クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第62話 新幹線の中の秘密

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修学旅行当日。
早朝の東京駅は、大きなキャリーケースを引く生徒たちの熱気と興奮でいつもとは違う活気に満ちていた。
俺は新幹線のホームで自分のクラスの列に並びながら、そわそわと落ち着かない気持ちでいた。隣では健太が「いやー、ついに来たな! 眠すぎて逆にテンション上がるわ!」と大きな欠伸をしながら笑っている。

俺の視線は、少し前方に並んでいる女子の列、その一点に固定されていた。
雫だ。
彼女は白石さんと静かに話しながら、時々こちらをちらりと窺うように振り返る。そして目が合うと、はにかむように微笑んで、すぐに前を向いてしまう。
その分かりやすすぎる反応が、たまらなく愛おしい。
制服姿なのに、いつもより少しだけ念入りにセットされた髪型。小さな星の飾りがついたピアスが、朝日を浴びてキラリと光っている。
今日の日のために、彼女もまた俺と同じように胸をときめかせていたのだと思うと、どうしようもない幸福感が込み上げてきた。

やがて滑り込んできた新幹線のドアが開く。
俺たちは、決められた座席へとぞろぞろと乗り込んでいった。
俺たちの班の席は、もちろん事前に健太が調整済みだ。
三列シートの窓際に雫、真ん中に俺。そして通路側に健太。通路を挟んだ向かいの二列シートには、天野さんと白石さんが座っている。
完璧な布陣だった。

俺が席に着くと、隣に座った雫からふわりとシャンプーの甘い香りがした。
肩と肩が触れ合いそうな近い距離。
それだけで、俺の心臓は走り出した新幹線と同じくらいのスピードで激しく高鳴り始めた。

「じゃ、俺は寝るわ。京都着いたら起こして」
健太はそう言うなり、アイマスクをつけて早々に夢の世界へと旅立っていった。通路の向こうでは、天野さんたちが旅行雑誌を広げ楽しそうにお喋りをしている。
その瞬間、俺と雫の間には二人だけの静かで特別な空間が生まれた。

新幹線は滑るように速度を上げていく。
窓の外の景色が、目まぐるしい速さで後ろへと流れていった。
雫は、その景色を子供のように目を輝かせて見つめている。
俺はそんな彼女の横顔を、ただ黙って見つめていた。
恋人と、隣同士の席で同じ景色を眺める。
ただそれだけのことなのに。
それがどうしようもなく特別で、幸せなことのように感じられた。

しばらくして、景色に見飽きたのか、雫がそわそわと何かを探すように鞄の中をごそごそと漁り始めた。
そして、取り出したのはiPodと白いイヤホンだった。
彼女は、少しだけ躊躇うように俺の方を見ると、おずおずとそのイヤホンの片方を俺の前に差し出してきたのだ。

俺は、その意図をすぐに理解した。
これは、恋人同士がやるという、あの……。
俺の心臓が、また一つ大きく跳ねる。
俺は彼女の提案を断るはずもなかった。
こくりと頷き、その白いイヤホンを受け取る。そして自分の左耳にそっと装着した。彼女も同じように右耳にイヤホンをつける。

雫がiPodを操作する。
その瞬間、俺の耳に優しくてキラキラとしたピアノのインストゥルメンタルの曲が流れ込んできた。
それは、俺が今まで聴いたこともない曲だった。でも、どこか懐かしくて心が安らぐ美しいメロディ。
隣を見ると、雫が「どう?」というかのように、少しだけ不安そうに、でも嬉しそうに俺の顔を窺っていた。
俺は、最高の笑顔で頷き返す。
そして、手話でそっと伝えた。
『すごく、いい曲だね』

彼女は心の底から嬉しそうに、ふわりと微笑んだ。
そして、自分のスマホを取り出しメモ帳に文字を打ち込んで見せてくれる。
『私の一番好きな曲なの。航くんにも、聴いてほしくて』
その健気で、あまりにも可愛すぎる言葉に俺の心は完全に溶かされた。

俺たちは同じ音楽を聴きながら、同じ時間を共有する。
イヤホンから流れるキラキラとしたメロディ。
窓の外を流れていく日本の美しい風景。
そして、隣で俺と同じ音楽に耳を傾けている、愛しい君の存在。
その全てが完璧に調和して、俺たちの周りに甘くて優しい世界を作り出していた。

俺は、ふと衝動に駆られた。
もっと君に触れたい。
このどうしようもない気持ちを伝えたい。
俺は周りの席から見えないように慎重に、膝の上に置かれていた自分の右手を、彼女の左手の方へとそっと近づけていった。

俺の気配に気づいたのか、彼女の肩がぴくりと小さく震える。
でも、彼女はその手を引っ込めなかった。
俺の指先が、彼女の少しだけ冷たい指先にそっと触れる。
そして、絡み合う。
膝の上、誰にも見えない場所で俺たちの手は固く、固く結ばれた。

彼女は、顔を真っ赤にして窓の外の景色に視線を逃がしてしまった。
でも、俺の手を握り返してくるその指先の力強さが、彼女の気持ちの全てを物語ってくれていた。

新幹線の中の、二人だけの秘密。
同じ音楽を聴き、同じ景色を眺め、そして誰にも見えない場所で手を繋ぐ。
それは、どんな派手なイベントよりもずっとずっと甘くて、そして心に残る最高の思い出になった。
これから始まる京都での三日間。
この旅が俺たちの恋にとって忘れられない特別なものになることだけは、もう間違いなかった。
俺は、繋いだ手の温もりを噛み締めながら、これから始まる未来への期待に胸を膨らませていた。
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