いが今まで以上に濃く、俺を包み込んだ。

俺の腕の中で、雫は再び夜空を見上げた。
もう、彼女は目を瞑っていない。
俺という名の小さな拠り所を見つけて、ほんの少しだけ安心てくれたのだろうか。
俺は、花火が打ち上がる夜空よりも、その光に照らされる彼女の美しい横顔に完全に見とれていた。

花火が、クライマックスを迎える。
数えきれないほどの光が、次々と夜空に咲き乱れる。
世界が、光と音で満たされていく。
その眩い光の中で、雫がゆっくりと俺の顔を見上げた。
その瞳は、感動と、そして今まで見たことのない熱っぽい何かに、潤んでいた。

そして、彼女は俺の腕の中で。
繋いだままの俺の手に、もう片方の手を添えるようにして、そっと指を動かし始めた。
俺の胸に、コツン、と彼女の後頭部が当たる。
見上げる形で、彼女は俺にだけ見えるように、言葉を紡いでくれた。

まず、来年という未来を指し示すように指を前に出す。『来年』
そして、頬を優しく撫でる。『も』
次に、二人の人間が並ぶ様子を表す。『一緒に』
最後に、両手で花火が広がる様を描く。『見たいな』

『来年も、一緒に見たいな』

その言葉が、俺の心に深く、深く刻み込まれた。
それは、ただの願望じゃない。
未来の、約束だ。
来年も俺の隣にいてくれるという、世界で一番甘い誓いの言葉だった。

俺の心は、夜空に咲くどんな花火よりも明るく、そして力強く弾けた。
込み上げてくるどうしようもない愛おしさに、俺は彼女を抱く腕に無意識のうちに力を込めていた。

花火が終わり、静寂が夜空に戻ってくる。
でも、俺たちはしばらくの間、そのままでいた。
夏の夜の、甘い空気の中で。
確かに交わされた、未来への約束。
俺たちの夏は、まだ始まったばかりだ。
このかけがえのない瞬間を、俺はきっと一生忘れないだろう。
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