クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第87話 夏、再び

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二度目の誕生日が過ぎ、季節は目まぐるしく移り変わっていった。
凍えるような冬が終わり、柔らかな日差しと共に春が訪れる。そして、あっという間にじりじりと肌を焼くような夏が再びやってきた。
高校生活、最後の夏。
俺たちの前には「受験」という大きな壁が立ちはだかっていた。

教室の空気はどこかそわそわとしていて、それでいて真剣だった。
休み時間も以前のような賑やかさは少しだけ影を潜め、代わりに参考書を広げる生徒たちの姿が目立つようになった。
俺もその一人だった。
東京の大学。雫と同じ場所へ行く。
その目標のために、俺は人生で初めて本気で勉強と向き合っていた。

雫も専門学校の推薦入試に向けて、ポートフォリオ(作品集)の制作に追われていた。
放課後、美術室にこもって一人で黙々と絵を描き続ける毎日。
俺たちは同じ学校にいながら、会える時間は以前よりもずっと少なくなってしまっていた。

昼休み、図書室で一緒に勉強するのが唯一の二人きりになれる時間。
でも、そこでの会話も自然と勉強や進路の話が中心になった。
もちろん、それが嫌なわけじゃない。
同じ目標に向かってお互いを励まし合いながら頑張る。その時間はとても充実していた。
でも、心のどこかでほんの少しだけ寂しさを感じていたのも事実だった。
ただ、くだらない話をして笑い合いたい。
恋人らしい甘い時間を過ごしたい。

そんな思いが募っていたある日の放課後。
美術室で制作を終えた雫と俺は、久しぶりに一緒に帰路についていた。
夏の夕暮れ。ひぐらしの声がどこか物悲しく響いている。

「……なあ、雫」
俺は隣を歩く彼女に手話で話しかけた。
「明日、日曜日だけど。少しだけでも会えないか?」
俺の突然の誘い。
彼女は少しだけ驚いたように俺の顔を見たが、すぐに嬉しそうにこくりと頷いてくれた。

翌日の日曜日。
俺たちは特に何かをするでもなく、近所の公園で会うことにした。
受験勉強の合間のほんの少しの息抜き。
待ち合わせ場所の公園の入り口に、彼女は白いワンピース姿で立っていた。
その姿は、一年前の夏、初めて俺が恋心を自覚したあの雨の日を思い出させた。
「よっ」
俺が軽く手を上げると、彼女ははにかむようにふわりと微笑んだ。
その笑顔だけで、溜まっていた疲れがすうっと溶けていくような気がした。

俺たちは恋人繋ぎで、緑豊かな公園の中をゆっくりと歩いた。
木漏れ日がキラキラと俺たちの頭上に降り注ぐ。
蝉の声が夏の盛りを告げていた。

「最近どうだ? 勉強、進んでるか?」
俺が尋ねると、彼女は少しだけ困ったような顔をして首を横に振った。
『航くんは?』
手話でそう問い返してくる。
俺も「全然だよ」と肩をすくめてみせた。

俺たちは顔を見合わせて、どちらからともなくくすりと笑ってしまった。
お互いに大変なんだな。
言葉にしなくても、その苦労が痛いほど伝わってきた。

俺たちは公園の真ん中にある大きな噴水の前のベンチに腰を下ろした。
水の音が涼やかで心地よい。
俺たちはしばらくの間何も話さなかった。
でも、その沈黙は少しも気まずくなかった。
ただ隣にいるだけでいい。
繋いだ手の温もりを感じているだけで、心はどうしようもなく満たされていく。

「……なあ、雫」
俺は静寂を破るように彼女の名前を呼んだ。
「もし、全部うまくいったらさ」
俺は未来の話を始めた。
「東京で一緒に暮らさないか?」

俺のあまりにも唐突で、あまりにも大胆な提案。
彼女は驚きに目を丸くして固まっていた。
その顔がみるみるうちに夕焼けのように真っ赤に染まっていく。
俺はそんな彼女の反応を見て、少しだけ意地悪く笑った。
「なんてな。気が早いか」

彼女は俺の言葉に、ぶんぶんと勢いよく首を横に振った。
そして、少しだけ俯きながら震える指で俺の膝の上に文字を書いた。
『うれしい』
そのたった四文字。
でも、その文字に込められた彼女のどうしようもないほどの喜びが、俺の心にじんわりと染み渡っていく。

ああ、早く。
早くこの受験という戦いを終わらせたい。
そして、この子の隣で心から笑い合える新しい毎日を始めたい。
俺は彼女の隣で、そう強く、強く願った。

最後の学校の夏休み。
受験勉強の合間に二人で過ごすほんのひとときの公園デート。
それは派手さはないけれど。
未来への甘くてキラキラとした希望に満ちた、かけがえのない時間だった。
俺たちの二度目の夏。
それは一年前とはまた違う、少しだけ大人びた、そして確かな愛情に満ちた穏やかな時間の中にあった。
この幸せな時間がこれからもずっと続いていく。
俺はそう固く信じて疑わなかった。
この穏やかな夏の日の午後に、小さな、しかし運命を揺るがすほどの事件がすぐそこまで迫っていることなど、知る由もなかったのだから。
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