クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第46話 文化祭、オープン!

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雫との間に流れる、ぎこちない空気。
あれから二日、文化祭の前日になってもその溝は埋まらないままだった。
俺は何度も雫に話しかけようとした。昼休みの図書室で待ち伏せたり、メッセージを送ったりもした。
でも、彼女は俺の顔を見ると悲しそうな顔で俯いてしまう。メッセージの返信も、『ごめんなさい。今は少し、考えたいことがあるの』という短いものだけ。
何が原因なのか全く分からない。俺が何か、彼女を傷つけるようなことをしてしまったのだろうか。
分からないまま時間だけが過ぎていく焦燥感に、俺は苛まれていた。

そして、文化祭当日を迎えた。
朝、教室に入ると、そこはもう戦場のような熱気に包まれていた。
俺たちのクラスが作り上げたカフェ「Café de Shizuku(カフェ・ド・シズク)」。雫の名前を冠したその店名は、健太の鶴の一声で決まったものだ。雫本人は顔を真っ赤にして反対していたが、クラスの総意には逆らえなかった。
教室は昨日の放課後に飾り付けた風船やモールで彩られ、手作りのメニュー表が黒板に掲げられている。

キッチンからは、朝早くから準備を始めていた雫たちの手によって、甘くて香ばしい香りが漂ってきていた。
雫はもうそこにいた。
水色のエпронを身につけ、ポニーテールを揺らしながら黙々と生地をオーブンに入れている。その横顔はプロのパティシエのように真剣で、近寄りがたいほどの集中力を放っていた。
俺が「おはよう」と手話で声をかけると、彼女は一瞬だけこちらを振り返り、小さく会釈しただけだった。その瞳にはまだあの日のような悲しみの色が浮かんでいる。
俺は胸が締め付けられるのを感じながらも、今は自分の仕事に集中するしかないと気持ちを切り替えた。

午前九時。文化祭の開始を告げるチャイムが鳴り響く。
それと同時に廊下は生徒や保護者たちで溢れかえり、校内は一気にお祭りムードに包まれた。

「さあ、開店だぜ! 呼び込み、行くぞ!」
健太の威勢のいい声に、俺たち男子は「おう!」と応え、廊下で手作りの看板を掲げる。
「いらっしゃいませー! 美味しいスイーツありまーす!」
「美人パティシエの作る絶品ケーキはいかがですかー!」
俺たちの必死の呼び込みが功を奏したのか、開店と同時に客が次々と教室に入ってきた。

「うわー、すごい! 美味しそう!」
「全部ください!」
雫が作ったお菓子は、ショーケースに並べられた瞬間から、その美しい見た目で客たちの心を鷲掴みにした。
ホール担当の天野さんたちが笑顔で接客し、注文を取っていく。
キッチンの中では雫を中心に、女子たちが連携プレーで次々とスイーツを仕上げていく。
そして俺たち男子は、注文の品を運んだり、空いた皿を下げたりと、裏方として店内を走り回った。

カフェは大盛況だった。
雫のスイーツは、一口食べた客全員を唸らせた。
「なにこれ、お店のより美味しい……」
「この甘さ、絶妙すぎる……」
そんな賞賛の声が店内のあちこちから聞こえてくる。

俺はそんな店内の様子を、少しだけ誇らしい気持ちで眺めていた。
クラスが一つになっている。
この熱狂の中心にいるのは、紛れもなく月宮雫なのだ。

忙しさに紛れて、俺は雫との間のわだかまりを一時的に忘れることができていた。
次々と入る注文。洗い物の山。追加の材料の準備。
目の前の仕事をこなすだけで精一杯だった。

昼過ぎ、客足が少しだけ落ち着いた頃。
俺はキッチンで一人、洗い物をしていた雫の背中にそっと声をかけた。
「雫、少し休憩したらどうだ? ずっと立ちっぱなしだろ」
俺が手話でそう伝えると、彼女は手を止め、ゆっくりと振り返った。
その顔は疲労で少し青白い。でも、その瞳には充実感と、そしてやはり、まだ消えない悲しみの色が混じり合っていた。

彼女はふるふると首を横に振った。
『大丈夫。まだ、やることはたくさんあるから』
その手話は、どこか俺を拒絶しているようにも見えた。
俺はそれ以上何も言えず、ただ黙ってその場を離れるしかなかった。
どうして、俺たちはこんなことになってしまったんだろう。
あんなに近かったはずの心の距離が、今は途方もなく遠く感じられた。

その時だった。
「ちょっとー! 相田くんと月宮さん!」
ホールの中心から、天野さんの明るい声が響いた。
「二人とも、ちょっと休憩してきなよ! 今、少し空いてるからさ。せっかくの文化祭なんだし、他のクラスの出し物、見てきなよ!」
その言葉に、周りにいた女子たちも「そうだよそうだよ!」「あとは私たちに任せて!」と声を揃える。
それはクラスのみんなからの温かい気遣いだった。
俺たちがすれ違っていることに、もしかしたらみんな薄々気づいていたのかもしれない。

「で、でも……」
俺が戸惑っていると、健太が俺の背中をどんと力強く押した。
「いいから行けって。これはクラスからの業務命令だ。なあ、月宮さんも!」
健太がキッチンの中にいる雫に向かって、にっと笑いかける。
雫はクラスのみんなの優しい視線に、戸惑いながらも断りきれないようだった。
彼女は少しだけ迷った後、観念したようにこくりと小さく頷いた。

こうして俺たちは、クラスメイトたちに背中を押される形で二人きりで休憩時間をもらうことになった。
賑やかなカフェを後にし、喧騒に満ちた廊下に出る。
二人きり。
なのに、俺たちの間には重くて気まずい沈黙が流れていた。
この沈黙をどうにかして破らなければ。
そして、彼女の心の中に燻る悲しみの原因を、ちゃんと聞かなければ。
俺は意を決して、彼女に話しかけようとした。
その行き先は自然と決まっていた。
俺たちの秘密の会話が始まった、あの場所へ。
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