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第61話 行き先は京都
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あの甘くて、少しだけ切ない味がしたファーストキスから、季節はゆっくりと秋の色を深めていた。
夏の終わりの夕焼け空は高く澄み渡る秋空へと姿を変え、教室の窓から吹き込む風もどこか涼やかさを帯びている。
俺と雫の関係は、あのキスを境にまた新しいステージへと進んでいた。
もう、お互いの気持ちを探り合うようなもどかしい段階は終わったのだ。俺たちは紛れもない「恋人」同士だった。
その変化は、教室での日常にも甘い彩りを添えていた。
朝、教室で交わす「おはよう」の手話は、もはや机の下に隠す必要もなくなった。俺たちが視線を交わし指先で言葉を紡ぐたびに、周りのクラスメイトたちから「はいはい、ごちそうさま」「朝から見せつけてくれるねえ」という生温かいヤジが飛んでくる。
そのたびに俺と雫は顔を真っ赤にして俯くのだが、その状況は決して嫌なものではなかった。むしろ、クラス公認の仲として堂々と彼女といられることが、くすぐったくて誇らしかった。
そんな穏やかで幸せな日々が続いていた、九月の終わりのホームルーム。
担任教師が、教壇の上で一枚の冊子をひらひらとさせながら、にこやかに告げた。
「えー、お前らが待ちに待っていた修学旅行のしおりが完成したぞー」
その一言で、まだ少し眠気の残っていた教室の空気が一瞬で沸騰した。
「うおー! やっと来たか!」
「どこ行くんだっけ!?」
生徒たちがわいわいと騒ぎ始める。
しおりが後ろの席から順に配られていく。俺も前の席のやつから受け取り、隣の雫にそっと渡した。彼女は「ありがとう」と小さく会釈し、期待に満ちた瞳でその表紙をじっと見つめている。
表紙には、大きな明朝体でこう書かれていた。
『二学年 修学旅行のしおり 行き先:京都』
「行き先は三泊四日の京都だ! 班別行動の時間もたっぷりあるから、今のうちからしっかり計画を立てておくように!」
先生の言葉に、教室は再び歓声に包まれた。
京都。
古都、寺社仏閣、舞妓さん。俺の頭の中に、ありきたりなイメージが浮かび上がる。
正直、どこへ行くかなんてことはどうでもよかった。
大切なのは、「誰と行くか」だ。
俺の視線が、自然と隣の雫へと向かう。
彼女も同じことを考えていたのだろう。しおりから顔を上げ、俺の顔をじっと見つめていた。その瞳には「一緒に行けるよね?」という強い期待の色が浮かんでいる。
俺は彼女を安心させるように、力強く一度だけ頷いてみせた。
それだけで、俺たちの心は通じ合っていた。
恋人と行く、初めての旅行。
その事実だけで、修学旅行は人生で最も特別なイベントになることが確定した。
「よし、じゃあ今から班決めするぞー! 男女混合の六人班な!」
先生の号令で、班決めの時間が始まった。
教室のあちこちで「一緒の班になろうぜ!」「どこ行くー?」という弾んだ声が飛び交う。
俺がどうしたものかと考えていると、隣から頼もしすぎる声が響いた。
「よーし、決まりだな! 俺たちの班は、俺と航と、あとサッカー部のマサル!」
健太が有無を言わさぬリーダーシップで、男子メンバーを即座に確定させた。その手際の良さに、俺は苦笑するしかない。
「で、女子メンバーは……っと」
健太がクラスの女子たちを見渡した、その時だった。
「はーい! じゃあ女子は私と、楓と、月宮さんで決まりね!」
天野さんが健太に対抗するかのように、ぱんと手を叩いて高らかに宣言した。
彼女は雫の肩を優しく抱き寄せ、「いいよね、月宮さん?」と、にこやかに微笑みかける。
突然クラスの中心グループに引き入れられた雫は、驚いたように目を丸くしていた。
でも、以前のように固まってしまうことはなかった。
天野さんたちの温かくて歓迎ムードに満ちた雰囲気に、彼女は少しだけ照れくさそうに、しかし嬉しそうに、こくりと小さく頷いた。
その、健気ででも確かな一歩。彼女の成長が、俺の胸を熱くした。
こうして、俺たちの班は健太、俺、マサル、天野さん、白石さん、そして雫という、いつものメンバーであっさりと決定した。
周りからは「またお前らかよー」「最強メンバーじゃん」という声が聞こえてくる。
俺は、最高の班になれたことに心の中でガッツポーズをした。
その日の放課後。
俺たち六人は教室に残って、班別行動の計画を立てることにした。
大きな京都の観光マップを机の上に広げ、ああでもないこうでもないと意見を出し合う。
「やっぱ初日はド定番の金閣寺は外せねえだろ!」
「えー、私は清水寺に行きたいなー! 恋占いの石、やりたい!」
「嵐山の竹林も写真映えしそうだよね」
健太や天野さんたちが、楽しそうに話し合いを進めていく。
雫は、その輪の中で楽しそうにみんなの話を聞いてはいるものの、自分から行きたい場所を言い出すことはできずにいた。
俺はそんな彼女の様子に気づき、机の下でそっと彼女の手に触れた。
そして、誰にも見えないように手話で尋ねる。
『雫は、どこか行きたいところ、ある?』
俺の問いかけに、彼女はびくりと肩を震わせた。そして少しだけ迷った後、自分のスマホを取り出し、メモ帳に文字を打ち込み始めた。
そして、その画面をこっそりと俺だけに見せてくれる。
そこに表示されていたのは、朱色の鳥居がトンネルのようにどこまでも連なる幻想的な写真だった。
『伏見稲荷大社』
その写真の下には、小さな文字でこう添えられていた。
『一度、行ってみたかったの。すごく、綺麗だから』
その健気な願いに、俺の心臓がきゅっとなる。
俺は彼女に向かって力強く頷くと、みんなに向かって声を上げた。
「なあ、みんな。雫が伏見稲荷に行きたいんだって」
俺がそう言うと、話し合いに夢中だったメンバーたちが一斉にこちらを向いた。
「お、伏見稲荷! 千本鳥居があるとこだろ?」
「いいねー! 絶対インスタ映えするじゃん!」
「決定! 二日目の午前中はそこにしよう!」
みんな快く、そして温かく雫の意見を受け入れてくれた。
雫は、自分の願いが受け入れられたことに驚いたように目を丸くし、そして心の底から嬉しそうに、ふわりと花が咲くように微笑んだ。
全体の計画が大まかに決まり、みんなが帰り支度を始めた後も、俺と雫は二人きりで教室に残っていた。
俺は、広げられたままの観光マップを指差しながら、彼女にだけ聞こえるように手話で囁いた。
『なあ、自由時間、少しだけでもいいから二人きりで回れないかな』
俺の大胆な提案。
彼女は顔を真っ赤にして、しかし次の瞬間には今日一番の力強さで、こくこくと何度も頷いてくれた。
俺たちはまるで秘密の作-戦会議をするかのように、パンフレットを二人で覗き込んだ。
肩と肩が触れ合うほどの近い距離。
「ここもいいね」
「あ、ここのお団子美味しそう」
そんなひそやかな会話。
その時間がどうしようもなく幸せで、俺はもう修学旅行本番が待ちきれなくなっていた。
恋人と行く、初めての旅行。
どんな景色が、どんな出来事が、俺たちを待っているのだろう。
古都、京都。
その場所が、俺たちの恋の物語にとって忘れられない特別な舞台になることだけは、もう間違いなかった。
夏の終わりの夕焼け空は高く澄み渡る秋空へと姿を変え、教室の窓から吹き込む風もどこか涼やかさを帯びている。
俺と雫の関係は、あのキスを境にまた新しいステージへと進んでいた。
もう、お互いの気持ちを探り合うようなもどかしい段階は終わったのだ。俺たちは紛れもない「恋人」同士だった。
その変化は、教室での日常にも甘い彩りを添えていた。
朝、教室で交わす「おはよう」の手話は、もはや机の下に隠す必要もなくなった。俺たちが視線を交わし指先で言葉を紡ぐたびに、周りのクラスメイトたちから「はいはい、ごちそうさま」「朝から見せつけてくれるねえ」という生温かいヤジが飛んでくる。
そのたびに俺と雫は顔を真っ赤にして俯くのだが、その状況は決して嫌なものではなかった。むしろ、クラス公認の仲として堂々と彼女といられることが、くすぐったくて誇らしかった。
そんな穏やかで幸せな日々が続いていた、九月の終わりのホームルーム。
担任教師が、教壇の上で一枚の冊子をひらひらとさせながら、にこやかに告げた。
「えー、お前らが待ちに待っていた修学旅行のしおりが完成したぞー」
その一言で、まだ少し眠気の残っていた教室の空気が一瞬で沸騰した。
「うおー! やっと来たか!」
「どこ行くんだっけ!?」
生徒たちがわいわいと騒ぎ始める。
しおりが後ろの席から順に配られていく。俺も前の席のやつから受け取り、隣の雫にそっと渡した。彼女は「ありがとう」と小さく会釈し、期待に満ちた瞳でその表紙をじっと見つめている。
表紙には、大きな明朝体でこう書かれていた。
『二学年 修学旅行のしおり 行き先:京都』
「行き先は三泊四日の京都だ! 班別行動の時間もたっぷりあるから、今のうちからしっかり計画を立てておくように!」
先生の言葉に、教室は再び歓声に包まれた。
京都。
古都、寺社仏閣、舞妓さん。俺の頭の中に、ありきたりなイメージが浮かび上がる。
正直、どこへ行くかなんてことはどうでもよかった。
大切なのは、「誰と行くか」だ。
俺の視線が、自然と隣の雫へと向かう。
彼女も同じことを考えていたのだろう。しおりから顔を上げ、俺の顔をじっと見つめていた。その瞳には「一緒に行けるよね?」という強い期待の色が浮かんでいる。
俺は彼女を安心させるように、力強く一度だけ頷いてみせた。
それだけで、俺たちの心は通じ合っていた。
恋人と行く、初めての旅行。
その事実だけで、修学旅行は人生で最も特別なイベントになることが確定した。
「よし、じゃあ今から班決めするぞー! 男女混合の六人班な!」
先生の号令で、班決めの時間が始まった。
教室のあちこちで「一緒の班になろうぜ!」「どこ行くー?」という弾んだ声が飛び交う。
俺がどうしたものかと考えていると、隣から頼もしすぎる声が響いた。
「よーし、決まりだな! 俺たちの班は、俺と航と、あとサッカー部のマサル!」
健太が有無を言わさぬリーダーシップで、男子メンバーを即座に確定させた。その手際の良さに、俺は苦笑するしかない。
「で、女子メンバーは……っと」
健太がクラスの女子たちを見渡した、その時だった。
「はーい! じゃあ女子は私と、楓と、月宮さんで決まりね!」
天野さんが健太に対抗するかのように、ぱんと手を叩いて高らかに宣言した。
彼女は雫の肩を優しく抱き寄せ、「いいよね、月宮さん?」と、にこやかに微笑みかける。
突然クラスの中心グループに引き入れられた雫は、驚いたように目を丸くしていた。
でも、以前のように固まってしまうことはなかった。
天野さんたちの温かくて歓迎ムードに満ちた雰囲気に、彼女は少しだけ照れくさそうに、しかし嬉しそうに、こくりと小さく頷いた。
その、健気ででも確かな一歩。彼女の成長が、俺の胸を熱くした。
こうして、俺たちの班は健太、俺、マサル、天野さん、白石さん、そして雫という、いつものメンバーであっさりと決定した。
周りからは「またお前らかよー」「最強メンバーじゃん」という声が聞こえてくる。
俺は、最高の班になれたことに心の中でガッツポーズをした。
その日の放課後。
俺たち六人は教室に残って、班別行動の計画を立てることにした。
大きな京都の観光マップを机の上に広げ、ああでもないこうでもないと意見を出し合う。
「やっぱ初日はド定番の金閣寺は外せねえだろ!」
「えー、私は清水寺に行きたいなー! 恋占いの石、やりたい!」
「嵐山の竹林も写真映えしそうだよね」
健太や天野さんたちが、楽しそうに話し合いを進めていく。
雫は、その輪の中で楽しそうにみんなの話を聞いてはいるものの、自分から行きたい場所を言い出すことはできずにいた。
俺はそんな彼女の様子に気づき、机の下でそっと彼女の手に触れた。
そして、誰にも見えないように手話で尋ねる。
『雫は、どこか行きたいところ、ある?』
俺の問いかけに、彼女はびくりと肩を震わせた。そして少しだけ迷った後、自分のスマホを取り出し、メモ帳に文字を打ち込み始めた。
そして、その画面をこっそりと俺だけに見せてくれる。
そこに表示されていたのは、朱色の鳥居がトンネルのようにどこまでも連なる幻想的な写真だった。
『伏見稲荷大社』
その写真の下には、小さな文字でこう添えられていた。
『一度、行ってみたかったの。すごく、綺麗だから』
その健気な願いに、俺の心臓がきゅっとなる。
俺は彼女に向かって力強く頷くと、みんなに向かって声を上げた。
「なあ、みんな。雫が伏見稲荷に行きたいんだって」
俺がそう言うと、話し合いに夢中だったメンバーたちが一斉にこちらを向いた。
「お、伏見稲荷! 千本鳥居があるとこだろ?」
「いいねー! 絶対インスタ映えするじゃん!」
「決定! 二日目の午前中はそこにしよう!」
みんな快く、そして温かく雫の意見を受け入れてくれた。
雫は、自分の願いが受け入れられたことに驚いたように目を丸くし、そして心の底から嬉しそうに、ふわりと花が咲くように微笑んだ。
全体の計画が大まかに決まり、みんなが帰り支度を始めた後も、俺と雫は二人きりで教室に残っていた。
俺は、広げられたままの観光マップを指差しながら、彼女にだけ聞こえるように手話で囁いた。
『なあ、自由時間、少しだけでもいいから二人きりで回れないかな』
俺の大胆な提案。
彼女は顔を真っ赤にして、しかし次の瞬間には今日一番の力強さで、こくこくと何度も頷いてくれた。
俺たちはまるで秘密の作-戦会議をするかのように、パンフレットを二人で覗き込んだ。
肩と肩が触れ合うほどの近い距離。
「ここもいいね」
「あ、ここのお団子美味しそう」
そんなひそやかな会話。
その時間がどうしようもなく幸せで、俺はもう修学旅行本番が待ちきれなくなっていた。
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