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第84話 隠しきれない想い
しおりを挟む未来への約束を交わしてから、俺と雫の関係はますます甘さを増していた。
夏休みを間近に控え、クラスがどこか浮足立つ中、俺たちの心も同じようにふわふわと宙に浮いていた。
もう、隠す気がないのかもしれない。
いや、隠しきれなくなっていた、と言った方が正しいだろう。
「よお航。お前、最近ニヤニヤがデフォルトになってんぞ」
昼休み。俺が雫から送られてきた新作イラストを見て頬を緩ませていると、隣の席から呆れたような声が飛んできた。声の主は、もちろん健太だ。
「にやけてねえよ」
俺は慌ててスマホをポケットにしまい、弁当の蓋を開けた。
「嘘つけ。今の顔、完全に恋する乙女だったぞ。さては月宮さん関連だな?」
そのあまりにも的確な指摘に、俺は思わずむせてしまった。
「な、なんでだよ!」
「お前の視線の先、9割5分は月宮さんだからな。分かりやすすぎんだよ」
健太の言う通りだった。
俺はもう、彼女のこと以外考えられなくなっていた。
授業中、真剣な顔でノートを取る彼女の横顔を、気づけば目で追っている。
休み時間、クラスの女子たちと楽しそうに筆談している彼女の姿を、少しだけ誇らしいような、でもほんの少しだけ寂しいような気持ちで見つめている。
そのたびに、俺の口元はだらしなく緩んでしまうのだ。
その変化は、彼女の側にも現れていた。
以前は教室の隅で静かに本を読んでいることが多かった彼女。
それが今では、天野さんや白石さんたちと楽しそうに談笑する輪の中にいることが当たり前になっていた。
もちろん、会話は筆談やスマホが中心だ。でも、その表情は驚くほど豊かになった。
よく笑い、時々拗ねたような顔を見せる。
その感情のほとんどが、俺に向けられたものであることに、クラスの鈍感な男子以外は、もうとっくに気づいていた。
「ねえ、月宮さんってさ、相田くんと話してる時が一番楽しそうだよね」
ある日の休み時間、天野さんが雫にそう話しかけているのが聞こえてきた。
雫は、びくりと肩を震わせ、顔を真っ赤にして固まってしまう。
そのあまりにも分かりやすい反応に、天野さんたちは「きゃー!」「図星だー!」と楽しそうに囃し立てている。
その輪の中心で、雫は恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうにはにかんでいた。
俺たちの想いは、もう隠しきれないくらい周りに溢れ出してしまっていたのだ。
それは、少しだけ恥ずかしいけれど、決して嫌なものではなかった。
クラスメイトたちの生温かい視線は、むしろ俺たちの特別な関係を祝福してくれているかのようで、くすぐったくて心地よかった。
そんなある日の放課後。
夏休み前の最後の大掃除で、俺は雫と二人きりで体育倉庫の掃除を命じられた。
もちろん、これは健太と天野さんが仕組んだ粋な計らいだ。
薄暗くて、少しだけ埃っぽい倉庫の中。
二人きりの空間。
俺たちは、黙々とマットを運んだり、ボールを整理したりしていた。
作業の途中、高い棚の上にあるホコリを払おうとした雫が、背伸びをしてバランスを崩した。
「危ない!」
俺は咄嗟に、その華奢な体を支えた。
俺の腕の中に、彼女がすっぽりと収まっている。
埃っぽい倉庫の中、ドアの隙間から差し込む光が、彼女の驚いた顔を照らし出す。
大きく見開かれた瞳。少しだけ開かれた唇。
近い。心臓の音がうるさい。
彼女のシャンプーの甘い香りがして、頭がくらくらする。
時間が止まったかのような錯覚の中、俺たちはただ見つめ合っていた。
ハッとして、俺は慌てて彼女から体を離した。
「ご、ごめん!大丈夫か?」
彼女は顔を真っ赤にして、こくりと何度も頷く。そして、恥ずかしそうに俯いてしまった。
気まずい沈黙。俺たちは、それ以上作業に集中できるはずもなかった。
結局、大掃除はそこそこに、俺たちは倉庫を後にした。
腕の中に残る彼女の温もりと柔らかさが、どうしようもなくリアルで、俺の心を乱し続けていた。
夏休みは、もうすぐそこまで迫っている。
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