クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第51話 告白の場所

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『今度の週末、空いてる?』
『話したいことがあるんだ』

夕暮れの帰り道で交わしたあの約束。
その日から、俺の心臓は常に全力疾走を続けていた。
週末までの数日間は、まるで拷問のように長く、そして甘い緊張感に満ちていた。

雫とのメッセージのやり取りは相変わらず続いていた。
でも、その内容はどこかぎこちなく、お互いに核心に触れるのを避けているような不思議な空気が流れていた。
『週末、晴れるといいね』
彼女から送られてきたその何気ない一文。
その裏に隠されたとてつもない期待と、ほんの少しの不安を俺は痛いほど感じていた。
俺も、『そうだな』と返すのが精一杯だった。

俺の頭の中は告白のことでいっぱいだった。
どんな言葉で伝えようか。
手話だけで伝えるべきか。それとも、声も一緒に?
いや、一番大切なのは言葉じゃない。気持ちだ。俺の、このどうしようもないくらい大きな気持ちを真っ直ぐに、誠実に伝えることだ。
俺は、来るべき日のために何度も頭の中でシミュレーションを繰り返した。

そして、運命の土曜日がやってきた。
空は、俺たちの気持ちを祝福するかのようにどこまでも青く澄み渡っていた。
俺は朝から全く落ち着かなかった。
クローゼットの中身を全部ひっくり返し、一時間以上も服選びに悩む。結局、夏祭りの時に雫が褒めてくれた白いシャツに落ち着いた。
洗面所の鏡の前で髪型を何度もセットし直し、そして告白の言葉を手話で練習する。
鏡に映る自分の顔は緊張でガチガチに強張っていた。情けない。

約束の時間は夕方五時。
俺は、約束の三十分前にはもう待ち合わせ場所の駅前に立っていた。
夏祭りの時と同じ場所。
でも、あの時とは比べ物にならないくらいの緊張が俺の全身を支配していた。
手のひらにはじっとりと汗が滲んでいる。

やがて、改札口から見慣れた、しかし今日は世界で一番特別な姿が現れた。
雫だった。
その姿を認めた瞬間、俺の心臓は大きく一度だけ跳ねた。

白いふわりとしたワンピース。
髪は緩やかにウェーブがかかっていて、片方のサイドを小さな花の髪飾りで留めている。
いつもの彼女ももちろん最高に可愛い。
でも、今日の彼女はまるでこの日のために特別な魔法をかけられたかのように輝いて見えた。
俺のために、お洒落をしてきてくれた。
その事実が、どうしようもなく嬉しくて、そして愛おしかった。

彼女は俺の姿を見つけると、少しだけ恥ずかしそうに、でも嬉しそうに駆け寄ってきた。
「待った?」
声にならない彼女の問いかけ。
俺は首を横に振るのが精一杯だった。
「綺麗だ」
そう伝えたかったのに、言葉が喉に詰まって出てこない。

「行こうか」
俺はなんとかそれだけ声を絞り出し、歩き出した。
彼女も、こくりと頷いて俺の半歩後ろをついてくる。
俺たちの行き先は決まっていた。
文化祭の片付けの帰り道、二人で綺麗だと眺めたあの丘の公園。

駅からの道のりはほとんど無言だった。
何を話せばいいのか分からない。
お互いの緊張が触れ合ってもいないのに肌で感じられるようだった。
時折、彼女の指先が俺の指先にそっと触れる。
そのたびに、お互いの肩がびくりと震え、甘くてくすぐったい電流が全身を駆け巡った。

やがて公園の入り口が見えてきた。
俺たちは緑に囲まれた緩やかな坂道を、一歩一歩踏みしめるように登っていく。
心臓の音がうるさいくらいに響いている。これは坂道を登っているせいだけじゃない。
頂上が近づいてくる。
告白の舞台がすぐそこまで迫っている。

そして、ついに俺たちは丘の頂上にたどり着いた。
そこは、俺の記憶の中にあるよりもずっとずっと美しい場所だった。
目の前には、遮るものが何もない雄大な景色が広がっている。
夕日が街全体を黄金色に染め上げていた。遠くのビルの窓ガラスが、キラキラとダイヤモンドのように輝いている。
涼しい風が俺たちの火照った頬を優しく撫でていった。

「わあ……」
雫が声にならない感嘆の息を漏らした。
彼女は柵のそばに駆け寄り、その美しい光景にうっとりと見入っている。
夕日を浴びる彼女の横顔。
風にさらさらと揺れる彼女の髪。
その光景は眼下に広がるどんな絶景よりも、ずっとずっと美しくて俺の心を締め付けた。

ここだ。
この場所で俺は伝えるんだ。

俺はごくりと一度だけ唾を飲み込んだ。
そして、覚悟を決めて彼女の隣に並んで立った。
彼女が俺の気配に気づき、ゆっくりとこちらを振り返る。
その潤んだ瞳には期待と、少しの不安がきらきらと揺らめいていた。

「雫」
俺は彼女の名前を呼んだ。
声が少しだけ震えていたかもしれない。
でも、もう迷いはなかった。

俺は彼女の目を真っ直ぐに見つめる。
そして、この数日間何度も何度も練習してきた俺の全ての想いを乗せた言葉を紡ぎ始めるために。
ゆっくりと自分の手を胸の前に持ち上げた。
世界で一番静かな告白が今、始まろうとしていた。
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