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第47話 二人で回る文化祭
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クラスメイトたちの粋な計らいで、俺と雫は二人きりの休憩時間を得た。
喧騒に満ちた廊下を、俺たちは言葉少なに歩く。隣を歩く彼女の横顔を盗み見ると、その表情は硬く、何かを思い詰めているようだった。
このままじゃダメだ。この気まずい空気を何とかしなければ。
「なあ、どこか行きたいところ、ある?」
俺がぎこちない手話で尋ねる。
雫は少しだけ驚いたように俺の顔を見ると、ふるふると首を横に振った。そしてスマホを取り出し、文字を打ち込んで見せてくれる。
『航くんが行きたいところがいいな』
その遠慮がちな言葉に、俺は少しだけ胸が痛んだ。
俺は少しだけ考えた後、一つの場所を提案した。
「じゃあさ、お化け屋敷、行ってみないか?」
俺の言葉に、雫の肩がびくりと震えた。その顔には明らかに「嫌だ」と書いてある。
俺はそんな彼女の反応を見て、少しだけ意地悪く笑った。
「大丈夫だって。俺がついてるから」
そう言って、俺は半ば強引に彼女の手を引いた。
驚いて俺を見上げる彼女の手は、少しだけ冷たかった。
隣のクラスがやっているお化け屋敷は、手作り感満載ながらもなかなかの評判だった。入り口から漏れ聞こえてくる悲鳴が、そのクオリティを物語っている。
雫は入り口の不気味な装飾を見ただけで、完全に腰が引けていた。俺の服の裾をぎゅっと強く握りしめている。
その怖がる姿が、正直たまらなく可愛いと思ってしまった俺は、相当性格が悪いのかもしれない。
暗幕をくぐり、一歩中へ足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
中は真っ暗で不気味なBGMが流れている。時折、青白い光が点滅し、壁に描かれた骸骨や血糊のイラストを照らし出した。
「うわ、結構本格的だな」
俺が呟いた、その時だった。
「ワッ!!」
物陰から、血まみれのシーツを被ったクラスメイトが飛び出してきた。
「ひゃっ!」
俺の隣で、雫が小さな悲鳴を上げた。声にならない、息を飲むような音。
彼女は咄嗟に、俺の腕に強く、強くしがみついてきたのだ。
俺の腕に伝わる、彼女の体の柔らかさと震え。
ふわりと香る甘いシャンプーの匂い。
暗闇の中、至近距離で感じる彼女の存在に、俺の心臓は、お化け屋敷の恐怖とは全く別の理由で激しく高鳴り始めた。
まずい。これは、俺の心臓の方が持たないかもしれない。
雫は俺の腕に顔を埋めるようにして、ぎゅっと目を瞑っている。その姿はまるで嵐の中の小鳥のようだった。
守ってあげなければ。
その思いが俺の心を支配する。
俺は、彼女がしがみついている方の腕とは逆の手で、彼女の頭を優しくぽんぽんと撫でてやった。
「大丈夫。俺がいるから」
暗闇の中で、俺は彼女の耳元で囁くように言った。
俺の声に、彼女の体の震えが少しだけ収まったような気がした。
彼女は顔を上げた。
暗闇の中でも分かる。その潤んだ瞳が俺を真っ直ぐに見つめている。
その瞳には恐怖だけではない、何か別の熱っぽい感情が揺らめいていた。
俺たちはそのままの体勢で、ゆっくりとお化け屋敷の中を進んでいった。
時折現れるお化けに雫は何度も悲鳴を上げ、そのたびに俺の腕にしがみつく力を強める。
俺は、その温もりと重みを感じながら、内心では「もっと出てこい、お化け!」と不謹慎なことを考えていた。
やがて出口の光が見えてきた。
眩しい光の中に一歩踏み出すと、ようやく俺たちの短い冒険は終わりを告げた。
外に出ても、雫はしばらくの間俺の腕から離れようとしなかった。
俺が「もう、終わりだよ」と優しく声をかけると、彼女はハッとしたように我に返り、顔を真っ赤にして慌てて俺から離れた。
そして恥ずかしそうに俯いてしまう。
「……怖かったか?」
俺が手話で尋ねると、彼女はこくりと何度も頷いた。
その仕草が、あまりにも可愛らしくて。
俺は思わず笑みがこぼれるのを感じた。
お化け屋敷での出来事で、俺たちの間の気まずい空気はすっかりどこかへ消え去っていた。
代わりに、そこには以前よりももっと甘くて、少しだけくすぐったいような新しい空気が流れている。
彼女の顔にはまだ少しだけ恐怖の色が残っていたが、その口元はふわりと柔らかな笑みを浮かべていた。
「カフェ、戻るか」
俺が言うと、彼女は今度ははっきりと頷いた。
二人で歩き出す。
その距離は、さっきよりもずっとずっと近くなっていた。
彼女の指先が時折、俺の指先に、わざとなのか偶然なのかそっと触れる。
そのたびに、お互いの心臓が甘く跳ねるのを感じていた。
すれ違いの原因はまだ分からないままだった。
でも、今はそれでいい。
こうして、また君の隣で君の笑顔を見ることができるのなら。
俺はそれだけで、十分に幸せだった。
文化祭の喧騒の中で、俺たちの心はまた静かに、しかし確かに寄り添い始めていた。
喧騒に満ちた廊下を、俺たちは言葉少なに歩く。隣を歩く彼女の横顔を盗み見ると、その表情は硬く、何かを思い詰めているようだった。
このままじゃダメだ。この気まずい空気を何とかしなければ。
「なあ、どこか行きたいところ、ある?」
俺がぎこちない手話で尋ねる。
雫は少しだけ驚いたように俺の顔を見ると、ふるふると首を横に振った。そしてスマホを取り出し、文字を打ち込んで見せてくれる。
『航くんが行きたいところがいいな』
その遠慮がちな言葉に、俺は少しだけ胸が痛んだ。
俺は少しだけ考えた後、一つの場所を提案した。
「じゃあさ、お化け屋敷、行ってみないか?」
俺の言葉に、雫の肩がびくりと震えた。その顔には明らかに「嫌だ」と書いてある。
俺はそんな彼女の反応を見て、少しだけ意地悪く笑った。
「大丈夫だって。俺がついてるから」
そう言って、俺は半ば強引に彼女の手を引いた。
驚いて俺を見上げる彼女の手は、少しだけ冷たかった。
隣のクラスがやっているお化け屋敷は、手作り感満載ながらもなかなかの評判だった。入り口から漏れ聞こえてくる悲鳴が、そのクオリティを物語っている。
雫は入り口の不気味な装飾を見ただけで、完全に腰が引けていた。俺の服の裾をぎゅっと強く握りしめている。
その怖がる姿が、正直たまらなく可愛いと思ってしまった俺は、相当性格が悪いのかもしれない。
暗幕をくぐり、一歩中へ足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
中は真っ暗で不気味なBGMが流れている。時折、青白い光が点滅し、壁に描かれた骸骨や血糊のイラストを照らし出した。
「うわ、結構本格的だな」
俺が呟いた、その時だった。
「ワッ!!」
物陰から、血まみれのシーツを被ったクラスメイトが飛び出してきた。
「ひゃっ!」
俺の隣で、雫が小さな悲鳴を上げた。声にならない、息を飲むような音。
彼女は咄嗟に、俺の腕に強く、強くしがみついてきたのだ。
俺の腕に伝わる、彼女の体の柔らかさと震え。
ふわりと香る甘いシャンプーの匂い。
暗闇の中、至近距離で感じる彼女の存在に、俺の心臓は、お化け屋敷の恐怖とは全く別の理由で激しく高鳴り始めた。
まずい。これは、俺の心臓の方が持たないかもしれない。
雫は俺の腕に顔を埋めるようにして、ぎゅっと目を瞑っている。その姿はまるで嵐の中の小鳥のようだった。
守ってあげなければ。
その思いが俺の心を支配する。
俺は、彼女がしがみついている方の腕とは逆の手で、彼女の頭を優しくぽんぽんと撫でてやった。
「大丈夫。俺がいるから」
暗闇の中で、俺は彼女の耳元で囁くように言った。
俺の声に、彼女の体の震えが少しだけ収まったような気がした。
彼女は顔を上げた。
暗闇の中でも分かる。その潤んだ瞳が俺を真っ直ぐに見つめている。
その瞳には恐怖だけではない、何か別の熱っぽい感情が揺らめいていた。
俺たちはそのままの体勢で、ゆっくりとお化け屋敷の中を進んでいった。
時折現れるお化けに雫は何度も悲鳴を上げ、そのたびに俺の腕にしがみつく力を強める。
俺は、その温もりと重みを感じながら、内心では「もっと出てこい、お化け!」と不謹慎なことを考えていた。
やがて出口の光が見えてきた。
眩しい光の中に一歩踏み出すと、ようやく俺たちの短い冒険は終わりを告げた。
外に出ても、雫はしばらくの間俺の腕から離れようとしなかった。
俺が「もう、終わりだよ」と優しく声をかけると、彼女はハッとしたように我に返り、顔を真っ赤にして慌てて俺から離れた。
そして恥ずかしそうに俯いてしまう。
「……怖かったか?」
俺が手話で尋ねると、彼女はこくりと何度も頷いた。
その仕草が、あまりにも可愛らしくて。
俺は思わず笑みがこぼれるのを感じた。
お化け屋敷での出来事で、俺たちの間の気まずい空気はすっかりどこかへ消え去っていた。
代わりに、そこには以前よりももっと甘くて、少しだけくすぐったいような新しい空気が流れている。
彼女の顔にはまだ少しだけ恐怖の色が残っていたが、その口元はふわりと柔らかな笑みを浮かべていた。
「カフェ、戻るか」
俺が言うと、彼女は今度ははっきりと頷いた。
二人で歩き出す。
その距離は、さっきよりもずっとずっと近くなっていた。
彼女の指先が時折、俺の指先に、わざとなのか偶然なのかそっと触れる。
そのたびに、お互いの心臓が甘く跳ねるのを感じていた。
すれ違いの原因はまだ分からないままだった。
でも、今はそれでいい。
こうして、また君の隣で君の笑顔を見ることができるのなら。
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